日本のスキー場で初のSDGsマーケティング部を発足!~白馬・八方尾根開発のSDGsへの熱い取り組み

白馬・八方といえば日本を代表するスノーリゾートで、白馬連峰の美しさと巨大なゲレンデは、スキーヤー・スノーボーダーを惹きつけてやまない人気のフィールドだ。この白馬八方尾根スキー場でリフト13本、4つの施設を運営する八方尾根開発株式会社は、2020年6月、国内のスキー場で初めてSDGs専門部署「SDGsマーケティング部」を立ち上げた。地球規模での取り組みが広がりつつある今、日本のスノーリゾートとして先駆けてSDGsに着手した、その背景やこころは、どのようなものなのか? SDGsの取り組みの実際は? 


2022年の4月、白馬アルプスの山々はまだすっぽりと雪に覆われている頃、STEEP編集部スタッフは八方尾根開発株式会社を訪ねた。本社オフィスは八方尾根スキー場のバスターミナルの目の前。迎えてくれたのは営業・管理本部長の秋元秀樹(あきもと・ひでき)さん。注目を浴びているSDGsマーケティング部を統括している。

会議室の壁にはSDGsのパネルが。いつも目に留めて意識を、という考えからだ 
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SDGsへの取り組みの背景

―なぜ八方尾根開発では、SDGsの取り組みを始めようと思ったのですか? 何かキッカケがあったのでしょうか?

秋元さん:ここ数年、小雪を肌身に感じていまして、白馬も雪が降らないという年を経験しています。2015-16は100年に一度という小雪で、1月14日になるまで雪不足が続き、山麓まで滑走できないという年だったんです。「こんなの100年に一度だ!絶対に2年は続かない」と言っていたところ、次のシーズンも同じく1月14日まで雪がつかなかった…。

※SDGsへの取り組みをプレゼンテーションする資料とともに進めていきます

こんなことは本当に異例ではあるのですが、100年くらいの気候統計を見ると、どんどん気温は上がっているし、雪が降らなくなっていて、「積もらないよね」と肌で感じるようになってきました。これまでのように町中まで雪の壁ができることもなくなってきて、そういった現象がここ10年、如実に現れるようになっています。白馬村の平均気温と年間降雪量の推移のデータにもはっきりと表れていて、白馬村はこの30年の間で平均気温が約1℃上昇し、年間の降雪量も約100㎝減少しているんです。

そんな折、2020年3月に弊社の代表がPOW Japanの小松代表とお会いする機会があり、その場で意気投合しPOWへの加盟を決断。私もすぐにSDGs部署の立ち上げの手続きをとったんです。予てから気候変動に関心があって、今後は企業の責任として直面する問題だと考えていたので、良い流れに乗ろうと。当時、営業部だったものを、もう営業というありきたりのスタイルではなくて、八方尾根自体のブランディングから始めようと考えたんです。それで「SDGsマーケティング部」を2020年6月に発足させました。


日本のスキー場初の「SDGsマーケティング部」発足

―「SDGsマーケティング部」というのは日本のスキー場では初めてだったのですよね。

秋元さん:デジタルマーケティングを含めてSDGsの活動をしていこうと考えました。今、白馬八方尾根スキー場ではオンラインのリフト券販売システムが機能しているんですが、販売のタイミングで顧客情報を集め、そのユーザーに向けてニュースレターで取り組みを配信することを考えました。現在、ユーザー登録数は1万人を超え、我々のSDGsの取り組みを発信してきて2年が経ちます。

デジタルシステムの導入には相応の費用がかかるので、始めるにあたり困難もありましたが、国の補助金を活用させてもらって機器の導入費用を圧縮し、その代わりといっては何ですが、マーケティング部のスタッフの活動費が捻出できる。ひとつずつ成果を出していくという建て付けで仕組みづくりが実現しました。

―取り組みの初期段階で大変なことはどんなことでしたか?

