冬のクマは眠っている。ことバックカントリーユーザーにおいては、そう信じたい人は多いだろう。「すべてのクマが冬眠しているのか?」「この冬、雪山で遭遇する可能性は?」「この先、クマたちが冬眠から目覚めるのはいつ?」日本のクマ研究における第一人者、北海道大学大学院獣医学研究院の坪田敏男教授に話を聴いた。
“異常”が日常に迫った2025年のクマ問題

この冬、日本の山岳地帯では例年以上にクマの存在が強く意識されている。2025年、日本ではクマによる人身被害が深刻化し、環境省のデータによると4〜11月で約230人が死亡・負傷、死亡者は過去最多の13人に達した。
出没報告は3万件超。都市部でも目撃や被害が相次ぎ、社会不安は大きく広がった。行政は対策強化に追われ、新制度の導入や緊急対応が取られるほか、2025年の世相を表す今年の漢字に「熊」が選ばれるなど、クマが社会問題として認識された年となった。
日本に生息するのは「ヒグマ」と「ツキノワグマ」


日本に生息するクマは「ヒグマ」と「ツキノワグマ」の2種だ。
北海道にいるのが「ヒグマ」。頭部と体格が大きく、圧倒的に巨大。オスの体重は200〜400kgを超え、なかには500kg級の大物もいる。
「ツキノワグマ」は、胸に三日月形の白い模様“月の輪”がある個体が多く、体重はオスで 80〜120kg前後と、大きさにはかなりの違いがある。
そして、ヒグマは北海道にしか生息しておらず、本州にはいない。本州で見られるのはツキノワグマだけであり、北海道には生息していない。
そんなことでさえ新鮮に聞こえる人は、多いのではないだろうか。まずは基本から坪田教授に教えてもらった。
「進化の過程でツキノワグマは本州にしか入らなかった。東北の先端、津軽海峡が結構深いので、北海道に渡ることができなかったんです。一方で、ヒグマは一回本州に入っていますが、そのあと絶滅してしまい北海道にだけ残ったわけです。34万年から2万年くらい前の話ですけれど」
ヒグマは格段に大きいこともあり、その怪力ぶりは凄まじい。300kg以上ある鉄の檻を横転させたり、持ち上げた例は多数報告されている。そのうえ短距離なら走力は競走馬級だ。ツキノワグマもヒグマに比べれば小さいとはいえ、車のドアを曲げたり、木の幹を割るほどの腕力がある。
「どちらも破壊力やスピードは、想像を絶するレベルです。気性の荒さはさほど変わらないかな。ツキノワグマのほうがすこし攻撃的かもしれません。けれど、生態、1年の暮らしぶりという点ではほぼ同じです。日本にいるクマは全部、冬眠します」
これを聴いて安堵で胸を撫で下ろしたバックカントリーユーザーは、もうすこし話を聴き進めてほしい。
クマの冬眠

クマはなぜ冬眠するのか?
「冬眠は進化の過程でクマが生き延びるために獲得してきた「適応機構」。「餌がなくなる冬をどう乗り切るか」という生存戦略です。彼らは基本的に草食で草や木の実ばかりを食べています。冬になると餌がなくなるため、単に動かないだけではなくて、体温を下げて代謝を落とします。呼吸数や心拍数は通常の10分の1ぐらいまで極端に下げて、エネルギーの消費量としては10%ぐらい、極限まで抑えます。
クマは人間の睡眠とは全く違う生理機構のなかで眠っています。冬眠の間はまったく食べず、水も飲まず、排泄もしない。それでいて数ヵ月間はその状態を維持できる、深く静かな生命維持モード、それが冬眠なんです。
冬眠期間はだいたい11月下旬~4月初旬。年によって冬眠期間は前後しますが、今年はちょっと早目に冬眠しましたね。11月の上旬くらいに冬眠を始めた個体が多かったと思います」
坪田教授に話を聴いたのは12月26日のこと。思わずこんなふうに聞いてみたくなった。
―いまは、もうほとんどのクマは冬眠していると思っていいのでしょうか?
「いまはもう99%くらいのクマは冬眠していますね。ただ、日本にはツキノワグマは約5万頭、ヒグマは1万頭くらい生息していますからね。そして個体差もあります」
―クマは一度眠ったら、冬眠が終わるまで、途中で目を覚まして活動したりすることはないのですか? 真冬でもちょくちょく起きてきて餌を探して動き回るようなことは……?
「それはまずないですね。ただ、今年はクマにとってはかなり厳しい年でした。秋のドングリ類がほとんどならなかったからです。冬眠する前に、彼らは4、5ヵ月ぶんのエネルギーを体脂肪として蓄えるんですね。
ですから、冬眠する前にどれだけ脂肪を溜め込むかというのは、ものすごく大事になってくるのですが、そのときの主食はドングリ。そのドングリがほとんどならなかったので、彼らは多分、今年に関しては体脂肪を十分につけていないと思います。
なので、もしかしたら早めに起き出すかもしれないし、真冬の間でも体脂肪がなくなると死んじゃいますので、そこまでいったら起きてくるかもしれないです。
冬眠しているクマがどれくらい体脂肪を蓄えているかは個体差もあり、実態はわかりません。我々も調査をしていて、秋口にクマを捕まえたんですけれど、やっぱりあまり太ってなかったですね。十分な餌を食べられていなくて、体脂肪をつけていないなと思いました。彼らはそのまま冬眠に入っていると思いますから、ちょっと厳しいかもしれませんね」
「基本的には草食」が破られるとき

