なぜ私たちはスキーに熱狂するのか?人生を豊かにしてくれる雪山の魅力

かつてワールドカップレースを転戦し、2018年から全日本アルペンチームのヘッドコーチとして再び雪上へ。翌年オーストリア・インスブルックに移住し、現在では日本総代理店としてケスレスキーを展開している浦木健太(うらきけんた)。海外からのグローバルな視点で、ヨーロッパのスノーカルチャーやギア・技術など、最新情報や興味深い話題をお届けしていく。

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雪上での自由を得るために

スキーとは、100年かけて進化してきた2本の板で、壮大な雪山を車と同じようなスピードで滑走するスポーツ。生活をする上で”歩く”ことが基本の我々にとって、他ではなかなか経験することのできない非日常の極みである。

人がエンジンや動力なしで100km以上のスピードが出せる乗り物はどれだけあるだろうか。崖のような雪の斜面でも、スキーを履いた瞬間に恐怖心は解き放たれ、雪面に自由なシュプールを描くことができる。しかも重力に従って落下していくため、余計な力を入れる必要もない。雪の上では、スキーが最も優れた乗り物であり、一度でもその魅力に取り憑かれてしまうと、なかなか抜け出すことのできない世界が待っている。

2005年春、尊敬する故・渡辺正和カメラマンとの立山トリップで自由なシュプールを描く
Skier: Kenta Uraki / Photo: Masakazu Watanabe

そうは言っても、自由にスキーを使いこなせるようになるには、それなりの時間と労力も必要だ。私自身、スキーをするには恵まれた環境で育ったこともあり、物心ついたころには、スキーは体の一部のような感覚となっていた。上達していくうちに、スキーのトップからテールまで神経が通っていると錯覚するほどの、敏感かつ繊細な感覚が芽生え、まるで雪面の凹凸に直接触れているような感覚さえ得ることができるようになってきた。

スキーにおけるレベルアップは、スキーを自分の体の一部にしていく作業。それには他からアドバイスを受けながらも、自分自身で考えて、試して、新しい感覚を積み上げていくことがレベルアップへの近道だ。スキーを体の一部と感じながら、何のためらいもなく自身の体重をスキーに預けていけるようになったとき、スキーは最高の乗り物となって、雪上での自由を与えてくれるはずだ。

スキーの楽しさってなんだろう?

私が4歳の頃に東京から引っ越した先は、新潟にあるスキー場のど真ん中だった。実家は石打丸山スキー場ハツカ石ゲレンデの中腹にあり、スキー場までのアクセスは玄関から5メートル。スキーが大好きな私にとって最高の贅沢過ぎる環境で育ててもらった。小学生の頃は学校から直接スキー場へ向かい、ナイターのリフト営業が終わるまで滑り続け、週末はリフトが止まってからも家の前でスキーを履いて雪と戯れていた。

この頃の私のスキーと言えば、友人とのチョッカリレース、ジャンプ台やバンクなどのコースを自分達で作って滑る〝なんちゃって″スキークロス、スキー場から外れて林の中や道なき道を滑り続けるプチ冒険スキーなど。とにかく新しいこと、誰もやっていないことにチャレンジし、小さなスリルを味わうことが最高に楽しかった。

1980年代前半頃に実家前で父親と。奥にある竹のポールを立ててレーシング紛いのスキーを始めたのが私のルーツ

中学生になると、人と競い、勝つことを目的にトレーニングに明け暮れた。技術的に学ぶ楽しさを覚え、速く、かっこよく滑ることを目指し、ワールドカップやオリンピックで結果を出すことを目標に過ごした日々。苦しいトレーニングもすべては目標達成のためであり、それが結果につながったときの小さな成功体験は、大きな喜びとなって自分に戻ってきた。さらなる飛躍を求めて、技術と体力を磨き続け、20代後半まで選手を続けることができた。そして、この経験がその後の人生に大きな影響を与えることとなったのは言うまでもない。

選手引退後は、カメラマンと一緒に白馬や立山のバックカントリー、そしてアメリカ、オーストリア、ニュージーランド、南米のチリまで撮影の旅をした。リフトのない雪山を登っては滑るを繰り返し、1日中歩いて登り1本滑るというような、ある意味過酷な大自然のなかでも、一歩一歩登りながら、この時間がずっと続いて欲しいと思ったものだ。

