野沢温泉スキー場には、毎年春になると「お客さんが主役」になるレースイベント「はと車カップ」が開催される。このイベントは、なぜこれほど長く続けられてきたのか。そこに宿る野沢温泉の魂や思いは?さらなる野沢温泉の魅力が、そのスタートラインの先にある。
春の野沢といえばコレ

3月半ば頃の野沢温泉スキー場は、厳冬期の終わりと春の始まりが溶け合っている。長坂ゴンドラを降りると空気はまだ冷たく、山頂エリアが新雪で覆われることもある。一方で、雪解けも少しずつ進み、自然地形が出てきて地形遊びが楽しくなる。そんなタイミングで開催されるのが、春の野沢温泉の名物「はと車カップ」だ。
はと車カップは、歴史のある催事であり、村をあげて取り組むお祭りイベントともいえる。ではその実体はどんなものか?
はと車カップとは?

はと車カップ、それは、「野沢温泉のお客さんのため」の草レースイベント。イベントは大きく2つのコンテンツで構成されている。ひとつはポールコースのタイムを競うジャイアントスラローム(大回転)。そして、もうひとつは、ゴンドラ山頂から山麓までを一気に滑り降りて速さを競う「チャイニーズダウンヒル」とよくいわれるユニークなレース「Der Weisse Rausch(ディア・ヴァイセ・ラウシュ)」だ。
過去の記録によると、ジャイアントスラローム大会はすでに38回も開催されてきた歴史があり、ディア・ヴァイセ・ラウシュの開催も18回を数える。
はと車カップの参加資格はシンプルで、野沢温泉に泊まり雪を楽しみたい人。それだけだ。つまり誰でも参加できる。スキーヤー・スノーボーダーいずれもOK。小学生以上の子どもから大人まで、海外からのゲストでも、大回転のポールに入ったことのない人でも、ダウンヒルをやったことのない人でも問題ない。
ちなみに今シーズンの開催日は3月20日(金・祝)と決まっており、公式サイトには、このように告知されている。

野沢温泉を愛し、野沢温泉にご宿泊のスキーヤー&スノーボーダーのための大会
はと車カップ スキー・スノーボード大会
2026年3月20日(金・祝)
楽しく競技を体験するも良し、ガチで争っても良し!
野沢温泉のお宿にお泊りのお客様であればどなたでも参加可能。
豪華景品が当たる抽選会もあり!
はと車カップ DerWeisseRausch大会
決められたルートに沿って山麓のゴールを目指す!
山頂からいっきに滑り下りる爽快感が魅力!
はと車カップ ジャイアントスラローム大会
ポールを滑り速さを競うレースは誰もが憧れるスポーツ。
その競技スキーを気軽に体験、誰もが参加できるお客様スキー大会。
◆エントリー受付:2月2日(月)12時開始予定
はと車カップ・そのルーツ
野沢温泉といえば、全国でも指折りの人気スキー場。シーズン中はさまざまなイベントが行われているが、そのなかで「はと車カップ」が今日までずっと続けられてきたということは、野沢温泉にとってよほど大切な「何か」があるのだろう。
その何かが知りたくて、野沢温泉観光協会の森 晃(もりあきら)さんに話を聴いた。
「僕はスキークラブの理事長を10年間務めていたこともあって、大会の段取りから「はと車カップ」に関わり始めたんです。野沢温泉村はオーストリアのSt.Anton(サンアントン)リゾートと姉妹都市になっているので、St.Antonによく視察に行っていたんです。
このSt.Antonが、伝統的に誰でも参加できるチャイニーズダウンヒルレース「ディア・ヴァイセ・ラウシュ」を古くから開催していて、もう10年以上前ですけど、僕、それに3年連続で出たんですよ。面白そうだ~って。初めて参加した年のことは忘れられません。


150人ずつのグループに分かれてスタートするんですが、僕は3組目だった。1組目と2組目にトラブルがあって、いきなりドクターヘリが2機も飛んできたんです。ビビリました、さすがに(笑)。ワイルドで、ヤバい匂いがプンプン(笑)。
このレースからアイデアをもらって、野沢温泉でも同様のダウンヒルレースをやろうということで始まったのが、はと車カップなんです」