2025年のクマ被害は、人が襲われて大けがを負ったり、死亡事故も過去最悪となった。ストレートに坪田教授に聞いてみた。
―クマはお腹が空けば、木の実以外でも、なんでも食べるのですか? 人に被害を与えるクマは、あまりにお腹が空いていて、その目的で人を襲うのですか?
「いえ、彼らは8~9割は植物のものを食べています。ホッキョクグマのように他の動物を捕食目的で襲うことはヒグマは基本的にはやらないんです。ただ、やはり彼らはもともと食肉類動物といって、肉を食べるように体はできているんですよね。なので、例えばですが、鹿の死体が落ちていたり、北海道であれば死んだイルカとかクジラがよく海岸に打ち上げられるのですが、そういうものがあれば彼らは好んで食べています。
なので、チャンスがあれば食べるんです。けれど、それを狙って殺すということは基本的にはしないですね。ただ、今年岩手県であったケースでは、積極的に人を襲って人の肉を食べていました。
ニュースでは言わないですが、草むらに引きずり込んでいたという行動は、すなわちそれはもう捕食していたということです。北海道の羅臼岳もそうでしたね。その前には道南の福島町では新聞配達の人が襲われたんですが、それも草むらに引きずり込まれたということで、食べられていましたね。
最初は食べるために襲ったわけではなかったと思うのですが、襲って人が死んだ後に食べてみたら、食べられた。最初はそうだったと思います。ただ一回そういうのを覚えてしまうと、2回目、3回目は積極的に人を襲うことになります。襲えば肉を食べられる、と彼らが学習をしてしまえば、そういうことも起こり得るんですね。岩手県では2人襲われたので、2人目は同じ個体に積極的に襲われたのだと思います」
こんなリアルな事実を耳にしてしまうと、背筋が凍る思いだが……。
「でも、そういう悪いことをする個体は、ほんのわずかです。だいたいの年は食害はゼロです。ですから、それは非常にレアケースかなと。ただ、潜在能力としては、そういうものを持っている動物だということはやはり覚えておいてもらったほうがいいと思います」
この冬、クマが冬眠から覚めるのはいつ頃?

この冬、クマたちが冬眠から覚めるのはいつ頃になるのだろう?
「一般的には4月になってからなんですが、出てくる時期は場所によっても違いますし、その年の餌条件によっても変わってきます。また、春先の気候によっても違います。
春先になると暖かくなって雪が解け始めて、冬眠していた穴のなかにどうしても水がしみ込んでくるんですね。すると居心地がよくないため、起き出す個体が増えてきます。普通でも3月下旬になると目覚めて活動を再開するクマはいますし、今年は個体によっては3月上旬もあり得ます。個体差があるので、正確な予測はできないです。地域によっても違ってきます。やはり暖かい地域のほうが冬眠期間は短いですね」
クマたちに起きている異変

2025年のクマ被害の大きさの原因は、極端な餌不足がクマの行動に影響したということなのだろうか? 坪田教授はこう指摘する。
「岩手県や秋田県で人里に数多く出没したことは、例年と違うパターンでした。結構な数の人が襲われて、食害にもあったことは、単にドングリの不作が原因というだけの話ではない部分もあります。
一つには人馴れが進んでいることです。ハンターの数が減っていて、山のなかで追われることがなくなってきたこともあるし、里山と呼ばれるところから人がどんどんいなくなって過疎化が進んでいるので、そういうところにクマが入り込んできてるわけですね。

過疎化している場所というのは、もともと人の活動があった場所なんですが、例えば炭を焼いたり、薪をとったりする。そういう木が生えていたわけですね。それらはだいたいコナラやミズナラという木でドングリをつける木なんですね。それが放置されたり、人が住んでいた庭先に植えた柿や栗の木がそのままにされて誰も管理しない木があったりする。そういうところにクマがどんどん入り込んできているので、彼らも人の居住域に近いところまで出てきていて、人を多分見てると思うんですね。
けれども、人からなにか悪さをされるわけでもなく、ハンターに追われるわけでもなく、人っていう動物がそんなに怖い存在ではないという認識が、いまクマのほうにできつつあるんじゃないかと思いますね。そういったことも背景にあると思います」
バックカントリーでのリスク

