転んでも、笑ってまた立ちあがろう ― 「CHILL(チル)」が子どもたちに届ける希望と生きる力

スポーツや旅行ができることは、誰にとっても当たり前では決してない。境遇によっては貴重な学びの機会を得られない子どもたちがいる。Burtonの創設者ジェイク・バートンが1995年に始めた「CHILL」は、世界中のそんな子どもたちに、スノーボードを通じて明るい笑顔と「できた!」の自信を届ける。楽しくてチャレンジングな遊びのなかで育まれるのは、逆境に負けずに未来を生きる力だ。

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CHILLとは?

Burton 創設者のJake Burton(ジェイク・バートン)はCHILLの活動を1995年にスタートさせた

CHILL(チル)、とは「Underserved kids」手の届かないところにいる子供どもたち ―つまり、困難な状況で育つ子どもたちに、ボードスポーツを体験する機会を提供することを通じて、前向きに生きる勇気を与え、現在の状況を乗り超えて健やかに成長していくことをサポートする支援NPOだ。

発起人は、スノーボードを生み出し、世界的スポーツ&カルチャーに進化させてきたBurtonの創設者であるジェイク・バートンと、その妻ドナ。1995年、二人は米国でNPO法人 Chill Foundationを立ち上げた。設立から30年、現在では世界9ヵ国へと広がり、24都市で活動している。

日本においては、2003年にNPO法人CHILL JAPANとして活動を開始、その運営を担っているのがCHILL JAPAN(チル ジャパン)の小倉一男代表理事だ。小倉氏はBurtonを日本に持ち込み、Burton Japanの設立に動き、1995年初代社長に就いたスノーボード業界のドンと呼ばれた男。日本にスノーボードカルチャーを根付かせた立役者ともいえる。

CHILL JAPANの小倉代表理事が手にしているのがジェイクからもらった初期スノーボード

ジェイク・バートンの盟友である、小倉代表理事は彼の意志を継いでCHILL JAPANを率いている。現在も日々、スポンサー集めやプログラムの企画運営に大奮闘中。

CHILLの思いと活動の実際を知るべく、8月のある日、東京都内のオフィスを訪れた。

ここからは、小倉代表理事の話を交えながらCHILLについて理解を深めていこう。

CHILLの始まり

「〝体験格差″という言葉を聞いたことがありますか?」という言葉から小倉代表理事の話は始まった。

「家庭の経済状況や生活環境の違いによって、子どもたちにとって大切なチャレンジや自然体験の機会に大きな差ができている現実を指します。スポーツや旅行、文化体験、僕ら大人にとっては趣味や遊びに見えるものが、子どもにとってはものすごく重要な学びになるんです。困難な環境にある子どもたちには、それがほとんど得られない。例えば貧困家庭や、親に虐待を受けて児童養護施設で暮らしている子どもたち…

そんな子どもたちに、スノーボードを体験してもらうことで「挑戦」や「できた喜び」を感じてもらいたい、そして自分に自信を持って明るくたくましく未来に向かって生きていってほしい。そんな願いからジェイクとドナはCHILLを始めたんです。ドナはこんなことも話していました。

バートンのオーナー兼会長ドナ・カーペンター(中央)、チルCEOのベン・クラーク(左)と一緒に。2025年2月に富士見パノラマで開催したイベントに来日した二人。

『1977年にBurtonを立ち上げてからスノーボードのビジネスを広げてきたなかで、スノーボードを愛して支えてきてくれたキッズたちに何か恩返しがしたかった。スノーボードなんてまったく認知されていなかった時代に彼らが興味を持ってくれて、スキー場でリフトに乗せてもらえなくても、歩いては登りを繰り返し、熱心に遊んでくれたことで、スノーボードが始まったわけですから』

当時、貿易の仕事をしていた僕は、1981年にアメリカでの展示会でスノーボードを見つけて「なんだこれは?」とサーフボードみたいな不思議な板キレに興味を持った。その年、雪が降ったらジェイクのいるバーモント州のマンチェスターセンターにすっ飛んでいって、初めてスノーボードを滑ったんです。なんて面白い、楽しいんだろうって驚いた。日本に入れたら絶対に成功する、と確信しましたね」

