自然のなかで遊ぶことが大好きで、もっと楽しみたい。そんな思いやアイデアが新しいモノや価値を生み出していく。今回は、ニセコのディープパウダーに魅了され、脱サラしてニセコ町に移住。新たな人生とキャリアをスタートさせた一人のクラフトマンの登場だ。
エゾシカが社会問題に
近年、北海道ではエゾシカによる農業や林業などへの被害が深刻化している。その被害総額はなんと年間で約45億円。エゾシカとは北海道固有のシカで、現在北海道に生息するのは約72万頭で、札幌のような都市部でも普通に見られるほどだ。
エゾシカは、北海道の自然環境に適応して進化したため、厳しい冬を越せる体力や耐寒性を備えているが、長い冬を生き延びるために木の皮などを食べることで、果樹園などは被害が顕著だ。また、森林の若木や低木を食害することで、植生のバランスが崩れ、生態系にも悪影響を及ぼしつつあり、さらに冬季には道路を横切ったりすることで衝突事故が多発し、住民生活にも影響が出ているという。
年間約15万頭にのぼるエゾシカが駆除されているが、そのほとんどが廃棄されるだけ。エゾシカが人間の暮らしを脅かしていることは事実だが、動物愛護の精神からいけば、北海道ならではの動物をただの害獣としか扱えないのは、すこしさびしい気もする。
この残念な現実に対して、あふれる北海道・ニセコ愛に突き動かされ、「このエゾシカを有効利用できないか?」と考えた一人のクラフトマンがいた。彼が思いを込めてつくっているのが「Niseko Glove(ニセコグローブ)」だ。
ニセコのガイド古市氏(COYOTE)から聞いて
STEEPがNiseko Gloveを知ったのは、毎年恒例の秋の「バックカントリーガイドの愛用ギア」企画で、ニセコのBCクラブ「コヨーテ」のプロガイド古市竜太さんが愛用するグローブ、という情報を得たからだ。古市さんのコメントがコチラ。
「エゾシカを使ったグローブはたいへんしなやかで握りやすい。それでいて耐久性も抜群! Niseko Gloveはセミカスタムオーダーができるので、これは「アースカラーをベースに、少し遊び心ある感じで」という”おまかせ”オーダーをしたもの。デザイナー兼オーナーの鎌田さんが革のカラーの組み合わせを考えてくれて、グリーンとブラウンメインに、指のフチの内側のみヌメ(ナチュラル)にして遊んでみた、という作品です」
古市さんといえば、大学で農学を学び、自然環境と食に興味を持って北海道に移り住んだという背景を持つガイドだが、その古市さんのお眼鏡に叶ったのが、このNiseko Gloveだ。
脱サラしてニセコに移住を決めた
「東京に就職したんですけど、自然好きが抜けなくて。週末は山登り、スキーばかり行ってたんです。でもサラリーマンスキーヤーって週末しか滑りに行けないとか、やっぱり大変じゃないですか。もっとスキー滑るために移住したいと真剣に思って、それで35歳のときにニセコにやって来たんです」
鎌田諭(かまた さとし)さん。ニセコ町に工房を構える「Niseko Glove」のファウンダーだ。鎌田さんは、いまから2年ほど前、2022年8月に一人で事業を立ちあげた。東京のビジネスマンが脱サラで地方で起業、というのは、そう珍しくもない話に聞こえるが、たいていの場合どこか危なっかしい匂いのするものだ。
しかし、鎌田さんには確固たる信念とクリアなビジョン、そしてなにより「手に職」があった。その背景にはどのようなプロセスがあったのだろう。
「僕、出身は秋田なんです。両親がアウトドアが好きだったので、いつもキャンプに行っていて、冬には小さな頃から毎週末、山に行ってました。自然が大好きな子どもだったんで大きくなったときに、東京に出るのはあまり気乗りしなくて、札幌の大学に進んだんです。大学では、基礎スキー部に入って大会にも出たり、ものすごく熱心に滑ってました。
卒業とともに札幌を離れて東京へ就職するっていう学生が多かった。僕もなんとなくその流れで東京に出ました。その当時、モノづくりに興味が湧いて、繊維メーカーに就職、ポリエステルなんかを作っていました。都会でサラリーマンを12年やったけれど、30歳を過ぎたら自然に近いところで暮らしたくなったんですよね。
札幌での大学生時代、基礎スキーだけじゃなく、パウダーや森のなか、自然地形で滑るようになったんです。するとやっぱり雪がよくて長く滑れるところ、自然が豊かなところのほうが楽しいなって。それはニセコや大雪山だと思って。移住のタイミングでグローブ作りを仕事にしようということは決めていたから、ニセコなら札幌にも近いし、グローブと良いイメージも結びつきやすいかと思ったんですよね」
どうしてグローブを?