秋元さん:まず社内での理解を得ることが大変でした。発起集会のようなものを開催して、「SDGsって知ってますか?」と聞くと、「それ何ですか?」って(苦笑)。その当時はSDGsという言葉もまだみんな知らなかったんです。ただこの1年の中でメディアで急にSDGsという言葉が取り上げられるようになって、市民権を得てきたのだと思います。

社内の取り組みとしては、まずSDGsって何なのか、わかり易い項目で気候変動について取り上げ、地球温暖化とは?といったことをPOWの方に講習していただきました。浸透するには見える化でしょうから、SDGsパネルを各部署に掲示したり、再エネステッカーを貼ったり、メールマガジンで情報発信をしたり、環境に関する聞き取り調査などを実施しました。

環境問題として一番に検討したのは、電力をどういう供給源にするか?でした。火力発電が気候変動に大きな影響を与えているので、まずは我々の使用電力を火力発電から他の電力へ切り替えていく必要があると考えました。

そこで、2020-21冬シーズンから、リフトの電力を再生可能エネルギーに切り替えることになります。1年目は、まだ全国的にSDGsへの取り組みが進んでいなかったので、電力の調達コストを抑えながら切り替えることができましたが2年目は社会情勢も変化し苦戦します。すでに需要と供給のバランスが変わっていて、コストを上げずに実現するのは難しく、ようやくこの4月ですべてのリフト(弊社が運行する13本)を再生可能エネルギーに切り替えることができました。

リフトも再生可能エネルギーで運行されている

異例のスピードで100%再生可能エネルギーでのリフト運行を達成

―すごいですね! 100%再生可能エネルギーでリフト運行!

秋元さん:白馬八方尾根スキー場の中で弊社が運行している分だけですが…。1年目の再生可能エネルギー化は、その年のトピックの一つに過ぎず、他にも新エリア開業や降雪機導入、オンラインチケットの販売、予約制駐車場など話題が目白押しでした。ラジオやテレビで告知する機会があり、一番、視聴者から反響が大きかったのが、再エネ化についてです。あまりの関心の高さに「ここまですごいのか」とちょっと驚きでした。「八方尾根のように大きなスキー場が先陣を切って再エネ化に取り組むことに大きな意義がある、賛同します!」という声をたくさんいただき励みになりました。大変有難いご支持を頂けたと思っております。

―ユーザーの評価や応援は、取り組みの手応えや励みになりますよね。

秋元さん:それだけ人々の関心がSDGsに集まっているということですし、八方尾根への期待だと肌で感じました。小雪はスキー場経営には死活問題です。雪が降らないのなら作らないといけない、そこで降雪機の登場です。それには膨大なエネルギーを使って雪を造る、いわば「環境を破壊する」という矛盾があるんですが、そこをせめて再生可能エネルギーに変えられないかと思い、人工降雪機の稼働電力はすべて再生エネルギーに切り替えました。造雪用の水をくみ上げる電力は、まだ普通の電力のままなので、そこは次の課題です。

またゲレンデの圧雪作業も、試験的ではありますが、人工降雪のバラツキを感知するセンサーと走行システムを連動し、無駄なCO₂を出さないよう作業の効率化を図っています。

あとは、温泉の事業をやっているので、そちらも同じように再エネ化に切り替えていて、事務所などを含め会社全体の電力の8割強を再生可能エネルギーに替えています。このペースでいけば、2030年までには100%達成できるだろうと思っています。

―この非常に先駆けた動き、2019年に着手して、わずか3年でリフト再生可能エネルギー化100%を実現するというのは、驚異的なスピードです。何がここまでの速さを実現させたのでしょうか。

秋元さん:やっぱり取り組みに対する市民権を得るのが一番大変なのかなと思います。自分たちがやっていることを見える化したり、ステークホルダーというか一緒に活動してもらえる部隊がどうしても必要で、それは社内・社外両方です。

その意味でいうと、白馬エリアはスキー場が HAKUBA VALLEYという形で一体となっており、「HAKUBA VALLEY TOURISM」というDMOを形成、そこにSDGs小委員会という組織を設けています。私たちはこの組織の活動初期から参入させてもらいました。そのメンバーには行政や地域の代表も加わっていますので、それぞれの活動の共有ができて、理解や応援を得ることができる、これも活動の促進要因です。

また、この1年で急速にSDGsが叫ばれるようになって、そこが後押しになったのも事実です。社内では情報ツールとしてSlackを使うようになり、全社で情報を共有しているので、みんなが自然と無関心でいられなくなりました。今では私たち以外の部署からも気軽に「こういうこと考えているのだけど、できそうですか?」といったアイデアが出たり、「これはSDGs的にはどうなの? それってちょっと無駄があるんじゃない?」なんて、疑問や意見をぶつけてくれる。立ち上げ当初は何を言っても「・・・???」みたいだったことを思うと頼もしくなりましたね(笑)。

個々の部署でも、固定費の見直しがなされるようになったり、SDGsのケミカルが社内に変化を起こしている実感があります。社内コミュニケーションも活発にオープンなった。こういった環境も取り組みを早く太くするのに、とても大きいと思います。今はとてもうまく回り出した感じがあります。


今はとてもうまく回り出した感じがある

―今、SDGsマーケティング部はどんな体制なのですか?

