日本のスノーボードはなぜ、ここまで強くなったのか。そして、スロープスタイルとビッグエアという競技は、どこへ向かおうとしているのか。かつて自らが戦っていた世界のコンテストシーンを、いま全日本コーチとして最前線で見つめている稲村 樹(いなむら たつき)が、スロープスタイルとビッグエアの現在地、そしてミラノ・コルティナ五輪の戦いのゆくえを専門的に読み解く。
この種目は、かつてないスピードで変化している

Photo: Miha Matavz/@fisparkandpipe
現在、日本代表のコーチとして携わっているスノーボード・スロープスタイル種目/ビッグエア種目という2つの種目について自分なりの目線でこのコラムを描いていきたい。
まずそれぞれの種目について。複数のセクションで構成され、それぞれで異なるトリックを繰り出しながら、ラン全体の流れや完成度が評価されるのがスロープスタイル種目。 一方で、ひとつのジャンプでトリックの難度と完成度を競うのがビッグエア種目である。 スロープスタイル種目のジャンプセクションを切り取ったようにも見えるビッグエア種目だが、実際は求められる能力や技術が大きく異なっている。
そのため、同じ選手が両種目で常に結果を残せるとは限らず、種目ごとに「勝てる選手像」が明確に分かれるのも特徴。近年はこの傾向がさらに顕著になっている。その背景にはトリックの進化だけでなく、ジャッジ方法の変化が大きく影響している。
そうしたなかでも、日本人選手の活躍は際立っている。オリンピック前年として注目を集めた昨年の世界選手権(スイス)では、ビッグエア種目女子で日本人選手が表彰台を独占し、男子も優勝・準優勝を日本人が占めた。スロープスタイル種目においても女子が準優勝、3位を獲得し、両種目合わせて12の表彰台枠のうち7つを日本チームが獲得するという、突出した成績を残した。
両種目における日本の強さは疑いようがない。
しかしながら、スロープスタイル種目ではビッグエア種目ほどの絶対的優位性があるとは言い切れない。その理由こそが採点方法の変化による違いと自分は考えている。
ビッグトリックを競うビッグエア種目(BA)・
多様性と完成度を問うスロープスタイル種目(SS)

近年のコンテストシーンを見ている人であれば、回転数の進化が著しいことは周知の事実であろう。昨年、世界最高峰の大会「X GAMES 2025」において、荻原大翔が世界で初めてバックサイド2340(6回転半)を成功させた。ついに6回転半を回る時代に突入したのである。
誰かが壁を突破すれば、それに呼応するように全体のレベルが一気に引き上げられる。競技の進化もまた、常にそうして起こってきた。
そのなかで、ビッグエア種目とスロープスタイル種目は、それぞれ異なる方向性をより明確にしてきている。ビッグエア種目は、難度、完成度、着地という要素が最もシンプルに評価される種目であり、この本質は以前から大きく変わっていない。
一方、スロープスタイル種目では2年前から「コンポジション」という評価項目が導入された。
詳細に語ると長くなるためここでは割愛するが、簡潔に言えば、完成度とバリエーションをより重視するための評価基準である。これは両種目の差別化を図ると同時に、競技全体の発展を見据えた、極めてチャレンジングな取り組みだと言える。
このコンポジションという項目は100点満点で採点されているこの競技において40点もの得点を占めており、非常に比重の大きい要素だ。
トリックの難度だけではなく、回転方向、縦回転と横回転の使い分け、メインスタンスかスイッチスタンスか、グラブの種類など、ひとつのランをどのように構成するかが問われる。
以前はジャンプセクションでの評価比重が高く、ジャンプが強い選手が評価されやすい傾向にあったが、現代のスロープスタイル種目ではジブセクションの構成が極めて重要になっている。この変化に各国が戸惑っているのも事実だが、一方で、この評価基準によって強みを発揮する選手が生まれているのも確かだ。
すこし余談になるが、従来とは異なる採点方法であるがゆえに、この数年は毎大会のように選手、コーチと審査員による話し合いが開かれている。選手、コーチ、そして競技全体の未来を考える審査員の立場。それぞれの思惑が交錯するなかで議論が重ねられ、採点基準が模索されている。
個人的な意見を述べるならば、採点競技であるこの種目は、採点方法こそが競技の未来を決める要素であると考えている。
全体の声を聞きながら作り上げていく姿勢はいかにもスノーボードらしい。この方法に疑問を感じることがないわけではないが、ひとつ確かなのは、いまこの競技が大きな転換期の真っただ中にあるということだ。
なぜ日本チームは強いのか


