自然のなかで遊ぶことが大好きで、もっと楽しみたい。そんな思いやアイデアが新しいモノや価値を生み出していく。ここにも「自分に都合のいいものがなかったから」と一人手作りでザックを作っている熱いスキーヤーがいる。金沢発のガレージブランド「KanazawaPACKS」だ。
ないなら自分で作るか
「KanazawaPACKS」が生まれたのは2017年の暮れ頃。金沢を拠点にするテレマークスキーヤーの内田明彦さんはこんなふうに思っていた。
「市場にあったバックパックは自重があって重い。自重が軽くて取り出したいものをピンポイントで出し入れできて、拡張性が高い。腰回りの動きを妨げない作りで、背負った時の重心が少し上にあがる。そんなバックパックが欲しい」
こうした希望をすべて備えたバックパックとなると、購入時の選択肢はかなり限られてくる。そんな都合の良い製品は簡単に見つからないものだ。
「もともと物作りが好きだったこともあって、“売ってなければ自分で作るか"という流れになったんです。バックパックを自作するガレージブランドの先達たちは当時からいたんですね。
だけど、自分が欲しいものとはちょっと違うなと思った。製品の多くは内部へのアクセスが上からだけ。上からしか中の物が取り出せないのは雪山ではとても不便だなと……。デザイン的にも長方体の袋といったものが多くて、魅力的ではありませんでした。
そういったことが、バックカントリー用のバックパックを自作しようと思ったきっかけです。 1個作ってみたら、なんとなくできそうかどうかもわかると思って、まず作ってみたんです。その1個からいろいろと修正を加えていったら、たちまち10個くらい試作品が床に転がったりしたこともありましたね」
内田さんはこう振り返る。
サコッシュ作りも縫製経験ほぼなしから始まった
内田さんのバッグ作りは、最初は「CLICK PACK」という小さなサコッシュからスタートした。さて、ブランド名はどうしたものか? もう30年も住んでいる金沢から発信する、また、金沢は工芸が盛んなモノづくりの街でもある、そんな意味でブランド名を「KanazawaPACKS」と名づけた。
それが、2017年のことだ。
ブランド立ち上げ時には販売用のホームページもなく、SNSでサコッシュの作品を公開し、興味を持って欲しがる人に買ってもらっていたという。作品づくりも家庭用のミシンからのスタートだ。
「僕は縫製の経験はほとんどありませんよ(笑)。独学です。でも、シンプルに物を縫うことに関しては、ミシンの使い方さえ覚えれば誰でもできるようになると思います。
いろいろな製品の裏側を見て参考にしたり、じっくり観察はしましたけど、むしろ縫製に固定観念を持たずに、試行錯誤しながら自分なりの作り方を見出していきました」
その過程で内田さんはある本に出会った。
「当時バックパックをどうやったら自分で作れるだろうと、主にインターネットで情報を漁っていたんです。そんなとき釣り仲間から、こんな本があるよと薦められて読んでみた本の中にアメリカのロングトレイルや、ウルトラライトハイキング系の本があった。そこにUL系(ウルトラライト)の「make my own gear(MYOG、自分でギアを作ってしまおうよ、の意)」というアイデアが書かれていたんです。
本を読み始めたとき既に自分でバックパックをいくつか試作していました。なので具体的な製作の作業自体はわかっていたんですが、MYOGはもっと根本的な、自分が求めているバッグはどのような考え方に基づいてデザインすればいいか、を理解するのにとても役に立ちました。
そして、材料はいろいろなものが海外から簡単に個人のネット通販で取り寄せられることもわかった。この頃、東京のとあるガレージブランドのお手伝いで製品を作って納めたりするようになったこともあって、いよいよ職業用ミシンを買って本格的な制作をするようになっていきました。
バックパックを作るには、軽くて引き裂き強度の強い生地を手に入れられなければ始まりません。いろんなタイミングが上手くマッチしていなかったら、バックパック作りは始められていなかったかもしれませんね」
そのこだわり
見るからに複雑でテクニカルなバックパックを手作りしよう、と発想する時点で内田さんがかなりのこだわり派であることは容易に想像がつく。そのこだわりとはどんなところにあるのだろう。
「端的に言うと、"機能的でデザイン的にも納得できるものを作りたい"のです。まず、デザイン面については、ただの四角い袋状のものは作る側としては簡単ですが、面白くないと思っています。発想の段階や製作時に手間が多少かかりますけど、個人的には曲線を入れたデザインが好みです。