「クマが冬眠している場所ってどこだろう?」「まさか、ツアー中に雪山でクマに遭うなんてこと、ないよね?」 「万が一目の前にクマが出てきたらどうすればいいのだろう」
今シーズン、バックカントリーを滑ろうと予定しているユーザーは、こんなことを気にしたり、心配したりする人はすくなくないのではないか。
坪田教授はいう。
「基本的には山に入るということ自体がクマのリスクがあるということですから、どこにいてもクマの冬眠の巣穴があると思ってもらって、山に入ってもらったほうがいいです。
とにかくクマの冬眠の穴を踏み抜かないようにするしかないんですけれども、これが難しい。クマがどこで冬眠しているかは、我々でもわからないんです。基本的には山の奥深いところですが、彼らはおそらく夏から秋の間に自分の冬眠する場所を決めていると思います。

一番多いのはやはり木の根張りをうまく利用して穴を作ることです。また、大きな木が枯れてくると、そのなかが空洞になっていることがある。そういった大木の根元の穴、樹洞も結構使います。まず、そういうところには近づかないよう要注意です。
けれど、岩穴を使うこともありますし、地面にすこしだけ穴を掘っていたり、開けた急斜面にも巣穴を掘ることもある。つまり、それこそ雪山を歩いていれば、どこでもクマの巣穴はあるかもしれない、と考えたほうがいいということです」
もしものときに備えておくべきこと

坪田教授の話から、たとえ厳冬期であっても、また山のどんな場所でも警戒が必要なことがわかった。ましてや冬眠から目覚め始める3月以降は、リスクも高まっていく……。
山に入るならば、しておくべき備えや心構えは、どのようなことだろう。
「クマ撃退スプレーは必ず持っていってもらったほうがいいですね。
最近は結構まがい物が出てますので注意が必要です。日本政府が推奨しているものはないですが、アメリカのEPA(環境保護庁)登録のスプレーで「COUNTER ASSAULT(カウンターアソールト)」というクマ撃退スプレーは、北米でクマ遭遇対策の定番とされる製品で、野生動物対策の専門家にも評価が高いスプレーです。
いま2万円近くの値をつけて一番高いのですが、日本国内でも手に入ります。最近、日本国産でも例えば「熊一目散」など、海外製品と同等のスペックのスプレーも出ています。価格が9,000〜15,000円前後と、これくらいするものであれば品質的に大丈夫ですが、結構安いものも市販されていて、催涙スプレーなんかは絶対ダメですね」
クマ撃退スプレーは、唐辛子成分のカプサイシンという化学物質を含んでおり、強烈な刺激臭と、目や鼻、のどの粘膜を直撃すると激痛を引き起こすため、スプレーを振りかけられるとクマが逃げていく、という仕組み。
「スプレーはすくなくともクマから5~10mの射程で、7、8秒は振りかけないと効果がありません。もうこれは最後の最後の手段です。もしもクマと遭遇してしまったら、とにかく落ち着いて行動することです。背中を見せて走って逃げない。それが絶対必要なんです。クマの行動を見つつ、距離をすこしずつ開けるような振る舞いをする、行動をとることです」

https://e-mot.co.jp/product/02191/
熊鈴はどうだろう?
「ベルは、人がクマのいる場所に入っていくときに、先にこちらの存在を知らせるために音を鳴らすわけです。冬眠しているときに鈴を鳴らしていても意味がないですが、クマが活動を再開しているかもしれない時期以降は、ベルも携行しておくといいでしょう。
あとは、当然ですが、山に持ち込む食べ物はきちんと管理することも重要です。食べ残しなどを放置して、絶対にクマの口にさせないように。
『冬だから安全・安心』とは言い切れません。『山に入る=クマの生息域に侵入している』という事実は、冬でも変わらないからです。バックカントリーに出かける際は、林野庁の出している資料なども参考に、十分な備えと心構えで山に入ってほしいですね」
林野庁「クマに遭遇しないために」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokusei/attach/pdf/nyuurin-3.pdf
教えてくれた人

坪田 敏男(つぼた としお)
北海道大学大学院獣医学研究院 野生動物学教室・教授/北海道大学総合博物館・館長
1961年大阪生まれ。北海道大学大学院獣医学研究科博士課程を修了。獣医学博士。2007年4月より現職。専門は野生動物医学。とくにクマ類の繁殖と生態に関する研究は40年来のライフワーク。野生動物疾病学会(WDA)アジアパシフィックセクション代表、日本野生動物医学会会長、日本獣医学会野生動物学分科会会長、日本クマネットワーク代表を歴任、現在は北海道獣医師会野生動物部会長、ヒグマの会会長、野生動物リハビリテーター協会会長などを兼任。主な著書は『【新装版】日本のクマ−ヒグマとツキノワグマの生物学−』(東大出版会)、『ホッキョクグマ−生態と行動の完全ガイド−』(東大出版会)など。
新刊『クマとともに-ホッキョクグマ、ヒグマ、ツキノワグマの未来-』著:坪田敏男・佐藤喜和・山﨑晃司(東京大学出版会,2026)が1月23日に発刊予定。


