星野リゾート トマムが掲げる「冬山解放宣言」は、「コース外を滑ったらリフト券没収」が普通だった20年前からすでに生まれていた。自由な滑走の深層にあるのは、安全と自由の両立に終わらない「雪山文化そのものを未来へつなぐ覚悟」だ。星野リゾート トマムが挑み続ける「解放の本質」に迫る。
トマムという舞台

北海道のほぼ中央、占冠村に広がる星野リゾート トマムは、内陸性気候によって安定的な低温が続くのが特徴。ときにはマイナス30度ともなる極寒ならでこそ可能な「氷と雪でできた街 アイスヴィレッジ」を擁する、日本で唯一無二のリゾートだ。充実したアクティビティ、快適なホテル、バラエティ豊かな食が楽しめるレストランに、2つの山から成る個性的なゲレンデが一体化した滞在型リゾートとして支持されている。
道北エリアの持つ独特の気候条件から乾いた雪が積もり、良いコンディションが維持されやすいこともあり、トマムの滑りの魅力は国内外のスキーヤ-・スノーボーダーから高い評価を得てきた。
標高差約600m、2つの山を軸に展開されるゲレンデは、自然地形の変化に富み、初級者からエキスパートまでを受け入れる懐の深さを備えている。ゲレンデ上部に集中した急斜面を生かすため、滑り手ファーストの環境を改善してきた。その背景にあるのが「冬山解放宣言」だ。
2004年、冬山解放宣言

さかのぼること2004年1月。こんな宣言が突如として掲げられた。
冬山解放宣言とは
スキー・スノーボードは大自然と向き合う高尚なスポーツであり、冬山はそのためのフィールドです。星野リゾート トマムは、管理されたゲレンデを超えて冬山を楽しむ文化を発展させることに貢献します。
滑ることは一部であり、ありのままの自然を受入れ、楽しみ、その存在の豊かさを体感することを目的とします。この活動を健全に発展させていくために、安全な手法の模索と資源の保全を実行。より多くの参加者が冬山のすばらしさを維持可能な手段で楽しむことができる文化を育むと考えています。
この「冬山解放宣言」は、星野リゾート代表、年間滑走日数80日以上、無類のパウダー好きの滑り手とも名高い、星野代表が自らがしたためた宣言書だ。
そこに謳われているのは、「スキー・スノーボードは、大自然と向き合う高尚なスポーツ。そのフィールドが冬山であり、星野リゾート トマムは管理されたゲレンデを超えて冬山を楽しむ文化を発展させることに貢献していく」という明確な意思だ。
それは「雪山を、ただ管理する対象としてではなく、大自然の自由さを大切にする文化として未来につなぐ」という覚悟でもある。危険だから閉ざすのではなく、リスクを理解し、学び、十分に備えたうえで解放する。そこに初めて真の自由が存在する。この発想の転換こそが、冬山解放宣言の本質だ。
その本質にもっと接近するために、欠かせないキーマンがいる。大宮啓伸さん。冬山解放宣言の立役者であり、長きにわたり現場で指揮をとってきた、このプロジェクトの中心人物だ。現在もパトロール隊長を務めている大宮さんに話を聴いた。
星野リゾート始動と「コンセプト委員会」発足

「前の運営会社から代わって、星野リゾートのオペレーションが始まったのが2003年の4月だったんです。僕を含めて30代の若手メンバーが招集されて『コンセプト委員会』という、今後このスキー場をどう運営していくのかを検討する場が設けられたんです。
山の特性を考えると、トマムはやっぱりファミリー層に特化していくほうがいいんじゃないかって、委員会全体がファミリー路線に傾きつつあったんですけど、そこで星野代表が言ったんですよね。
『魅力ってのは、考えて見つけ出すもんだよ。絶対にあるはずなんだから』って。だから僕、言ったんです。『今、滑走禁止にしているコース外を開けたいんだ』って。僕らは巡視のために山の隅々まで滑っていたから、コース外が実はすごくいいところだってわかっていたわけです。トマムの上部は白樺やブナやいろいろな樹があって、美しくて雰囲気がとてもいいんです。まるで海外にいるみたいな気分になれる。
20年以上も前の当時は、どのスキー場もコース外を滑ったらリフト券は没収、僕らも木の陰に隠れるようにしてお客さんを見張っていたりしていて(笑)、正直、何やってんだろうなってずっと思ってたんですよね。安全に滑らせてあげたら本当に楽しいところなんだよなって」
この、大宮さんのアイデアに対する星野代表の答えは「だったら、ぜひやったほうがいいよ」だった。
「このときの胸の高鳴りは忘れられない。もうモチベーションが爆上がりでしたよ。僕ら30代のスタッフは希望に満ち溢れていた感じです。
しかし、やるにしても、諸問題がいろいろ絡むから時間をかけてじっくりやったほうがいい……なんて声もあったのですが、僕はこの冬からやりたいんだって訴えたら、星野代表が『できるんだったら時間をかける必要なんてないから、もう一気に進めよう』ということで、上級者限定解放エリアの設定と同時にCATツアーまで最初の冬から立ち上がったんです」
大宮さんは当時を思い出しながら話してくれた。
深層にある思想