秋元さん:私がマーケティング全体を見ていて、SDGsマーケティング部としては、女性スタッフが3名です。うち1名はオーストラリア出身の方です。コロナ禍以前はユーザーの4割がインバウンドという状況でしたから、多様性への対応も重要なテーマです。

それと、最近は再生可能エネルギー化だけでなく、取り組みにも広がりが出てきています。地元の学生とワークショップ形式で環境問題について考え、この冬には大きな「クジラの雪像」を作りました。いつも当たり前にある雪が当たり前ではないんだと、あらためて感じる機会を設けることで、少しでも小雪問題を肌身で感じてもらいたかった。

もともと八方尾根は、夏の高山植物を保護する植生回復事業をやってきたので、地域として自然保護に関心があります。修学旅行の受け入れも盛んで、地域とともにSDGs体験を組み込む形で、商品提供を始めています。

―SDGsの取り組みは直接的にビジネスや売上向上に直結しない、むしろコストがかかるという点が懸念されると思うのですが、そこは反対意見や抵抗はなかったのでしょうか?

秋元さん:私は仕事柄、以前から海外のリゾートによく視察に回ってきたのですが、アメリカでは1998年に最初のSDGs(当時SDGsはない)、地球環境を考えるという部署がスキー場から発足して、もう20年が経ちます。今、アメリカのリゾートで環境問題へ取り組んでないところはひとつもないんです。その成果として、お客様がスキー場の取り組みを支持して定着、顧客化する、いわゆる “ロイヤルカスタマー化”という効果があります。

また、環境問題にきちんと取り組んでいる企業で働きたいという就労ニーズが生まれて、意識の高い質のいい人材が獲得できるという利点もある。海外ではきちんとそういった有益な流れが確かに回り始めています。

また、私たちがスキーという事業をやりながら、どうやって社会的意義を果たしていけるのか、そういうものが足りないから、仕事にコミットできず定着しなかったり、ここで働きたいという意欲のある若い人が集まってこなかったんじゃないかと感じてきました。山や雪という自然の恵みから得たものから、しっかりと社会や地域に還元すべきじゃないか、そんな思いからSDGsの取り組みを始めた部分が大きいです。

SDGsへの取り組みが自然に対して思いのあるよい人材も引き寄せてくれる期待が…

―雪山や自然を愛する人が誇りを持って働ける環境づくりですね。

秋元さん:実際に初年度、「POWと提携してSDGsに取り組んでいる部署があるんですよね? アルバイトしたいです!」って若い子がきたんです。スキルが高くて責任感も強くて、とても頑張ってくれました。SDGsに取り組んでいると、こんなふうに短い期間でもコミットして良い働きをしてもらえるので、自然と国内外から人材も集められるのかなって期待もでてきています。さらには、障害のある方にも活躍してもらえたら、ダイバーシティが根付くことにもなるでしょう。

あとは、間違いなく無駄に対する意識が高くなるので、結果として今まで自分たちが過剰だった部分がうまく削ぎ落せるというメリットもあると思います。弊社はもう60年くらい社歴があるのですが、これまではスタッフがほとんど地元出身でした。今は地元が2,3割で、あとは外から入って白馬に根付いた方々です。いろんな人がいろんな形でコミットできる会社作りが必要なのかなと思います。


ユーザーに還元できること

―SDGsの取り組みに対してお客様にダイレクトに還元できていることはありますか?

秋元さん:そこはまだ我々の取り組みや努力が足りない部分かなと思います。例えば駐車場。アメリカだと1台で乗り合ってきてくれたら効率がいいし、ガソリンもその分使わない、CO₂排出も抑えられる、だから駐車代を割引しますよ、なんてことをやっているんです。

でも我々は、まだ取り組みのバラエティさが少ないので、お客様の利益に直接つながっている感じはしないかもしれません。細かいところでお話しすれば、レストランでは割り箸は使わない、ICチップを回収して再利用するなど、使い捨て防止や2次利用促進でコストを抑え、その分の積み上げを還元していく方向かと考えていきます。

今年は寒冷地としては珍しいバイオマストイレに挑戦しました。そういうものに興味を持って一緒にやろうとしてくれるパートナーと出合い、自分たちが「今」できることに積極的に取り組んでいくことが大事なのかなと思っています。ある意味、お客様とともに歩むことでSDGsとして還元の形が見えてくるのだと思います。

スケール・斜面のバラエティ・雪質・景観などクオリティの高さで名高い八方尾根スキー場

―お客様のポジティブな反応は感じますか?