その言葉通り日本に起こった爆発的なスノーボードブーム、その仕掛け人が小倉代表理事だったのだ。おかげで多くの若者が雪山で自由の翼と新しいカルチャーを手に入れた。

今日のスノーボードがあるのはこんなふうに元気いっぱい楽しんでくれた子どもたちのおかげ 

「1995年にBurton Japanを興した頃、ジェイクとドナがChill Foundationを始めたことは知っていました。話を聞いて素晴らしいなぁと思って、日本でもやりたいなぁと思っていたんです。たまたま、その年に阪神淡路大震災が起こった。そして2001年、被災から5,6年経った頃、高校生になった子どもたちを六甲山に招待して、スノーボードを楽しんでもらったのが日本でのCHILLの始まりでした。

NPO法人としてCHILL JAPANが立ち上がったのは2003年。僕はBurton Japanを2002年に離れましたが、その前に申請をしていたNPOの認可が下りて、そこで僕がCHILL JAPANを担うことになった。以来、CHILLは僕のライフワークであり、人生そのもの、といえる大切なものになっています」

小倉代表理事にとってCHILLを日本で発展させていくことは、今は亡き盟友ジェイクに誓った大切な約束であり、スノーボードの持つ可能性をビジネスとは違うフィールドで証明する、大きな挑戦であったろう。

CHILLの活動

CHILL JAPANのイベントには子どもたちとボランティアの笑顔があふれている

CHILL JAPANのプログラムにこれまで参加した児童は2112人、実施回数は87回、動員ボランティア累計885人、寄付者は1006人にも達している。(※公式サイトにおける2025年9月12日時点)

「CHILL JAPANがこれまでに活動に招待してきた子どもたちは2000人以上になります。活動をすればするほど、体験機会のない子どもたちがたくさんいるんだと感じます。いま特に力を入れているのは、児童養護施設やフリースクールに通う子どもたちを招待することです。児童養護施設は全国に600前後あって、親に虐待や育児放棄された約3万人の子どもが暮らしている。

フリースクールには学校に行けなくなった子どもたちが全国に30万人もいて、多くが自分に自信が持てなくてしまったことが原因だといいます。そのほとんどがボードスポーツを経験したことのない子なんです。そんな子どもたちにスノーボードを通じて、「自分はスノーボードができるんだ!」という自信をつけさせてあげたいのです。

スケ―ドボードのイベントはHASCOの協力を得て開催している
東京・お台場で開催したスラックラインイベント

いまはスノーボードだけでなくスケートボードやSUP、スラックラインも含めたボードスポーツの機会をオールシーズン提供しています。1年間に27回くらいのイベントを開催していますね。昨シーズンは能登半島地震で被災した子どもたちも招待しました」

子どもたちにもっと自信と輝く未来を ~CHILLの目的と理念

「雪っていいね! 気持ちいい! 楽しい!」そんな声が聞こえてきそう。CHILLのプログラムが人生初の雪山体験という子どもたちも少なくない。

CHILLの理念は明確だ。「スポーツを通じて生きる力を育む」こと。

ここでいう「生きる力」とは、ただ体を動かす力ではない。転んでも立ち上がるレジリエンス(復元力)、滑れるようになる達成感、仲間と一緒に挑戦を楽しむ協働の感覚。いわば人生を前向きに切り拓くためのチカラだ。

例えば、初めてスノーボードに挑戦する子どもは、何度も転びながらまた起き上がり、また果敢に挑戦する。この繰り返しのプロセスの中で「自分にもできるんだ!」という気づきと成功体験を得て、その積み重ねがやがて自己効力感や自尊心へとつながっていくのだ。CHILLが大切にしているのは、この“気づき”の瞬間だ。

たくさん転んでも、いくらでも起き上がる
「できた~‼ わたしスノーボーダーだよ!」

CHILLのプログラムに参加した子どもたちは、どんな変化を見せるのだろうか。

「最初は怖がったり、嫌がる子もいるんです。それが気がつくと、自分からガンガンいってスイスイ滑れるようになっている。すごいですよ、みんな。その熱中ぶりや、こころからの明るい笑顔を見ると、雪山に連れて来て本当によかった! としみじみと思うんです。でも、機会さえ与えられればそんなことができる、それが子どもたちなんです。