しかし、上級者限定解放エリアやCATツアーといった施策は、「トマムの新たな魅力発掘」だけが目的ではなかった。その根底にあるのは、「雪山のリスクを理解し、自ら安全への意識をもって自然と向き合う文化を育てる」という思想だ。
安全に関するレクチャーを行い、ヘルメットを貸出し、ビブをつけて滑ってもらう。解放エリアに入るための条件設定、装備や注意喚起のレクチャーとコンディションの情報提供、そして徹底したパトロール体制。それらが自由を成立させるための基盤として整えられている。ルールを理解し、自分の技量を把握し、判断できる人にこそ、山は自由の喜びを与えてくれる。トマムの安全管理は、利用者を“守る”というより、“育てる”思想に近い。
「我々がコース外の解放を始めた頃は、“トマムが何かヤバイことをやり出したぞ”なんて口コミで広がって、今まで林の中のパウダーを滑りたかった人が隠れて滑っていたのが堂々と滑れるようになったことで、“すごくいいことをやってくれた”っていう声はたくさん耳に入ってきてましたね。
けれど、うちのスキー場だけが林の中を滑れるようになればいい、なんて僕は考えていたわけじゃなくて、それよりも、林の中だってきちんと安全対策をしてやれば滑れるんだよってことを、もっと一般常識のように広く知ってほしいという思いがあった。なので、それから、いろんなスキー場で認識が変わってきたことは、僕自身とても嬉しいなと思っているんです」
いまやツリーランブームとさえいえるほど、続々とコース外が解禁され、多くのスキー場でツリーランを楽しむ森林エリアが拡張している。トマムも始めは2エリアだったものが、現在では6エリアにまで広がった。

どのような背景で広がっていったのだろう。
「まず、林の中でも割と樹の密度が薄いオープンな部分の多いエリアを2つ開けて、そこで実際にどれくらい事故が起きるのか、しっかり検証したかった。でも、実際に開けてみたらケガ人はわずか一桁くらいしか出なかったんですね。しっかりと対策をとってやれば、事故もそうそうはおきないってことがわかったので、徐々に広げていった感じです」
安全面の観点で検証して問題がないという客観的な判断と、現場の「やれる」という手応えが、そこにはあった。
安全を巡って

一般的に、雪山における「安全」と「自由」は相反する概念として語られがちだ。しかし、管理されたリゾートでありながら、自然の山としての側面も持つトマムは、その二面性を両立してみせた。
ルールを明確にし、きちんと安全教育をしたうえで「滑る自由」を提示する、その姿勢は、国内スキー場の中でも際立った存在となっている。
「けれど、コース外を開放したり、サイドカントリーと勧めるスキー場は増えているけれど、意外だったのは、コース外を滑る場合はすべて自己責任で、もし事故があっても捜索費や救助費は自費です、としているところがほとんどなんですよね。僕らはコース外でもスキー場負担で動きます。管理区域内であればスキー場に責任があると思っているので。
パトロールとしては、コース外を解放する以上、対応力を備えていないといけません。立ち木衝突の強い衝撃からくる高エネルギー障害の怪我人への応急処置や搬送など、毎年訓練を行っていますし、雪崩の知識や救助の技術も必要ですから、日本雪崩ネットワークの専門家による講習やJANの資格取得も進めています」
安全強化の取り組みには余念がない。以前は着用を義務付けていたビブの返却によって、きちんと下山したかを確認していたが、より安全管理の精度を高めるため、2022年からGPS機能を使った「yukiyamaアプリ」を導入し、滑走者にその使用を義務付けた。
「yukiyamaアプリで人の動きが全部見えるので安心になりました。下山確認だけじゃなくて、どこがよく滑られているかといったデータも得られますよ。ちなみに一番人気のスポットは、ボトムから見て、雲海ゴンドラの右側の『ノーグラビティ』、ここが一番多く滑られているのは確認できていますね。解放されていないはずの木の密なところも人が入っているのがわかってしまって(笑)、見てると面白いですよ。

海外の欧米人に比べればまだ少ないですけど、近年はヘルメットを被る人もずいぶん増えましたし、ビーコンやショベルといったBC装備に対しての認識も高まってきたと思います。そのあたりは、やっぱり我々が先陣を切ってこういった取り組みをしてきたことの一つの効果だとも思うし、すごくいい流れの変化かなと思ってるんです」
冬山解放宣言は、結果として、事故の抑制だけでなく、滑走者の安全リテラシーを向上させ、同時に安全を支える側のスキルアップという二次的な効果も生んでいるのだ。安全とは、管理する側だけが一方的に押し付けるものではなく、使う側と共に支えるもの。その実践例が、ここにある。
アルペン・基礎・モーグル・パウダーバックカントリーと、「全部やる」根っからのスキー大好き人間の大宮さんにとって、このトマムの山での安全を守ることは、自由であることを守ることに他ならないのだ。
もうひとつの顔、CATツアー