バックパックは全体としては下の方に向かってすぼまるような形にしています。これはデザイン的な面もありますが、中に入れたモノの重心を、少し上に上げるためという機能的な面も持ち合わせています。
機能面は、中身が取り出しやすいということが大前提にあります。夏山や渓流釣りなどでは、上から取り出すことに対して不便だなと思うぐらいで済みますが、雪山ではリスク回避のためにも取り出しやすさは重要な機能だと思っています。
そのためバックパックの上の開口部を大きくとるだけでなく、背負う面がガバッと開くようになってます。バックアクセスはメーカーのBC用バックパックも多く採用していますね。
当然、アバランチギアもすぐに取り出せる位置に収納できます。あと、スキーやヘルメット、ピッケルなどを外付けできるようにデイジーチェーン状のループをつけて拡張機能を持たせています。
あと、僕の作るバックパックはウエストハーネスが付いていません。それは、腰周りの動きを妨げたくないからです。意外に思われることも多いのですが、ウエストハーネスがついてないことで予想以上に快適に使えます。
軽量性は機能面を満たした上で、結果としてより軽くなれば良い、という考え方です。軽量系山道具って賛否両論ありますが、同等の性能を持っていれば軽いほうが良いのは異論を挟む余地はないと思います。引き裂き強度の強い生地を使ってシンプルな構造にしています。
つまり、デザイン性と機能性、重量感をバランスよく満たした物を作ろう、というのがコンセプトになりますね。ひとつだけ尖った性能があるのも面白いとは思いますが、あらゆる面で平均的な仕上がりが、結果として長く愛着を持って使ってもらえると思うからです。
でも、こうしたこだわりを形にできるのは、インターネットでこんな生地があるという情報が豊富にキャッチできて、地方を拠点にしても都市に居るのと変わらず材料を手に入れられる環境のお陰ですね。ひと昔前ではとても考えられませんでしたから」
内田さんのこだわりは世界中を駆け巡るのだ。
※受注生産
Axis 40 バックカントリー用バックパック
上部のロールトップスタイルで独特のフォルムを持つBC愛好家のためのモデル。ロールトップには取り外しできるインナーパックを装備し、上下2気室のようにも使用が可能。背負面(バックパネル)のフルオープンやフロントのセンタージップより簡単に中身にアクセスが可能。内部には前後に仕切りがあり、2気室のような使い方ができる。
容量:40ℓ
Material:Dimestion Polyan社のX-PAC VX21HS 、CHALLENGE FABRIC社のECOPAK EPX200を使用
重量:670g
カラーアレンジメント:X-PAC VX21HS のブラック、ホワイト、ECOPAK EPX200のブラック、ホワイト、グレー、ブラウンから単色またはツートンカラーでオーダー可能
¥33,000
ガレージブランドの強み
内田さんの言うように、作り手のこだわりを追求して思いのままに形にしていけるのが、ガレージブランドの強み。同じくして、ユーザーの「こんなふうだったらいいな」という要望を聞いて、その人の使いやすい形に自在にアレンジできるのも、ガレージブランドの強みだ。
作り手と使い手の思いが重なる、そこに「KanazawaPacks」にしかない特別な作品が生まれるのだ。
その美しさは専門家たちを惹きつける。フォトグラファー中田寛也さんもその一人だ。STEEPでもお馴染みの中田カメラマンは、石川県出身で「KanazawaPACKS」の愛用者。実は「KanazawaPACKS」のことも、STEEP編集部は中田カメラマンから教えてもらったのだ。今回、掲載しているアトリエでの写真もすべて中田さんによる撮影。
中田さんはこんなふうに話してくれた。
中田さん「東京から故郷の石川県に戻ってきた2018年、大雪の冬でした。地元のゲレンデでパウダーをウハウハと滑っていると、地元のテレマーカーに声をかけられたんです。この辺では昔から山を滑っているのはテレマーカーが多くて、僕もテレマークを始めるキッカケになったのですけれどね。
その仲間たちが雪山で使っているギアに「KanazawaPACKS」というロゴが入ったサコッシュやザックを度々見かけたんです。生地にX-pacを使い、いかにもUL系のガレージブランドの匂いが感じられる。細かなディテールに作り手の意思と想いが伝わる雰囲気でした。その名の通り「金沢」から発信していることに自分の境遇を重ねて、とても親近感と意義を感じたんですよね。
僕は、「KanazawaPACKS」のBC用40Lザック「Axis40」を使っています。 薄手のX-pac生地でロールトップ。軽量でシンプルなニ気室構造。背面が大きくガバっと開き、内部の左右にはプローブとショベルの柄を固定するループがつき、この2本がザックのフレームになるように工夫されている。 春先の撮影にカメラザックとして使えると思ってオーダーしたんです。
