自然のなかで遊ぶことが大好きで、もっと楽しみたい。そんな思いやアイデアが新しいモノや価値を生み出していく。[創り手シリーズ]今回は、プロスノーボーダー中村貴之によって生み出された新感覚のスノーシュー。「KANJIKI」に込めた思いとは?
KANJIKIーかんじき
KANJIK I― 素直に読んでいい。「かんじき」。まさに誰もが想像する、竹や木で造られた日本の伝統的な雪の上を歩くための道具だ。日本では、かんじきは古くから雪国の日常生活や狩猟、農業、林業、山岳信仰において重要な道具だった。しかし、現代では、そのニーズは海外から輸入されたスノーシューで満たされている。
そこに「どうしてだろう?」と疑問を持った一人のスノーボーダーがいた。中村貴之(なかむらたかゆき)さん。プロスノーボーダー、ブランドファウンダー、今では工業用ミシンを踏む職人でもある。
これで生きていきたい・プロへの道

「スノーボードはすべてがあまりにも非現実的。一枚の板があるだけで、人間が大自然の雪山のなかで自由自在に動きまわれる。リフトは空中散歩のアトラクションみたいで、バックカントリーでパウダーを滑れば、宙に浮いているような感覚が味わえる。こんなミラクルな遊びないなって、常日頃から思うんです。他のものじゃ絶対に味わえない」
中村さんは、中学時代から兄の背中を追いかけてきた。
「スノーボードに心の底から魅了されていたので、とにかくスノーボードで有名になりたい、この業界で生きてきたいと、昔から強く思い続けてきたんです。18歳から妙高にあるJWSCという専門学校でトレーニングを積んで、プロライダーを目指しました。兄もその学校からSALOMONのプロになった。僕も兄の背中を追って、20歳くらいにスポンサーがついて、プロになったんです。

でも、プロとしてもうちょっと自分を高めたいと思って23歳のときかな、カナダのBC州バンフへ渡って1年間暮らしました。その頃、現地のコンテストで優勝したんです。それがコンペティターやっていて一番嬉しかった思い出かなぁ。日本に帰国するとスノーボードムービーの出演オファーがきたりして、そこからパフォーマンスを見てもらうような表現活動にシフトしていきました」
中村さんは当時、ムービープロダクション「スクローバー」の2作品でセグメントを持つほど、そのライディングやスタイルは評価されていた。
アパレルブランド「BREW」を立ち上げる

その後、「スノーボードでも街でも着られるアパレルブランドのプロデュース」をやってみないか?という誘いがあって、「BREW」というブランドを立ち上げることになった中村さん。自らデザインを考え、生産工程のマネジメントから展示会、ECサイトの運営から商品のタグづけまでまで全部を一人でこなした。BREWは中村さんの独特の感性でファンを集め、大手のムラサキスポーツやプロショップに卸しも行う人気ブランドになっていった。

「なんでも一人でやる性格だったので、忙しくなりすぎちゃったんです。その頃、テラスハウスというTV番組に出るようになって身の周りが変わってきて。いろいろな仕事もいただいたんですけど、それをやりながらブランドを続けるのが大変になってしまって」
2021年あたり、コロナが襲来したときに、卸しをやめてECサイトだけの展開にサイズダウン。「世界がシフトチェンジした感覚があったし、自分も次のステップに行く機会なんだな、と思った」という。
雪国の日本にどうしてないのか
「その時期にスノーシューを買い替えたいなって思ったんですね。でも、コロナ禍中で世界的に物流が止まっていて、商品が全然ない状況だった。そのとき違和感を覚えたんですよね。スノーのギアって輸入ものばっかりなんだなって。
日本は世界的にみてもかなり雪国で生活と雪が密につながっている。なのに日本のスノーシューブランドってどうしてないんだろう?って感じたところが始まりでした。ないのであれば自分が作って次のステージの活動にできるかもって。雪国で狩をする人や山に作業や点検に行かないといけない人、雪国で働く人たちも使えるものなら役に立てるかもしれない、たくさんの人に喜んでもらえるんじゃないかって思って、決断したのが2022年です。」
こうして中村さんは、ジャパンメイドのスノーシュー創りに情熱を注ぐことになった。

KANJIKIの狙い

こうして生まれたブランド「KANJIKI」、渾身の作品がこれだ。
「日本の山は里山で、直登する機会が多いし、沢も多い。ちゃんとつま先を雪に突き刺して力強く上に登っていける形状のほうが、日本の山には合うんだろうと思って。従来のスノーシューは、つま先が反り上がっているからなかなか直登するのは難しいなと。

僕の造っているのは、つま先が蹄(ひづめ)みたいになっていて、しっかり斜面につま先を刺して駆け上がるような形になっているんです。
裏のリブは前後が噛むようにな形状で、スノーシューと足を一体化させて、雪の上を駆けるように軽やかに移動できるものがいいと思ったんです」
スノーシューを普段使わない人には、言葉ではなかなかイメージがつきにくいかもしれない。ぜひこのInstagramの動画を見てほしい。KANJIKIの特徴的な動き方がよくわかる。
特徴としては、とにかく脱着がラクである。サッとたためて、収納の速さも抜群。厚みがないのでバックパックの中にも収納もできる。そして海外のものは800g、1kgといったものもあるなかで、片足あたり530gという驚きの軽さ。歩くときも滑走しているときも、まるで重さを感じさせない。耐久性も高く、使用している樹脂は極寒のなかでも割れることはない。