「もともとモノづくりに興味があって、東京の繊維メーカー勤務時代も「つくる」ことをずっと続けていました。移住しても、なにかを作る仕事をしようと思っていて、大好きなスキーに関わるモノづくりをしたいって考えたんです。そのとき、自分で一番小さく始められるのは手袋かなと。
板は大きな設備や緻密で膨大な作業工程が必要になるし、ウエアは自分の専門性は活かせそうだけれど、なにせスペースなどの物理的条件が厳しい……。調べてみると、当時、雪国でグローブを作っている人はほとんどいなかったので、雪国から発信するグローブ屋さんもいいんじゃないかなって。それに、僕、もともと手が小さくて、自分に合うものがあんまりなかったんです」
ニセコに移住した鎌田さんは、「地域おこし協力隊※」という制度を使い、3年間はニセコ町の役場で役所仕事や町のイベントに関わったりしながら、グローブの仕事を徐々に進めていったという。
「地域おこし協力隊の任期の半分の時点で、家でグローブ製作をしていて、ある程度形になってきたので、現在の工房を借りたんです」
※総務省管轄の地方移住を促進する全国プログラムで、都心から地方に移住者を送り出して、地域で最大3年間仕事をしながら定住をはかっていくというもの。
「純粋にグローブ屋だけになって、ちょうど1年が経ったところです。最近、道外の人にもオーダーしてもらったり、SNSなどで発信してもらったりするようになってきました。嬉しいことです。でも、それと同じくらい、もっと? 嬉しいのは、グローブ屋1本になってからは、もともと思いっきり滑りたかったという願いがガンガンに叶っていることです(笑)。
僕、ニセコにきてからシーズン中100日くらい滑っているんですが、グローブ屋だけになってからは、毎日朝は8:30から2時間、朝イチのフレッシュパウダーを滑って、そのあと工房でひたすら製作をする。毎日のこの繰り返しが、とても幸せなんです。最初はモイワを中心に滑っていたけれど、おととしからニセコ全域を滑るようになりました。バックカントリーもやるので、ニセコの連山の山系、羊蹄に行ったり、キロロに行ったり。春はチセヌプリなら5月までたっぷり滑れますから。
工房には客人もよく来ます。滑るのが好きな人が遊びに来てくれるので、山行で雪がどうだったとか、あそこいいね、とか、まる1日スキーの話をしてる(笑)。
地元の仲間や、ウチのグローブを使ってくれているお客さんと滑ったりもします。スキー場に行けば自然とどんどん知り合いが増えて、一緒に滑ったり。楽しいですよ~」
NisekoというJapanブランドの誇りを
鎌田さんのスキーとニセコ愛は相当なものであることが、その笑顔から伝わってくる。
「北海道らしさ、や、こんなにスキー・スノーボードが生活に溶け込んで盛んなニセコならでは、をフィーチャーして発信したい。どうすればそれをモノづくりにうまく落とし込んでいけるか? 考えたんです。
それは2つあって。ひとつは材料。北海道で製作するのに素材が輸入品じゃもったいないと思ったんです。自然好きだったこともあって、野生動物をめぐる話題や社会課題に常に関心がありました。近年、エゾシカの個体数が増えすぎていて、駆除されても廃棄されるだけで、有効活用できていない、それに目をつけた。エゾシカの革を使ってグローブを作っていこうと考えたんです。
もうひとつは、ニセコではすごくスキー・スノーボードが好きな人が滑っている。そういう人達に囲まれながら、こういうグローブが欲しい、ああいうのが欲しい、と一緒に作っていけば、自然と求められるものになっていくんじゃないかって。毎日滑っていると、自然とグローブ談義になって、もっとこうしたらいいんじゃない、という意見やアイデアがたくさん入ってきて、それがプロダクトになっていく。
「ニセコグローブ」っていう名前にしたのも、ニセコという土地で創っていることもそうだけど、ニセコ好きな人たちと一緒に作るという意味も込めているんです。ニセコで暮らし、ニセコで毎日滑り、ニセコの人々と一緒に。そういうことを丁寧にやっていけばいいかなって」
エゾシカの革・これは使えるぞ!
