SAJナショナルチームのコーチを探る モーグル編〈後編〉 

日本において、スキーのナショナルチームのコーチとはいかなる人たちで、どのような仕事をしているのか。なかなか取り上げられないこのテーマについて掘り下げていきたい。今回は、ミラノ・コルティナ五輪でのメダル獲得も期待される日本モーグルチームの城勇太ヘッドコーチに話を聞いた(前編はコチラ)。後編は、コーチと選手の関係性についてリアルな部分を明かしてくれた。 

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テクニカルコーチは担当制で選手と向き合う 

前編で紹介したように、日本のモーグルのナショナルチームには、城ヘッドコーチのほか、小林茂チーフコーチ、そして現場を任せられる島谷博幸、遠藤尚、ヤンネ・ラハテラ、谷口岳穂、舘田舜哉という5人のテクニカルコーチがいる。

テクニカルコーチは5人が全員を同じように指導するのではなく、担当する選手が決まっていて、その選手を重点的に指導する。

たとえば、堀島行真を見ているのはヤンネ・ラハテラコーチだ。このように、何人かの選手の専属のようなかたちで技術指導をするテクニカルコーチだが、担当する選手によって技術レベルも違えば性格や得意不得意も異なる。そうした部分のフォローはどのようにしているのだろう。 

「頑固に自分のやり方があって、それについてこられない選手を突き放すようなことはありませんね。どのコーチも、その選手の性格や特性によって教え方を変えながらアレンジし、最大限に力を発揮できるように努めています。

ただ、たとえば、明るい性格でなんでも吸収しようと積極的な選手と、寡黙でおとなしい性格の選手がいたら、コーチもそれを並行して教えていくのは難しいので調整が必要になります」 

コーチはプロフェッショナルとして、常にベストの結果を出すべく考えて動く。ただし、選手とコーチも人間同士であり、ときには行き違いもある。

「やはり、向き合っている時間がどれだけ長いかで違いが出てくるということはあります。一緒にいる時間が長ければ性格もわかるので、適切なコーチングができるんです。そこの差は顕著に出ますね」 

城コーチは関連して、こんな逸話を教えてくれた。 

「ヤンネコーチはいつも『フラット斜面での基礎的なターンの練習をきちんとやるように』ということを口を酸っぱくして言います。 モーグルだからといってコブ斜面だけで練習すればいいのではない。基本的なスキー操作技術が大切であると。だから、プルークボーゲンの練習をしっかりやります。彼自身、それが本当にうまい。
他にも、堀島のようなトップの選手でなくてもわかることを言います。だから経験の浅い選手も理解しやすい。一方で、世界の頂点に立った経験談を踏まえて感覚的なことを言えるんですね。それはチーム全体の強みでもある。

ただ、そこは選手によっては、理解できず、自分に合わないと感じる場合もあるかもしれません。また、どうしても言葉の壁があって、細かいニュアンスが伝わらない場合があるのも事実です」

人間同士なので、フィーリングがマッチしないことはどうしてもある。それはアスリートとコーチに限った話ではないだろう。
なお、日本のモーグルチームでは、選手が合わないなと思ったコーチの指導を受け続けることをストレスにならないようにしている。

「選手が自分でコーチを選択できるようにしています。ですから、時にはコーチを変えたりする。それは全然OKなんです。合う、合わないは選手が判断するんです」 

〝選手ファースト〟の姿勢が貫かれているのである。 

堀島行真の単独練習もバックアップ 

それぞれの長所を生かし、短所を補っていく、そうすると選手ごとの個別対応が必須となるのだ。
その典型的な例が、堀島の扱いである。堀島は2024年よりオフシーズンにチームを離れて、ノルウェーのオスロにある巨大屋内スキー場で独自練習をしている。
斜め軸で4回転する最高難度の“コーク1440”の完成度をあげるためだ。 

「そうした意味では、いまの日本チームは外からみるとバラバラかもしれません。みんなわがままを言って好き放題やっているのではないかと。しかし、決してそうではない。
選手の能力を最大限に引き出すことに努めているだけなんです。そうしないと世界のトップ選手に勝てない。だから、堀島がやりたいことを自由にさせているんです」 

旧来型の体育会的な規律や、保守的な前例踏襲主義を重視したような指導体制では世界に勝てない。
これはいまやどのスポーツにもいえる真実かもしれない。 

大会会場における役割分担 

テクニカルコーチは、自分が担当している選手を中心に技術を指導するが、大会現場ではチーム全体で連携し、情報共有しながら瞬時にベストの判断をしていく。

モーグルのテレビ中継をみると、大会現場でスタートエリアとゴールエリアに立っていることを視認できる。その役割分担はどうなっているのだろうか? 

