かつてワールドカップレースを転戦し、2018年から全日本アルペンチームのヘッドコーチとして再び雪上へ。翌年オーストリア・インスブルックに移住し、現在では日本総代理店としてケスレスキーを展開している浦木健太(うらきけんた)。海外からのグローバルな視点で、ヨーロッパのスノーカルチャーやギア・技術など、最新情報や興味深い話題をお届けしていく。
強さと話題を併せ持った注目選手たち

2026年2月6日に開幕するミラノ・コルティナ冬季オリンピック。日本勢のメダルが期待されるスノーボードやスキージャンプに注目が集まりがちだが、ヨーロッパで圧倒的な人気と歴史を誇る競技がアルペンスキーだ。
アルプス圏ではサッカーと肩を並べる国民的スポーツであり、ワールドカップは国営テレビで生中継。トップ選手は国を代表するスーパースターとして扱われる。
前回のアルペンギア特集に続くオリンピック特集第2弾。今回は「選手」にフォーカスする。
強さだけでなく話題性でも注目を集める選手たちについて、これまでの活躍の背景や知られざるエピソード、葛藤に迫っていく。
“最強”であり続けるという重圧
オデルマットとシフリンが立つ現在地
現在の男子アルペンスキー界で圧倒的な強さを示しているのが、スイスのマルコ・オデルマット(Marco Odermatt)だ。回転以外の3種目で、最も金メダルに近い存在と言える。
2022年から昨シーズンまで4年連続でワールドカップ総合優勝。今季も総合ポイントで断トツのトップを走る。先月23日に行われたキッツビューエルのスーパー大回転では、ワールドカップ通算53勝、100回目の表彰台を達成。期待値では他の追随を許さない存在だ。
女子は、アルペンスキー史上最多勝利数を誇るアメリカのミカエラ・シフリン(Mikaela Shiffrin)。今季は回転で8戦7勝、ワールドカップ通算108勝は前人未到の記録で、なお勝ち続ける勢いを見せている。
一方で、前回の北京五輪では国民からの期待やメディアの注目によるプレッシャーからメンタル面で苦しみ、メダルなしに終わった。今大会は、そのリベンジとなるか注目される。
40歳、再びスタートゲートへ
リンゼイ・ボンが挑む最後の五輪
女子アルペン界のレジェンド、リンゼイ・ボン(Lindsey Vonn)。その名を聞くだけで、一時代を築いた圧倒的なスピードを思い浮かべるファンも多いだろう。
度重なる怪我と闘いながらワールドカップ82勝を積み重ね、第一線から退いた彼女は、2024年に人工膝関節の手術を実施。2025年、6年振り40歳で再びスタートゲートに立ったという事実だけでも衝撃的だ。
復帰2年目となる今季、ワールドカップ滑降で2勝を挙げるという偉業を達成。年齢の枠にとらわれない、常識外れの活躍を続けている。
しかし、先日スイスで行われた五輪前最後のワールドカップ滑降で激しく転倒し、ネットに衝突。ヘリで搬送された。検査結果は、左膝の前十字靭帯断裂、骨挫傷、半月板損傷。通常であれば、これでシーズン終了だが、本人は “It’s not over until it’s over(終わるまでは終わりじゃない)”とコメントし、日曜日に行われる滑降への出場へ意欲をみせている。
出場するだけでも奇跡だが、もし彼女がメダルを手にするようなことがあれば、それは単なる結果以上の意味を持つだろう。
競技とカルチャーを横断する存在
ブラーテンが変えたアルペンスキーの景色
2023年、当時ノルウェー代表としてワールドカップ回転の総合タイトルを獲得したルーカス・ブラーテン(Lucas Pinheiro Braathen)は、連盟との対立を理由に引退。その1年後、母の故郷であるブラジルに国籍を変更し、「ルーカス・ピンヘイロー・ブラーテン」としてワールドカップに復帰した。
今季回転初戦となったフィンランド・レビでは、ブラジル国籍の選手としてワールドカップ初優勝。回転と大回転での実力は世界トップクラスを誇る。