Niseko Gloveの最たる特徴、それはグローブに使用している本革はすべてエゾシカの革だけであることだ。そもそもシカの革というのは一体どんなものなのか? アウトドアシーンでよく使われるのは、強度や柔らかさのバランス、摩耗性や耐久性、防水性などの点から、もっぱら牛や山羊だ。では、鹿はどうか。
「僕も鹿革の耐久性がどれくらいもつのか、最初は半信半疑で自分で使ってみました。そして、周りのいろんな人に1年間テストしてもらって、結果“これ使えるぞ”ってなったんです。はじめは、鹿革だけでは厳しかったら、問題ない部分だけ鹿を使って、他は山羊や牛革を組み合わせればいいと思っていたんです。ところが実際は、思っていた以上に十分な耐久性があって、柔らかくて、しなやかかさもあって、おまけに軽い。つけた人にはみんな驚かれますね。牛とか山羊に比べてまったく引けをとらない。
一般的なグローブでは、牛革も山羊革も厚みを調整して使うんです。どうしても薄い革の状態で使うので、早く摩耗して穴が開いてしまい、1年間で3つも4つも使うことになる、とガイドさんやライダーはよくこぼしています。
でも、僕はエゾシカの革を自然の厚みのまま使っています。なので一般的なグローブに比べて厚さは1.5~2倍の厚みでしょう。確かに肉厚な感じはあります。でも、とても革がしなやかなので、厚さを気にせず使えるんです。厚みがあるぶん、耐久性も十分。もともと油分を多く含む革ですから、濡れてもしなやかさが失われません。北海道の過酷な自然環境で生きたからこその性質かもしれません。まさに雪山でタフに使われるスノーグローブにぴったりなんです。もちろん、デメリットもなくはない。野生動物ゆえに傷が多いなど、作り手として悩ましい面もあります。でも、それ以上のメリットがあるので、もうエゾシカ1本で十分いけるなって確信をもってやっていますね。
エゾシカの良さが認められ、もっと広がっていけば、ハンターさんたちの仕事にもつながる。いま、ハンターも少なくなっていて駆除しきれないんです。これまで単に捨てられていたものに価値がついて、人が大切に使ってくれるモノに生まれ変わる。それがハンターにも還元されていく。今風に言えば、これってサステナブルだなって」
「Niseko Gloveの小さなSDGs」と鎌田さんは笑ったが、エゾシカが有効活用されることでハンターが増えれば、獣害も緩和し、生態系もバランスを維持していく。美しい自然のなかで、みんなの楽しい時間がいつまでも続いていくことになる、これぞ大きな持続可能性ではないか。
驚きのテーラーメイド
手の形は人それぞれ。滑りのスタイルや滑走フィールドも人それぞれ。自分の手にもっとフィットさせたい、自分のスタイルやフィールドにあわせてパーツを選びたい、などなど、様々な要望がある。そんな多様なニーズに応るため、鎌田さんは現在、1点ずつオーダーに基づいて作る「セミカスタムメイド」モデルを中心に制作をしている。
「3種類の型があって、ミトン、3本、5本指、そこにカフが長いものと短いものとがあります。革の色も7種類くらいあり、パーツごとに変えられるので、手の甲、掌、サイド部分だけを色を変えるとか、好みで様々なカラーの組み合わせができる。
革の厚みの調整をしていないので、雄ジカだと体が大きいので自然と厚みのある革がとれて、その分耐久性もすごい。1.5㎜ほどで普通の革の2倍近くになる。重厚感があり、頑丈。一方で、雌ジカ、小鹿だと個体が小さいので革が薄くなって、よりしなやかで柔らかになる。ロープワークの多い人は、掌だけ雄ジカで耐久性を上げたり、春に使うものは雌ジカや小鹿の薄くて柔らかいところを使って、とか、そんなテーラーメイドもできるんです。
スキーかスノーボードかの滑走スタイルは? 形は? 革は厚く?薄く?