スノーボードブーツであれば、どのサイズでも対応可能。ソレルのようなスノーブーツのときは、金具の位置を穴ひと下げればOK(ナットとボルトで簡単に付け替えることができる)普通に冬用の靴でも履ける。
加えて、こんな利点もある。
「僕個人でやっているので、不足や不具合があれば、すぐに部品を送ったり、修理したり、細かい対応ができます。お客様に対してのサポートに真摯にスピーディーに取り組めるのは、強みだと思っています」
諦めなくてよかった
しかし、リリースまでの道のりは易しくはなかった。
「KANJIKIは、樹脂でできているのですが、僕は樹脂についてまったく知識がないまま、群馬の富岡にある工場を訪ねて、こういうものが造りたいんですってお願いをしに行きました。寒さにも強く、人が乗っても割れない素材があるんだろうと考えていました。しかし待ちに待った最初のサンプルは、雪の上ですぐ割れちゃうし、ツルツルに滑っちゃうし、大失敗だったんです。これは本当に切なかった。
樹脂にもいろんな種類があっていろんな配合があるって、そこで初めて知ることになったわけです。力を貸してくれた工場には本当に感謝しかありません。
やっとできた実物に『すごくいいね』って友達には言ってもらったけれど、果して本当に需要あるのかな、次から次へと不安は募るばかりでした」

それが、仲間がKANJIKIでハイクしているのを見た人が『何それ?』と聞かれることが多くなって、あれよと噂が広まって。嬉しいことに自分のECサイトで販売を始める前から、ショップへの卸も始まるようになりました。これまでの不安が吹っ飛ぶくらい、たちまちいろんな人が欲しいといってくれる状態になって、苦節の2年間がこれで救われたというか、ああやってよかったなぁーという気持ちになった。…泣きましたね(照笑)。諦めなくてほんとよかったなって。

うまくいかない間、妻は僕が落ち込んでたのを傍で見ていて、組み立て作業も手伝ってくれて、そっと応援してくれていました。仲間たちも励ましてくれた。自分はたくさんの人に支えてもらっていたんだなって、自分は幸せものだなって、しみじみと…本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました」
真っ向勝負したい
「KANJIKI」というネーミングに込めた思いを尋ねてみた。
「わかりやすくKANJIKIっていう名前で、日本のものとして真っ向勝負したいって思ったんです。例えば日本の山は海外と比べて樹も多いし、ツリーランが楽しい広葉樹の森の美しさは独特です。日本で滑っている人は地形を見るスキルも高くて、山の知識も豊富です。いま日本のライダーのスキルもすごくあがっていて、海外に全然負けてない。日本のカッコよさや伝統を、プロダクトを通じてもっと日本人にこそ知ってもらいたいと思うんです」
次は、「どんな人にこれを使って欲しい?」と尋ねてみた。
「もちろんスノーボードでバックカントリーだったり、ロードサイドでいいスロープを見つけたらサクッと登って気持ちよく滑るとか。スノーボーダーはもちろん、雪とともに暮らす人、雪に携わって働く人、そういう人に使ってもらえるのが幸せだなって。国内外問わず、今後そういう人に使ってもらえるような提案をしていきたいです」
なるほど、生活に根差した使い方もしてほしいから、価格がこのように良心的なのだろうか? KANJIKIは、26,180円と輸入物のスノーシューに比べると、かなり破格だ。
「正直なところ、原価と販売価格は全然割に合っていないんです(笑)。でもたくさんの人に届けたい気持ちでいっぱいで、かといって材料費上がっているのも現状。それでも少しでも値段を上げずに提供したい。だから自分でパーツを組みたてて、ストラップ部分は工業用ミシンで自分で一つずつ縫い付けているんです。
でも、誰かが喜んでくれるのを想像しながら、夢中で作業することも楽しいんです。モノづくりや考えることが好きなので。スノーボードと同じくらい没頭できる瞬間でもあります」
こう語る中村さんの柔らかな眼差しから、本当にモノづくりとスノーボード、そして人が大好きなのだな、ということが伝わってくる。
「人が大好きですね、僕。スノーボードって雪の上にいるだけじゃなくて、そのあと温泉行ったり、飲もうよとか、みんな含めて大好きなんですよね。BREWってブランド名もビールの意味からもとったんです。お酒飲みながら楽しくコミュニケーションとるのが好きです。とにかく、人生は楽しんだもの勝ちだと思うんですよ。なんでも楽しくいきたい」
最後に……

「こういうチャレンジが僕ら世代や若い世代が新しいアクションを興すきっかけになってもらえたら、すごく嬉しい。やりたいと思ったことはどんどんチャレンジしてもらいたい。それがスノーシーンの、ひいては日本を元気にしていく行動になるんじゃないなかって思うからです。
今は、幸せですね。スノーボードしてきて本当によかったなって思うし、今、こういう人生を歩んでいて、こんな場所にいられるのはスノーボードがあったから。そして出逢った人たちのおかげでもあります。
大事にしていることは、感謝です」
こんな中村さんが魂を込めて一点ずつ作り出す「KANJIKI」。
日本の伝統とジャパンブランドの誇りを纏う独特の存在感を、ぜひ感じ取ってほしい。
教えてくれた人

中村貴之(Nakamura Takayuki)
KANJIKIファウンダー・プロスノーボーダー
1986年生まれ、長野県出身。スタイリッシュなライディングスタイルに定評のあるプロスノーボーダーであり、アパレルブランド「Brew」もプロデュース。2022年「KANJIKI JAPAN」を立ち上げ、新感覚の革新的なスノーシューを生み出す。この雪国の日本で暮らす人・遊ぶ人の生活をより豊かにするためのスノーシューづくりに日々情熱をかけている。

KANJIKI JAPAN
公式サイト:https://kanjikijapan.base.shop/
公式SNS:Instagram