冬山解放宣言を両輪で支えるもう一つが「狩振岳CATツアー」だ。このプログラムは、リゾートから20分ほど離れた狩振岳エリアで雪上車を駆って、ありのままの自然の斜面を自由に滑ろうというスペシャルツアー。
標高1,323mの狩振岳は、多様な自然地形が作り出すバラエティ豊かな斜面とドライパウダーの宝庫。爽快なオープンバーンから美しい林の中でのツリーランなどを存分に楽しむことができる楽園のようなフィールドだ。
それをなんと12名で貸切り、圧雪車で快適ラクラクに滑走ポイントまでアクセスし、1本あたりの標高差 約200~500mのランを1日4〜6本滑るのだ。こんな贅沢で幸せな滑走体験を実現した、冬山解放宣言を語るになくてはならない、もう一人の立役者を紹介しよう。
「引き寄せられてきた」

狩振岳CATツアーを、立ち上げから今日まで指揮してきた、玉井幸一さん。自らオペレーターとして雪上車のハンドルを握り、ゲストたちをその日の最高のスポットに案内するガイド役も担う。
玉井さんも、2003年4月のコンセプト委員会のメンバーだった。
「当時、僕は索道スタッフだったんですが、コンセプト委員会で、今までと違う魅力を発信できるようなことをやるって聞いたので、自分で立候補したんですよ。僕、富良野出身なんですけど、その前からバックカントリーがすごく好きで、バックカントリーをとにかくやりたかったんです。

CATツアーの始まりで一番悩んだのは山、フィールドの選定でした。トマムのスキー場から離れたところでやりたかった。それを前提として周辺には候補になりそうな山は複数あったのですが、狩振岳にはなぜか自分が呼ばれているような感覚があって(笑)、引き寄せられるように決まった感じでした。この山には伐採のためのブル道がもともとあった。なので圧雪車が走れる道がすでに用意されていたんです。それもよかった点ですね」
大事なのは無事に時間通り戻ってもらうこと


もう20年以上、玉井さんは狩振岳と向き合ってきたが、一日として同じ日はない。エスコートするゲストのために、玉井さんは研ぎ澄まされた感覚で、その日のベストコンディションを選び出す。
「マニュアル? ないですよ(笑)。その日の風と雪と気温で、自分が”ここだな”って思うところを選択して、アプローチします。自然のコンディションは刻々と変わるから、マニュアル通りにはいかないんですよね。ゲストの滑りの志向や技術レベルにも合わせないといけない。基本は朝一番で一気にトップまで上がるのですが、最初にレベルを見極めたいときは、まずちょっと緩い斜面に連れていって、その後のプランを考えたりもします。
なにより大事なのは、ゲストを安全に時間通りに戻すことなんです。いい思いをしてもらって、次の日に疲れを残さない程度に戻ってもらうのが理想かな」
その思想は、上級者限定解放エリアと共通している。規制のない自然のフィールドで、ゲストが自分の体力や技量を自身に問いながら、どんなランを滑るか考える。自然と自分に向き合うことが、単に滑る楽しさとはまた別の貴重な時間になっているのだ。
数字から見えてくるもの

このCATツアー、毎年シーズン中の運営予定の80%がリピーターですぐに予約がいっぱいになるという。シーズン中の金曜日・土・日・月曜日が開催日で、金曜日と月曜日は貸切ゲスト専用日だが、貸切日の予定もどんどん埋まり、すでに今シーズンも予約をとるのはひと苦労なほど。
「皆さんがリピートしてくれるのが何より嬉しいことです。この体験の価値がどう評価されているか、リピーターの実績がすべての答えだと思うから。『玉井さん、いついつ行きたいんだけど』って僕に直接電話がかかってくることもあります(笑)」
上級者限定解放エリアやCATツアーの歴史を紐解くと、興味深い傾向が見えてくる。事故発生の少なさ、安全を意識したゲストの行動変容、リピーター率の高さなど……これらはトマムの取り組みが一過性の話題や単なるアクティビティではなく、文化として根付き始めていることを物語っている。
星野リゾート トマムが描く雪山文化の未来へ

大宮さんは言った。
「僕の理想は事前申請も一切必要なしで、すべてが自由で、でもみんなちゃんと自己責任で安全を守って楽しく滑っている世界になることですね。解放エリアという言葉が特別でなくなること」
この言葉は、とても象徴的だ。
トマムが目指しているのは、日本の冬山文化の成熟だ。
上級者限定解放エリアも、CATツアーも、ただサービスとして自由を提供するものではない。それは、冬山に魅せられたひとり一人が、自然と自分に向き合うためのフィールドであり、特別な時間がそこにある。
訪れた人が、山を敬い、学び、また戻ってくる。
その連なりの先にこそ、「冬山解放宣言」が本当に意味する未来があるのではないか。
Information
星野リゾート トマム
〒079-2204 北海道勇払郡 占冠村中トマム
公式サイト:https://www.snowtomamu.jp/winter/
SNS:Instagram | Facebook | X | Youtube