「通常練習や公式練習のときは、ゴールエリアから見ています。コーチがスタートに立つのは大会が始まってからですね。常に選手とふれあい、スタートを切るまでの気持ちの持っていき方をベストなかたちにできるようサポートします。

普段からその選手を指導しているコーチが、スタート時に横にいたほうが、選手は安心できます。いまの体制ですと、スタートにいるのは島谷コーチと遠藤コーチです。

また、大会で送り出すまでのプロセスを見ることで、普段の練習では、大会でのスタート時をイメージしたメニューを組み立てることができます。『あのとき、スタートラインでこうだったから、練習でもこういう心構えでいこう』といったアドバイスができるわけです」 

ただし、ヤンネ・ラハテラコーチはやり方が違う。 

「ヤンネだけはすこし違っていて、『俺はスタートに立たなくてもわかるんだ』と言いながら、ゴールエリアから全体を見て戦略を考えています。普段は自分が直接見ていない選手も含めて、的確なアドバイスを送る。それがヤンネのスタイルですね」

スタートとゴールとでは得られる情報が異なる。それを共有して瞬時に適切に判断することが最良の結果を生む。

「私も現場に行ったときもそうするのですが、ゴールエリアでいろいろな選手の滑りをみて、ジャッジの点の出し方をチェックする。そして、『今日はこういう傾向だ』、『この選手はこういう点を出している』とか、そうした情報をスタートのコーチに送ります。

ヤンネは直接、堀島と『決勝でどういう滑りをする』とか、『次はこうしよう』と話をする。それを上の遠藤コーチに共有し、確認すると、遠藤コーチはエアも見られるので、『飛ぶ方向はこうしよう』とか、『スピードがこうだったから抑えていこう』と微調整して送り出します。このように、いまはコーチ内での連携はとてもうまくいっています」

エア台の横にコーチがいる体制に 

バラバラのようでいて、いざという時はチームとして一体になって戦う。これが実現できる日本チームは強くなるのが必然ともいえる。
さらに今シーズンより、現場のフォーメーションが強化されている。

「スタートエリア、ゴールエリアだけではなく、2つのエア台の近くにそれぞれ専属のコーチがいるのが理想です。至近距離でエアをチェックできれば、より適切なアドバイスを送れますからね。

ただ、他の国でも予算などの問題でそこまでできていない場合が多いんです。そんななか、日本は今シーズンからエアの指導が得意な、谷口コーチ、舘田コーチをエア台のそばに立たせる体制を組むことができるようになりました」 

城コーチが現場を離れても、スタート、第一エア、第二エア、ゴールと4つの関所にコーチが立つフル体制を敷けることで、総合的な指導体制は確実にアップするのだ。

コーチになる資格とは? 

最後に、「どうすれば、モーグルのナショナルチームのコーチになれるのか?」という問題について考えてみたい。 

「理想は誰もが納得できるライセンス制が構築されて透明化されることだと思っています。現状は不透明なところで止まっていると思う方もいるかもしれませんね」 

城コーチはシステムの構築への理念を強く抱いているのだ。
現実的には、外国人コーチは別として、地域で指導実績のある元モーグル選手から選ばれるケースがほとんどだ。ただ、そうした人は全国に数多くいる。そのなかでどうやって選ぶのか。 

「いまは不足している部分を補うというかたちですね。足りないパーツを埋めるコーチを補強する。エア台の横に立つコーチが必要だったので、エアの指導のスキルが高い谷口コーチ、舘田コーチに加入してもらいました。
2人とも総合的に技術指導ができますが、やはり、エアが得意だというのは決め手になりました」

〝名選手名監督あらず〟といった言葉もある。選手としての実力や経験は指導に役立つものではあるが、技術力と指導力は別物である。

現在の日本チームの躍進からヤンネ・ラハテラはこの2つを兼ね備えていたことがわかる。

他方、谷口コーチ、舘田コーチは国際大会で華々しいリザルトを持っているわけではない。城コーチ自身、選手としては五輪に出場していない。選手としての実績と、指導力は別物なのである。 

難しいおカネの問題 

コーチの選出には、また極めて現実的な問題も左右する。 

「単一の大会だけ帯同するスポットのコーチというシステムもありますが、選手側は普段指導されていないコーチからなにかアドバイスされても戸惑ってしまいます。コーチ側もやりづらいので、ほとんど採用していません。いまは年間契約を結べるコーチが絶対条件です。それはトレーナーにしても同じです」 

ただし、スキーのコーチは職業といえるかどうかは微妙なところがあるようだ。 

「フィンランドから招いているヤンネには、それで生活できるだけの条件を約束していますが、他のコーチは指導の報酬だけで1年間、生活することは難しいと思います。
ですから、他に収入源があり、かつ、コーチとしても活動できる環境であることが条件になっています」 

一般的なスキースクールのインストラクターたちもオフシーズンには別の収入源を確保している人がほとんどである。
スキー業界で働く人の宿命のような部分であるが、その折り合いをつけなければならないとなると、現実的に元選手が誰でもコーチになれるわけではない。
ただ、現在の日本チームは限られた条件のなかで、ベストメンバーを揃えている。だからこその全体のレベルアップが顕著なのだ。 

〝複数の五輪メダル〟を目指し盤石な指導体制で 

城コーチは今シーズンの目標を〝オリンピックで複数個のメダル獲得〟と掲げる。
ミラノ・コルティナ五輪から、従来のモーグル(シングル)に加え、2人同時に滑って勝った選手が勝ち残っていくデュアルモーグルが正式種目となる。

つまり、モーグルは種目数が従来の男女モーグル2種目から、男女デュアルモーグルを加えた4種目となり、授与されるメダル数は6個から12個に増えた。

よりポジティブに考えれば〝複数個〟とは2個とは限らない。金メダル候補である堀島行真が2つということもあるし、女子が2つという可能性もゼロではない。

そんな期待をしながら、五輪開幕を待ちたい。

▶ミラノ・コルティナ五輪日程
2026年
2月10日:女子モーグル予選、男子モーグル予選
2月11日:女子モーグル決勝
2月12日:男子モーグル決勝
2月14日:女子デュアルモーグル決勝
2月15日:男子デュアルモーグル決勝

Photo by Sho Endo

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