PhotoStory|佐々木明、スキーの歩みを写真と本人の言葉で辿る

PhotoStory|佐々木明

スキーの歩みを写真と本人の言葉で綴る

アルペンのトップレーサーとして活躍し、その後フリーライディングの世界に転身した佐々木明。自らがプロデュースする初の映像作品「Akira’s Project」の完成の目処がたち、この秋には公開を迎えそうだ。そこでここでは改めて佐々木明のスキー人生にフォーカス。彼自身の言葉で「Akira’s Project」まで至った道のりを辿る。
いまから38年前、俺の物語が始まった。 奇跡的としか言いようのないスキーとの出会い
※4歳、ニヤマ山スキー場
家族総出となって夢中になったスキー
※7歳、朝里川温泉スキー場
大会に出て勝ったり負けたりしながら
※8歳、ヤマハカップ決勝
勝つ喜びをスキーが与えてくれ、負ける悔しさがまた次の楽しみを何倍にも大きくしてくれた
※8歳、北斗市の実家にて
小学校3年生でサロモンと契約すると曖昧ながらも目標が世界へ向き始めた。自由にスキーという遊びをさせてくれたコーチ。そしてなにより両親、兄弟のおかげで
※13歳、全道中学出場時
俺は幼少期に目標を立てた世界最高峰の舞台ワールドカップにおいて表彰台に乗るまでに大きく成長できた
Photo/Yoshio Takusagawa
Location/Wengen、SUI 
アルペンスキーの世界においてアジア人が活躍するという事は特殊で
Photo/Yoshio Takusagawa
Location/Wengen、SUI
一気に世界のトップシーンでこんな事をしながら知名度を上げた
Photo/Yoshio Takusagawa
Location/Bormio、ITA
数万人の観衆の中でプレーする事が生業となったんだ
Photo/Yoshio Takusagawa
Location/Wengen、SUI
スキーが国技でもある本場オーストリーでファンクラブが設立された事はレーサーとしてスキーヤーとしてある種の成功を勝ち取った気分だ
Photo/Yoshio Takusagawa
Location/Kitzbuhel、AUS
しかし世界のトップシーンで闘いながら、どこか、奇跡的な出会いだったスキーという遊びの視野が狭くなっているように感じるようになっていた
Photo/Yoshio Takusagawa
Location/CHAMONIX、FRA
そしてソチオリンピック後、スロベニアで行われたワールドカップ。最後のスーパーランで数万人の観客の前から、スキーの本質を求めて自ら去った
Location/Kranjska Gora、SLO
ずっとずっと心の底にあったスキーの大きな可能性を探るべく
Photo/Yoshiro Higai
Location/Lofoten Islands、NOR
勝負の世界から己と対峙する大自然へ、そのフィールドを移し
Photo/Yoshiro Higai
Location/Lofoten Islands、NOR
大自然や自分の生き方、思考、スタイルと言うものに真正面から向き合う道に出会った
Photo/Yoshiro Higai
Location/Lofoten Islands、NOR
自分のしている事が成功するか失敗するか、人に受け入れられるか、受け入れられないのかなんてわからないけど
Photo/Yusuke Hirota
Location/Altai、MNG
自分がどうしたいか、どうなりたいかは分かる。
Photo/Yusuke Hirota
Location/Altai、MNG
それはいつまでもいつまでも奇跡の出会いであるスキーを持って自分の人生を豊かにしたいんだ
Photo/Yusuke Hirota
Location/Altai、MNG
そのためには、結局アルペン時代と同じように自分の限界を押し上げ、自分の限界を決めず、ただただ
Photo/Tomokazu Kuwano
Location/Gunma、JPN
自分の限界に挑戦して行くしかないんだ。
俺の物語は挑戦の中でこそ光を放つ
Akira’s Project
Photo/Tomokazu Kuwano
Location/Gunma、JPN
佐々木明 Akira Sasaki
1981年、北海道北斗市出身。アルペンW杯で表彰台に3度立ち、ソルトレイクからソチまでオリンピック4大会連続で出場。
アジア人として稀有な成績を残した。競技を離れた後、世界各地を滑りながら、映像制作の構想を練り「Akira's Project」をスタート。
自らがプロデュースしノルウェー、モンゴル、谷川岳を滑る。現在は作品の完成を待つばかり。
Photo/Yusuke Abe

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