秋元さん:「八方尾根がそういう取り組みをやっているから、八方尾根に行きたい」とユーザーが思っているのかについては、未だわかりませんが、少なくとも「なんでそんなことやってるの?」という批判的な声はないように思います。これが、もし何もしていなかったら「どうして何もやっていないの?」という声はきっと生まれているはずです。

リフト料金が値上がりしたりしない限りは、クレームはこないでしょうかね?

秋元さん:逆の発想ですが、自然環境保護の観点でお客様の共感が得られるようなプログラムがあれば、リフト料金+付加料金という組み合わせも、支持に結びつくような気がします。あえて「SDGsの取り組みに参加しよう!」と。自分も貢献していることに付加価値を感じてもらえるような仕掛け自体が新しい取り組みになるので、アンケート調査でお客様の声を聴いてみたいと思っています。

―2030年には再生可能エネルギー化100%を実現されるということですが、スノー業界ではこれらの取り組みはどのくらいのスピードで変化していくと予想していますか?

秋元さん:スキー業界全体の取り組みは、なかなか足並みは揃わないと感じます。全国のスキー場の半分は民営、半分は公営という状態なので、今後国内の人口減少問題を考えると、大衆向けの商品からアッパー層向けの商品を創っていかないと、生き残っていけないのではないかと思うんです。すると、このような動きはますます重要になっていきますし、それに注力できるスキー場はある程度限定されてくる。

差別化やニーズを考えると、一定規模のスキー場は率先して取り組んでくるでしょう。業界で足並みを揃えてやりましょうというのは、個々の諸事情から現実的には…。

とはいえ、スキー場は森林を伐採して人工的に創ったものですから、生業の本質を考えると、環境保護や社会貢献は積極的にしていかないといけないと強く感じます。

―再生可能エネルギー化だけでなく、他のSDGsの項目への取り組みもされているのですよね

秋元さん:SDGsの目標に関連するフードロスをなくすための「地産地消」はかなり以前から手掛けていて、近年では、白馬と長野県産にこだわった食材でおもてなしするオーベルジュスタイルの宿泊にすごく人気が集中しています。10万円クラスの高額なタイプでも、アッという間に満員御礼になるのが特徴です。

また、LGBTなどジェンダー問題も検討すべき事例が上がっています。白馬に住んでいる方にLGBTの方も一定数いらっしゃいますし。今日の明日にクリアできる目標ではないのですが、土俵に上げることがまず一歩で、その姿勢が大事だと思っています。

八方尾根は、自然環境・雪山・高山植物など、四季を通じて1年中SDGsに取り組めるテーマがたくさんあります。その中で自分たちができることを一つずつしっかりと進められるように、持続可能でより豊かな白馬づくりに地域の方たちと共に取り組んでいきたいですね。

雄大な美しい自然のフィールドでSGDsはさまざまに実践されていく

―SDGsに取り組んでよかった!という印象深かったエピソードはありますか?

秋元さん:SDGsということを最初に取り組み始めた関係で、周囲からいろいろな声をかけてもらうようになりました。POW Japanさんはもちろん、新しい人脈が広がって、今までまったく接点のなかった業界や人々ともコミュニケーションが生まれています。大変喜ばしいことで、これまで比較的「閉鎖的」だったスノー業界にとっては、大きな可能性だと思います。これもSDGsの目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」の一つと考えるとSDGsは奥が深いと感じてなりません。

―最後に「雪の未来を考える」スキーヤー・スノーボーダーたちにメッセージをお願いします

秋元さん:自然環境の問題は、特定の地域や企業だけが取り組めば解決するものではありません。個人個人が今出来ることを少しでも始めてみることで変わっていきます。皆様と末永くウィンタースポーツを楽しむために、白馬八方尾根スキー場は環境問題に取り組んで参ります。SDGs一緒に頑張りましょう!


教えてくれた人

秋元秀樹さん
Akimoto Hideki

八方尾根開発株式会社 
執行役員 営業・管理本部長 

東京都出身 飲食事業、貿易関連の経験を経て1998年より白馬に携わる。
2005年移住。
2015年 営業本部長就任。
2016年 執行役員就任 管理・営業部門を統括する。現在は八方尾根観光協会の副会長を兼任し地域活性化に努めている。



取材協力/八方尾根開発株式会社 2022年4月取材/STEEP編集部

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