なるほど、そのルーツは野沢温泉スキー場の姉妹都市St.Antonでのディア・ヴァイセ・ラウシュというチャイニーズダウンヒルレースにあったのだ。
なぜ「はと車」なのか、答えは簡単。はとぐるまは、古き時代より野沢温泉ゆかりの「あけび細工」で、野沢温泉のシンボルともいえる工芸品。つまり、「野沢温泉を象徴する大会」という意味も表現している名称だ。
競技と遊びの、ちょうど真ん中
はと車カップをリアルに理解するためには、コチラの動画を観てみることだ。
森さんに「はと車カップ」の2つの種目の様子を具体的に聞いてみた。
「2つのレースは、1日で開催されます。ジャイアントスラローム大会は、日影ゲレンデが会場で、10時から。レースはお昼スタート予定です。日影ゲレンデは斜度もさほどきつくないので、誰でもポールの中を滑ることができます。もちろんポール初体験でも参加できます。スキーが好きな人はアルペンレースに憧れている人って多いですから、気軽にチャレンジできる機会を提供したくて。
ディア・ヴァイセ・ラウシュの舞台はゲレンデ上部です。長坂ゴンドラ山頂駅から林間コースを通って、山麓駅までの8kmを一斉にスタートして最速を決めます。何百人もの参加があると、「一斉スタート」といっても最前列に立った人と、後ろのほうに並んでしまった人では、タイム的に不公平では?とよく聞かれるのですが、心配いりません。実は、100mくらい上に設置されているスタートラインまで、まず一斉に自分のギアを持って登らないといけないんです(笑)。この時点で体力的な実力の差が出ますが、最速・最強レーサーを決めるという意味では体力も「込み」ですからね。

そして、夜の20時から、村の温泉街で表彰式です。お楽しみ抽選会や、野沢温泉にあるスキー博物館に展示されている、歴史的なスキーのウエアをお披露目するパレードなどもあるんです。温泉街でやることで大会参加者以外のお客さんも気軽に加わることができます。これがすごく盛り上がるんですね~。
1日ですべてを詰め込んでいるのは、2日かかると参加するのにハードルが上がるから。1日なら参加しやすいですよね。できるだけたくさんの人に参加してほしいですから。2つの種目に参加しても、1種目だけでもOKです。とても楽しい、盛りだくさんの1日になります」
最速バトルを戦うための本気のレーサーもいれば、家族の思い出作りに滑る親子、お祭り好きも、豪華抽選会がお目当ての人も、みんな混ぜこぜ。レースとはいえ、ここでは「速さ」だけが価値ではない。競技と遊びの、ちょうど真ん中。そんな位置づけが一番しっくりくるのかもしれない。
宿る思い

「より多くの人に、スピードと競技の魅力を感じてもらいたいんです。自分の最速スピードで山を上から下まで駆けおりるという挑戦や、ポールを滑る体験を通じて、スピードや競技の魅力に触れてもらって、ぜひ興味を持ってもらいたい」
と、森さん。
「野沢温泉は日本のアルペンスキー文化の拠点で、滑りを追求できる本格的な山です。もっと野沢に来てもらって、これまでとはまた違ったスキーの魅力を楽しんでほしいし、野沢出身のスキー選手たちを応援してもらいたい。そんな思いでやっています。
もうちょっと大袈裟いえば、はと車カップのような取り組みが、スキーを楽しむ層の拡大やスキーの盛り上がりに少しでもつながってほしい、そういった願いもあります」
だからここまで長く続いてきたのだろうか。
「一つには、大会の運営が比較的しやすくて、1~2日で準備できる規模だから、という物理的なことがあります。そしてレース競技は、昔からアルペンスキーの伝統と実績を誇る野沢温泉のお家芸。僕らの得意なことですから。安全面にはこだわっていて、大回転については公式の競技ルールに基づいた安全確保を徹底しています。ディア・ヴァイセ・ラウシュは、正式な競技ルールがないんで、過去の失敗を教訓に毎年安全対策を強化しています。実は以前、小さな子どもが山で迷子になってしまったことがあったんです。それ以来、参加要件を小学生以上としていますが…。