とても印象的なエピソードがありました。

つらい出来事があって、それ以来人と会話をしなくなって、筆談でしか意思表示をしなかった女の子がいたんです。それがCHILL JAPANのプログラムでスノーボードをした後に「ありがとう。とても楽しかった」と声に出して我々に話してくれた。引率の先生は、それは驚きで仰天していました。

僕らも非常に胸を打たれたし、本当に嬉しかったですね。CHILLの体験だけによるかはわかりませんが、スノーボードにはそんなチカラがあるんだと信じています。

子どもたちはみんな目が輝いていて、心から楽しそうに笑っている。きっと忘れられない思い出になっていると思います。そして、それがこの先、前に進むパワーになっていくと願います。

イベントの後には、子どもたちからサンキューレターもたくさんいただくんですよ」

そう話す小倉代表理事は本当に嬉しそうだ。

イベントの後に送られてきた感謝のお手紙
子どもたちにとってかけがえのない思い出に

ドナもこう言っていた。

「参加する子どもたちは、子どもらしくいられない環境に置かれているケースも多いけれど、滑っている彼らの笑顔を見たり、プログラム終了後に「自分はスノーボーダーになったんだ!」という誇らしい表情を見たりすると、彼らが得る喜びよりも、私たちが彼らからもらう喜びのほうが大きいんじゃないかと、いつも感じます」

CHILLの掲げる核となる価値=Core Value(コアバリュー)

CHILLには、Core Value(コアバリュー)=核になる考えがある。これは、CHILLのプログラム(内容)、フィロソフィー(考え方)、アプローチ(方法)の柱になるもので、全世界共通だ。Valueは6要素。他者や異文化へのリスペクト、勇気ある決断と責任感、成果がすぐに出なくても忍耐強く続けていけるか、そして自分に誇りが持てるか。子どもたちが自分の足で人生を強くたくましく、しなやかに生きていくために、このコアバリューを常に大切にして行動している。

「彼らにスノーボードを体験してもらうなかで、私たちは滑ることを教えているだけじゃない、スノーボードを通して人生を教えているんだと気づきました。転んではまた起き上がる、その繰り返しのなかで、人生にたとえ何か困難があっても、それを乗り越えて自分で人生を切り拓いていけるんだ、と伝えられると思うのです」
ドナの言葉だ。

CHILLがさらに可能にしようとすること

CHILLは、アメリカではすでに3万人以上の卒業生を輩出している。そのなかにはBurton本社に入り、ショップや本社で働いたり、アンバサダーや地域の指導者になったりする卒業生もいる。

ドナによると…「CHILLに参加した子どもが成長して、自身のキャリアを考えるようになったときに、社会にはどんな仕事があるのかをイメージできるよう、CHILLではアウトドア関連の職場見学や、職業体験の機会も設けています。CHILLの卒業生は世界で3万人もいて、彼らを組織することも進めています。卒業生は子どもたちにとって、人生にはさまざまな可能性や未来があるんだと気づくきっかけになる。人生で目標となるような存在ができれば、勇気がもらえます。

CHILLの子どもたちが卒業後も繋がって、高め合ったり支え合える環境を整えることが、長い目で見てアウトドアコミュニティーはじめ社会をより良いものにしていくと信じています」

小倉代表理事は言う。
「日本でも、将来的にはアメリカのようにキャリア支援もしたいんです。そのためにも、まずは初期段階として、CHILL JAPAN卒業生のその後を追いかけるフォローアップがしたいですね」

CHILL JAPANの抱える課題

一人ひとりの子どもたちに必要なギアやウエア一式を提供してくれているBurton Japanの協力は大きい

CHILL JAPANの活動を支えるのは多様な人と組織の協力だ。運営費の一部はChill Foundationから寄付されているが、それは全体の2割程度にすぎない。残りはクラウドファンディングや企業・個人の寄付、そしてスキー場やリゾート施設の協賛によって賄われている。リフト券やレンタルギアなど、多くが善意のサポートによって成り立っているのだ。