2005年冬、スキー写真の巨匠 菅沼浩カメラマンとの白馬岳
Skier: Kenta Uraki / Photo: Hiroshi Suganuma

そしていまは、オーストリアでただのエンジョイスキーヤー。我々にとって、雪が降った翌日の朝に快晴だったりするとテンションはマックスだ。スキー場オープン前からリフトには長蛇の列ができ、自身の滑りをイメージしてうっすら笑顔の絶えない人もいれば、友人や家族にテレビ電話をかけまくって気持ちの高まりを発散しまくる人もいる。スキーヤーにとって最高の1日が訪れる前のなんとも幸せな瞬間。

最近の私のおすすめは、クロスカントリースキーだ。初心者でも簡単、気軽に楽しめて、身体への負担はもちろん、経済的な負担も少なくて済む。自然を感じながら自身のペースで滑ることで、楽しく運動しながら、頭や身体もスッキリする。

他にも、とことん技術を磨き、検定などを受けながらスキー上達にいそしむスキーヤー、さらには、ツインチップを履いてパークに入り、ハーフパイプやキッカーを楽しむスキーヤーも多い。これまで、「スキーの楽しさって具体的になんだろう?」と思っていたが、なかなか言語化するのが難しかった。それは、年代によって、レベルによって、環境によって、スキーの楽しみ方は数え切れないほどたくさんあるからだ。オーストリアに移住し、いちエンジョイスキーヤーになって、スキーは形を変えながら一生楽しめる生涯スポーツであることを改めて認識した。

滑るだけじゃない雪山の魅力

選手をしているときは怪我や故障が多く、両膝を計3回手術し、アキレス腱断裂、腰痛など、かなりの負担をかけてきたため、いまも健康体とは言えない状況。エンジョイスキーヤーとなってからは、滑走量は身体の負担にならない程度に抑え、スキー以外も楽しむようにしている。

私のルーティンは、天気の良い日に山へ上がり、景色を見ながら深呼吸をして、気持ちよく数本滑る。なんなら長いコースを1本でもいい。そのあとは山小屋でのビールが欠かせない! さらには現地の料理を味わいながら、その日のスキーを振り返る。宿や家に戻ったあとは、日本なら温泉、ヨーロッパならプール&サウナが最高だ。

滑ったあとは壮大な景観を前にビールと食事でその日のスキーを振り返る

もう一つの魅力は眼の前に広がる絶景だろう。雪山から広がる景色は壮大だ。

昨今、携帯電話やパソコンに長い時間を費やして、広い景色を眺めることなく、狭い視界で送る日々が増えているのではないだろうか。都会暮らしでは、外に出ても建造物が立ち並び、数百メートル先を見るのも困難だ。以前、横浜に住んでいた頃は、わざわざ遠くの景色を見ることを目的に、「みなとみらい」まで行って高いビルに上がったこともあるくらいだ。

眼から入る情報のクオリティは体調にも影響を与えると、私自身、実体験を持って信じている。雪山で見られる景色はときに想像を超え、感動と興奮に満ちており、その壮大さゆえに、自身の小さな悩みなど吹っ飛ばし、前向きになれたり、大胆に行動していけるキッカケにもなるだろう。

スキーでの滑走自体の楽しさはもちろんだが、滑りはそこそこに嗜む程度でも、雪山は他にも多くの魅力にあふれた感動の宝庫なのである。

今年の3月、オーストリアのレッヒからサンアントンにスキーで向かう途中の景色は写真では語れないスケールの大きさだった

雪が創り出す幻想的な世界

これまでの話は、そもそも雪がなければ始まらないものだ。ただ、雪は世界でも限られた地域でしか見ることも触れることもできない、自然から生まれる貴重な資源。しんしんと降る雪はなんとも幻想的で、そこに広がる白銀の世界は、他では味わうことのできない異次元空間。雪はマイナスイオンを発生させると考えられており、綺麗な空気との相乗効果で、誰もが心を癒される。都会の喧騒から深い雪原へ足を運べば、雪が雑音をかき消し、深い静粛に包まれる。まるで宇宙空間を漂うような……。まぁ宇宙へ行ったことはないけれど、それくらいに特別な世界を味わうことができるのだと思う。

静粛に包まれた雪原を進むスキーヤーたち [Copyright: Kästle GmbH]

昨今、雪を求めて多くの観光客が訪れる日本は、世界有数の雪大国。一晩で1m積もる雪、サラサラのパウダースノー、それらを身にまとった山々を身近に味わうことができるのも日本人の特権だ。そんな雪深い山で自由になれるスキーは、年代にかかわらず、誰もが楽しめる興奮と感動のスポーツ。次のシーズンも熱狂的にスキーを楽しもうじゃないか。

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