でも何より、ずっと続いてきたのは野沢温泉の文化の力もあると思っています。ここは山と村が近くて、外湯もたくさんあって、村全体がスキー場と地続きの生活なんですよね。ここでは、訪れる人たちは「お客さん」であると同時に、一緒に雪を楽しむ仲間みたいな存在といえばいいかな。だから、はと車カップは、お客さんと一緒に村の人間も楽しんで、交流することも大きな目的になっているんです。
実際に、村の宿や店で働いているアルバイトさんや村の人間も出ていますしね。野沢出身のトップ選手がガチで出場している年もありますよ!(笑)レースの前走として手伝ってくれたり。最近では、いまワールドカップで活躍している聖吾(加藤)が前走をやってくれてましたね」

野沢温泉では、村の人にとってお客さんは知り合いみたいな存在、というのは、外湯に行くと肌で感じられることがある。初めて野沢の温泉に浸かろうというお客さんがあまりのお湯の熱さに戸惑っていると、村の人が声をかけてくれるのだ。「少しうめらし(水でうめていいよ)」「ちょっとずつ浸かるんだよ」「こっちのほうがぬるいから」等など。湯仲間の如く親切にお世話を焼いてくれる。こんな光景はとても野沢温泉らしい文化であって、雪山にも通じるところがある。
つまり、はと車カップは、集客のためだけに仕立てられたイベントではなく、野沢温泉の文化から自然に生まれた、村民とお客さんが交わる場でもあるのだ。
「はと車カップの後は、外湯巡りもできるし、温泉街も風情があるでしょう?スキーと温泉がここまで溶け合っているところ、そうはないと思うんです」
森さんの言葉には、野沢温泉の誇りと村民の温かさがあふれていた。
レースに出ると野沢が違って見える

ディア・ヴァイセ・ラウシュのスタートは、長坂ゴンドラ山頂から。林間コースを抜け、麓を目指す8㎞の一気ロングラン。いつもは何気なく滑っているコースが、レースになることで別の景色に見えてくる。スピード、感じる風、森の地形、雪質、膝が笑ったり、太ももがパンパンになったり……。自分の限界に挑戦しながら野沢温泉スキー場を身体で感じる時間は、きっとこころに残るだろう。
実際に参加したというお客さんに聞いてみた。
アルペン競技の現役時代から縁のあった野沢温泉。はと車カップは昔から知っていて、現役を引退したらいつかは出場してみたいと思っていました。2023年度に出場のチャンスがあり、歴史あるこのレースに挑むワクワク感がたまりませんでした。スタート合図から先頭争奪戦のランに始まり、参加者以外誰もいないスキー場のコースを爆走できる贅沢感と、前をゆく参加者たちをごぼう抜きしていく爽快感が私のアスリート魂に火をつけました。
圧巻のコース長に足がヨレヨレ体力の限界に挑む己との戦いでもあり、ゴールまで辿り着いた時には疲れ切ったはずなのに自然と笑顔が溢れる過去に経験のない達成感を味わいました。また、ゴールした者同士の讃え合いはこのレースならではでないでしょうか。伝統あるこのレースはずっと続いてほしいですし、またいつか挑戦したいと思っています。
―星 瑞枝さん(40歳・新潟県)
2006年トリノオリンピック日本代表アルペンレーサー
私は野沢温泉に友達が多く、そのことがきっかけでエントリーしました。はと車カップは一般のお客様だけではなく、地元野沢温泉の人もたくさんエントリーしていて、すごくアットホームで素敵な大会です。
そして、なんといっても特にディア・ヴァイセ・ラウシュはヨーロッパでは盛んなようですが、日本ではおそらく野沢温泉だけのone and onlyの大会だと思います。そして距離も日本最長!技術やタイムだけではなく、長年エントリーすることで感じられる素晴らしい体験が、このレースにはあると思います。
―山上貴弘さん(64歳・大阪府)
2023年大会から3大会連続出場|2025年大会ディア・ヴァイセ・ラウシュ60代の部 優勝
最後に
はと車カップは、野沢温泉の魅力を凝縮した特別な一本の滑走体験だ。山のスケール、温泉文化、そして人の温かさ……。この春、野沢温泉で自分も「主役」になって、この滑走を体験してみないか? ぜひスタートラインに立ってみてほしい。そこから見える野沢温泉は、きっと今までとは違うはずだから……。
◆エントリー受付:2月2日(月)12時開始予定
(エントリー開始は例年2月だが、今年は準備ができ次第募集予定)
Information
野沢温泉スキー場
〒389-2502 長野県下高井郡野沢温泉村豊郷7653
公式サイト:https://nozawaski.com/