さらに、鮮烈な滑りと同時に、ファッションやカルチャーを横断する存在感で新たなファン層をアルペンスキーに引き寄せている。世界的ファッションブランド「モンクレール」が全面サポートする唯一の現役アスリートとしても注目され、モデルとしての存在感やファッションセンスも抜群だ。
ファッション最先端の国・イタリアで開催されるオリンピックは、彼にとってこれ以上ない舞台となるだろう。
前代未聞の二刀流
レデツカは再び五輪で歴史を刻めるか
スキーとスノーボード、その両方で世界の頂点を争う前代未聞の才能を持つのが、チェコのエスター・レデツカ(Ester Ledecka)だ。
2018年平昌五輪では、スキーのスーパー大回転とスノーボードのパラレル大回転で金メダルを獲得。2022年北京五輪ではパラレル大回転を連覇した。現在も両競技で優勝争いを続けている。
今年1月18日、イタリアで行われたアルペンスキーワールドカップのスーパー大回転で3位表彰台に立ち、5日後の1月23日にはスノーボードアルペンのワールドカップ、パラレル大回転で優勝。二刀流の健在ぶりを示した。
しかし、ミラノ・コルティナ五輪では、アルペンスキー滑降とスノーボード・パラレル大回転が同日に実施されることが判明。IOCに日程変更を要望したが認められず、2月8日のスキー滑降は断念し、スノーボードに出場する決断を下した。スキーは2月12日のスーパー大回転に絞って挑む。
五輪という極限の舞台で、再び“歴史的瞬間”が生まれるか。大会最大の見どころの一つだ。
涙の勝利、その先へ
親友と共に戦うイタリアの新星フランツォーニ
イタリアの若手アルペンスキーヤー、ジョバンニ・フランツォーニ(Giovanni Franzoni)は今季、ワールドカップで大きな飛躍を遂げた。
スイス・ウェンゲンのスーパー大回転で初優勝を飾ると、続くキッツビューエルの滑降でも歴史的勝利を達成。一気にトップ戦線へと躍り出た。
その背景には、昨秋のトレーニング中の事故で亡くなった親友でありチームメイト、マテオ・フランツォーゾの存在がある。長年行動を共にしてきた彼の死は深い悲しみを残したが、「彼と一緒に滑っている」という思いが、今季の原動力となった。
勝利後に見せた涙と、マテオに向けたメッセージは、結果以上に多くの人々の心を打った。母国開催となるミラノ・コルティナ五輪に向け、精神的な強さと勢いを兼ね備えた存在として、メダルへの期待は高まっている。
世界最高峰に挑む2人
限られた枠を勝ち取った日本代表の覚悟

アルペンスキー大国がひしめく中、日本代表が獲得した出場枠は男子1名、女子1名という厳しい結果となった。
男子は、出場に最も近かった小山陽平が1月初旬のトレーニング中にアキレス腱を断裂し、戦線離脱。そんな中、チームメートの相原史郎(Shiro Aihara)が1月のワールドカップおよびヨーロッパカップで奮起し、出場枠を勝ち取った。オリンピック初出場となる25歳は、「ゴールまで気が狂ったように攻めていく」と力強いコメントを残している。
女子の安藤麻(Asahi Ando)は、2018年平昌、2022年北京に続く3度目のオリンピック。過去2大会では得意の回転で1本目途中棄権と悔しい結果に終わっている。3度目の今回は、これまでの経験を存分に生かした飛躍が期待される。
相原が出場する男子回転は2月16日、安藤が出場する女子回転は2月18日。世界最高峰の舞台は目前だ。ミラノ・コルティナでは、恐れず、迷わず、自分たちの道を貫いてほしい。健闘を心から祈る。
選手を知れば、アルペンスキーはもっとおもしろい
スターの復活、異能の才能、地元の期待、そして挑戦者たち。選手を知れば知るほど、アルペンスキーは単なるタイム争いではなくなる。
ミラノ・コルティナ五輪は、その魅力が最も濃縮される舞台だ。
ゴールラインの先に待つのは、記録以上に記憶に残る物語。
世界が最も注目するアルペンスキーを、できるだけ多くの人に楽しんでもらえれば幸いだ。