その際、僕のワガママでskimoのザックのように、背負ったままでスキーを素早く背負えるスキーループをつけてもらうことにしました。元々はスキーをA型にして背負える左右のスキーストラップがつくのですが。いろいろなパーツをつけて機能を拡張させることもできるので、ピッケル付けることもできるし、ウエストストラップの装着も選択できる。また、カメラという重量物を背負うこと踏まえて、僕は腰のストラップをつけることにしました。
春先は軽快感のあるスキーツーリングウエアでスキーをするので、ザックはこれくらいの感じがぴったり。春山用カメラザックとしても40Lの容量は使いやすいんですね。一番使いやすさを感じたのはテント泊撮影のときです。100L級のザックに荷物を詰め込んでいくけれど、そこに「Axis40」をクシャッと突っ込んでアタック用のカメラザックとして携行できるから。本当に手に入れて良かったと、撮影で山へ行くとき毎回思うんですね。
そして、この「Axis40」は、BCで使う前に、家族とのゲレンデスキーでも大活躍してくれました。 ゲレンデから離れた駐車場でも、子どもと自分のスキーをザックにつければ両手が空いて歩きやすく、容量が40Lもあるので、おやつ、オムツ、着替え、子どものブーツと、ドンドン入れられる。その上、ザック自体は軽くて最高なんです」
ここまで聴くと、一般ユーザーとしては自分もカスタムオーダーができるのか? がとても気になるだろう。答えは……
「オーダーをいただいてから作る受注生産なので要相談ですけれど、基本できます。例えばですが、サコッシュは通常左側にファスナーがついていますが、利き腕の関係で反対側の方が使いやすい、ビーコンホルダーと干渉しにくいし、という理由の依頼で右側ファスナーのサコッシュを作ったこともありました。
バックパックも同様にカスタマイズが可能だ。作り手と使い手がコミュニケーションを密に図ることで、世界でオンリーワンの作品を作ることもできるなんて、こんなにワクワクすることはない。
思いの伝わる人へ
KanazawaPacksは、どのような人に使ってもらいたい、と内田さんは考えているのだろう。
「やはり自分が嗜んでいるバックカントリースキーやフライフィッシングをするために山に入る人たちですね。自分が一番よくわかっているジャンルやフィールドで、自分が欲しいと思うものこそが、同じようなプレイヤーのニーズにマッチしたものになると思うし、自分の思いが伝えられるんじゃないか、プレイヤーである私が作る意味があるのだと思うんです。
バックカントリーや釣りといったニッチな趣味のシーンで使えたらいいと思って、基本作ってはいますが、でも、それだけではもったいない気もして。日常的にも使いたいと思うデザイン性も欲しいんですよね」
その一方で、もっと尖がった局所的な機能性の追求にも興味があるようだ。
「以前雪崩に流される経験をしまして……。
ストックを片方なくしただけで大事には至らなかったんですが、それをきっかけにエアバッグ付きのザックを購入したんです。そしていろいろと調べてみると、エアバッグのユニットだけでも買えることを知ったんです。安くはないけど。
なので、そのユニットを搭載できる構造を持ったザックを自分で作れないかな? なんて妄想したりしています。 どうやってユニット以外の荷室容量を稼ぐかなど、いろんなタイプのユニットやカートリッジを調べたり、エアバッグを背負ったおかげで、雪崩に遭ってもどのくらい助かる可能性が上がったのかとか、いろんなことも探ってます。
アイデアが浮かぶと「ちょっと作ってみるか」というノリで、次々に試作品ができちゃったりします。それを雪の上で自分でテストする。滑ったり歩いたりしていると、また新しいアイデアが湧いてきたりする。発想を形にしていく楽しみは、作り続けて行く上での力になります」
内田さんが滑り続ける限り、きっとこれからも「自分で作るからできる」面白いバックパックや希少価値なアイテムが生み出されていくのだろう。そんな内田さんに折り入っての相談や特注をしたい人、ぜひ問合せてみてはどうか。
教えてくれた人
内田明彦さん Akihiko Uchida
静岡県生まれ。スキーとはあまり縁のない人生だったが、石川県金沢市に移住の後フライフィッシング仲間から誘われてテレマークスキーを始める。フライフィッシングでも釣竿といった道具を自作する楽しみを覚え、スキーでもバックパックなどの製作を試みる。より機能的でオリジナリティ溢れるモノづくりのアイデアを模索する日々。