「とくにBurton Japanからの協力は大きいです。彼らはイベントごとに、参加する子どもたちのサイズに合わせてギアやウエアを全部準備して、スキー場に送って、イベント後にはウエアやギアをメンテナンスして、といった大変な作業を担ってくれています。

日本での課題は明らかで、活動資金とボランティアの不足です。

ひとつのスノーボードイベントをやるのに60~70万は費用がかかります。とくに頭の痛いのはバスなど移動にかかる経費です。年間およそ1000万円の活動費のうち、半分以上を海外からの寄付に依存しているのが現状。’24ー25シーズン、初めてクラウドファンディングに挑戦ましたが、思ったよりも全然集まらなくて(笑)苦戦しました。もう、いろんなところに電話をかけまくりましたよ。

こんなふうにバスをチャーターして移動する
ボランティアたちの集会も活発に行われている。誰でも参加が可能だ

日本には『寄付文化』が根付いていないのが現実。ただ、近年われわれの活動に賛同してくださるスキー場は増えていて、それは非常にありがたいことです。

昨シーズンは、7スキー場で計13回のスノーボード体験プログラムを実施しました。そのなかには能登半島地震で被災した子どもたちを招待したものもあります。各回、参加する子どもたちは20~30人ほど。すべて手作りのイベントなので、運営上それが限界なんです。小さな活動ですが、意味はとても大きいと思っています。

それは子どもたちへの贈り物ということだけでなく、こういった社会活動の必要性や価値を粘り強く発信することにも大きな意義があるからです。また、イベントに協力してくれる多数のボランティアスタッフにとっても、とても新鮮な気づきの場になっていると思います」

参加したボランティアの声を聴いてみよう。

始めてCHILLに参加したとき、少しでも誰かの役に立てるならという気持ちで参加しました。しかし実際にできないことに果敢にチャレンジする子どもたちを見て、元気や勇気をもらえたのは自分自身でした。他のボランティアメンバーとも、他では得られないような特別な絆を感じました。CHILLは私のスノーボード人生に特別な影響を与えてくれました。

ボランティアスタッフの話を熱心に聞く子どもたち
純真な子どもたちをサポートするボランティアスタッフも真剣そのもの

「ボランティアは、「気持ち」があれば誰でもできます。スノーボードが上手に滑れなくてもOKです。滑りを教える以外に、裏方の仕事はたくさんありますから。資格や高い技術より、人間性を重視しています。イベントごとに30人くらいのボランティアが必要なんですが、現状は全然足りていません。ボランティアは常にCHILL JAPANのホームページから応募ができます。とくにスノー業界の方、ぜひお力を貸してください!」

 CHILL これからの展望

2025年4月に開催されたイベントで@夏油高原

アメリカのCHILLでは、より多くの子どもたちに体験機会を提供するため、同じ子どもを招待するのは長くて2年。しかし、CHILL JAPANは、3〜5年にわたって同じ子どもたちでも各種のアクティビティーに招待している。継続的に関わることで、子どもたちの成長をより深く支えることができる。

また、仮に虐待やつらい体験があった子でも、継続的な関係を通じて再び大人を信頼できるようになる。それはとても重要なことなのだ。

小倉代表理事は
「CHILLは未来への投資です。日本にある個人金融資産は約2千兆円、そのうち6割以上を60歳以上が保有しています。余裕のあるシニア世代は、未来を託す子どもたちにぜひ投資を」と訴える。

困難を抱える子どもたちが自分を信じて、前向きに生きる力をつけて社会とつながっていくこと。それは本人の未来だけでなく、社会全体の希望を育むことに他ならない。

Profile

小倉一男 (Kazuo Ogura)

特定非営利活動法人CHILL JAPAN代表理事。Burton Japan(バートンスノーボードジャパン)の初代社長を務めた元経営者で、創設者ジェイク・バートン夫妻と親交も厚い。2003年以降、NPO法人CHILL JAPANの代表理事として、阪神淡路大震災・東日本大震災などで被災した家庭の子や、児童養護施設、フリースクールの子どもたちを対象に、スノーボードやスケートボード、スラックライン、SUPなどのボードスポーツを通じて支援活動を幅広く推進している。

Information


CHILL JAPAN

公式サイト:https://chilljapan.org/
InstagramFB

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