色や組み合わせ方はどんなもの好き? などの要望を聞いて、お客様ならこういう仕上がりがいいのではと提案したりもします」
Niseko Gloveでは、アウターグローブ(革手袋本体)」と「ライナーグローブ(内側の保温用手袋)」がそれぞれ独立し、着脱できる仕様。そのため、それぞれ個別にカスタマイズできる。また、アウターとライナーは単品でもオーダー可能。例えば、ライナーグローブをボリューム(厚み)別に複数持つことで、気温に応じた使い分けをすることもできるのだ。
こんなふうにユーザーの注文を受けてから1点ずつ丹精込めて縫い上げるため、制作には少し時間がかかる。オーダーして目安として1~2ヵ月だが、納期短縮サービス(有料)もある。価格の目安は、アウターとライナーのセットで、ミトン(ショートカフ)22,400円(税込)~5本指(ロングカフ)30,500円(税込)、形やカフの長さによって異なり、革のカラーパターンやロゴカラーの指定、ベルクロの留め方向や指を長くサイズ変更したり、カラビナループのパーツを追加したり、各種のオプションも用意されている。
「ゆくゆくはライナーにウールを扱う予定なのですが、現在は化繊素材を自分で塗って作っています。もともと化繊メーカーだったので、素材の強みは頭にしっかりと入っている。ウールには天然素材の良さ、ポリエステルならその良さもまたある。どっちもラインナップとして使えたらいいと思っているんです。化繊は国産もの。実は以前に勤めていたメーカーの化繊を使っています」
ユーザーのフィードバックはどんなものだろう?
「圧倒的に暖かい、と言われます。ライナーをけっこう厚めにして、鹿革も厚めに使っているので、保温効果が高い。柔らかさと耐久性、とくにガイドやパトロールなどの現場で使う時間の長い方からは頑丈だと喜ばれています」
最後にメッセージ
「みんな海外のものをたくさん使うじゃないですか。だけど日本はスキーの歴史もある立派なスキー大国だと思う。もっとジャパンブランドが出てきて、僕ら日本人が自分たちのブランドをもっと発信してもいいんじゃないかと思っているんです。
ニセコへの観光客は増えていますが、そのなかで日本人は伸び悩んでいます。日本にもいいメーカーがあって、イイものがいっぱいあるので、自国のアイテムを身につけて日本のスキー場にみんなで行く、これがカッコいいんだと海外の人に思われるようになろうよって思う。
さぁ、北海道の“恵み”を手にはめて、雪山へと繰り出しましょう!」
教えてくれた人
鎌田 諭(KAMATA Satoshi)
Niseko Gloveファウンダー
1985年生まれ、秋田県出身。幼少期よりスキーに親しみ、進学先の北海道で基礎スキーに熱中。繊維メーカーへの就職で上京した後、2020年に北海道ニセコ町へ地域おこし協力隊として移住。2022年に「ニセコグローブ製作所」を立ち上げ、グローブ制作とスキーに励む日々。
Niseko Glove
公式サイト:https://niseko-glove.amebaownd.com/
公式SNS:Instagram