日本がこれほどまでに強さを発揮している最大の理由は、エアマットのジャンプ施設の充実にある。2003年に世界で初めて開業したエアマットジャンプ施設「神戸キングス」を皮切りに、各地域で施設整備が進み、年間を通じて安全にジャンプ練習ができる環境が整った。
それに伴い、各地域に専門性の高い指導者が育ち、ちいさい頃からエアマットで練習を重ねてきたキッズスノーボーダーが多く生まれた。自分は彼らを「エアマットネイティブ世代」と呼んでいるが、彼らが安全かつ高い質でジャンプ技術を磨ける環境ができたことは大きい。世界を見渡しても、ここまでサポート体制が体系的に整った環境は珍しく、この優位性はすくなくともあと数年は続くとみている。
また、日本はこの種目の指導者の数が非常に多い国でもある。海外のコーチと話すたびに、その点には驚かれる。この種目における日本人選手のレベルの高さは、各地方で選手を支えてきた指導者たちの存在によるところが大きい。これは間違いのない事実である。
代表的な例を挙げるなら、長谷川帝勝や村瀬心椛の専属コーチを務める阪西翔氏、岩渕麗楽や深田茉莉の専属コーチを務める佐藤康弘氏など、ほかにも多くの優れた指導者が国内に数多く存在する。
決して代表チームの育成構造やシステムによるものではない。本来であれば代表レベルでする指導を、地方の指導者が日常的にしてきたことで、育成の裾野と密度が大きく広がった。チームに関わる立場として、常に感謝を抱いている部分でもある。
施設が生まれ、そこに指導者が育ち、各地から高いレベルの選手が輩出される。結果として国内の競争が生まれ、その競争を勝ち抜いた選手が、そのまま世界で戦える選手になっている。国内の練習環境、地道に練習を積み重ねられる国民性、フィジカル差が出にくい競技特性。これらが相まって、この種目が発展してきたと考えている。
とはいえ、すべての環境が世界水準にあるわけでもない。
雪上での国内環境は、他国と比べると大きく劣る。日本の湿度の高い気候、降雪によるコース維持の難しさ、標高の条件など、さまざまな要因が重なり、いまだに世界大会が開催できるような雪上コースは実現していない。世界水準のコースを製作するには維持費もかかり、ビジネスとして成立させづらいことも影響しているだろう。そのなかでもこれだけの結果を残していること自体が、エアマットのジャンプ施設で質の高い練習ができている証明である。もし国内に世界最高水準の雪上環境が整ったとしたら、日本はどこまで強くなるのだろうか。

Photo:Dasha Nosova/@fisparkandpipe
ミラノ・コルティナオリンピックでの戦いの見どころ
ミラノ・コルティナオリンピックにおける見どころを、種目別に整理していきたい。
まずはオリンピック序盤に開かれ、最も活躍が期待されているビッグエア種目。
ビッグエア種目は3本の試技のうち、異なる回転方向のベストラン2本の合計で争うルールとなっている。ジャンプ台のサイズによって回転数は変わるが、現時点で発表されているコーススペックを見る限り、女子は一方向で1440(4回転)を決めたうえで、もう一方向になにを持ってくるかが勝負の分かれ目になるだろう。
日本人選手に加え、昨年のビッグエア種目年間チャンピオンであるMia Brookes(イギリス)、世界一と呼び声の高いZoi Sadowski-Synnott(ニュージーランド)、前回の北京オリンピック・ビッグエア種目チャンピオンであるAnna Gasser(オーストリア)といった選手たちが表彰台を争うことになるに違いない。
男子はさらに熾烈な戦いが予想できる。今季のW杯では2160(6回転)を完璧に決め切った選手はいないが、オリンピックの決勝ではまずトリックを成功させることがひとつの鍵になるだろう。そのうえで、もう一方向に何なにを組み合わせるのか。飛び抜けるためには、どこかでリスクを背負ったチャレンジが求められる局面が必ず訪れる。
日本人選手の表彰台独占も十分にあり得るが、その中なかで大きな壁として立ちはだかるのは、前回の北京オリンピックチャンピオンであるSu Yiming(中国)である。2025年12月に開かれたビッグエア2戦では圧巻の2連勝を飾った。自国開催のプレッシャーがあるなかでの優勝は、彼の強さを物語っている。
スロープスタイル種目も男女ともに激戦となる。今回発表されているコースは、近年のなかでは比較的シンプルな設計であり、トリックの差がそのまま点数に反映されやすい。とくにスロープスタイル種目ではジブセクションの構成が重要となり、バリエーションと完成度が厳しく問われる。単に最後までレールの上に乗っているのかではなく、板のズレやレール上での踏み込み、それらのトリックバリエーション、細部まで求められる。 スロープスタイル種目は誰が勝つのか本当に分からない。 それがこの種目の面白さでもある。
今季からオリンピックへ―全体総括
ミラノ・コルティナオリンピックに臨む日本のスノーボード・スロープスタイル/ビッグエアチームは、過去最強であると断言できる。前回北京オリンピック後、若手の台頭によって急速な世代交代が進み、才能ある選手たちが経験を重ねることで、一気に花が開いた。
ちなみに近年のルール変更も、日本人選手が表彰台を独占してきた流れと無関係ではないと考えている。それほど強いチームである。エアマットネイティブ世代、そして優秀な地方指導者による育成。この世代は、日本のスノーボードにとって初めて本格的に整った環境のなかで育ってきた世代でもある。
もちろん、これまでも素晴らしい選手たちは数多く存在した。しかし、一昔前に日本人が世界のトップを独占する未来を、誰が想像できただろうか。施設が生まれ、選手とともに指導者も育ち、ノウハウが蓄積されていく。そうして歴史を重ねながら、この日本選手は進化してきた。
史上最強のチームは、このオリンピックでどのような物語を描くのか。期待は高まる一方である。


