ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪も終盤戦。フリースキー、とりわけ男子ハーフパイプは、2014年ソチ五輪の津田健太朗以来、実に3大会・12年ぶりに日本人選手が出場する。
その名は松浦透磨。岐阜県大野町出身の彼は、幼少の頃から家族で奥美濃のスキー場に向かうのが週末の風景だった。
両親がモーグルやフリースキーを嗜んでいたこともあって、その方向にはまり込んでいくのは自然な成り行きだろう。
当時の奥美濃エリアは梅村旬や高橋椎太といった面々が、エリア一体を盛り上げてていた時代。パークシーンやスキー場のあらゆる地形を使った滑りのスタイル、高鷲にスーパーパイプが誕生するなど、松浦はそうした様子を間近に感じながら育った。

Photo by Yuta Miyazawa
現在、世界のコンペティションシーンは凄まじい勢いで高回転化・高難度化が進んでいる。
松浦はその潮流のなかにあって、単なる回転数の足し算ではなく、「スタイル」と「カッコよさ」を追い求めている。
その奥底には、奥美濃の雪山で培われた自由なスキー精神と、独自の美学が力強く息づいているはずだ。
1月の北米W杯を終えて、一時帰国をした松浦透磨。
五輪出場をほぼ手中にしたタイミングで話を伺い、彼の現在地を探ってみた。
「目をつむっても、形が見える」——解像度の劇的な変化

Photo by fisparkandpipe
’25-26季、カッパーマウンテンでのW杯で8位になり、五輪出場権を確実なものにした松浦透磨。その裏には、確かな技術の成長、とりわけ「イメージの解像度」の飛躍的な向上があった。
「一つひとつの技のイメージが、いままでより鮮明になっているんです。スイッチダブルも、こうしたらできるんじゃないっていうのがパッとイメージできる。
目をつむってすぐイメージできるという状態に、どの技もなってきている。去年までは自分のなかでどこがうまくいってないのかが、はっきり分かってなかったんです。
でもいまは、ライト・レフトの1260も常に大会で使っていて、このタイミングでここの形を作るっていうのが、体を動かしてすぐイメージできる状態なんです」
単に「技を繰り出す」というレベルから、「空中で理想とするシルエットが作れる」レベルへ。この変化こそが、いまの松浦の安定感とパフォーマンスの美しさを支える核心部といえる。
’24-25季からダブル(コーク)900を新しい軸でトライし始めた。加えて、シーズン終わりの春には高鷲スノーパークでスイッチダブルを覚えた。
ダブル900とスイッチダブルをルーティーンにとして繋げるために、W杯へ行く直前まで、埼玉の熊谷クエストでパイプの練習。
コツコツと積み上げてきたことが、五輪シーズンの’25-26季にタイミングよく花が開いたのだ。
「走らないパイプ」を攻略する。地道に滑り込んで磨いたスキー技術にも注目

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ハーフパイプは、空中での派手な動きに目が奪われがちだが、勝負を決めるのはボトムの滑りの質にある。
松浦がいま最も意識し、コーチ陣からも評価されているのが、ランディングから次の抜け(リップ)までの「ボトムでの滑り」だ。
「パイプはスピードが命なんです。最近、意識しているのは、ランディングから次の抜けるまでの動き。各会場のパイプの特性にもよるんですけど、走っているパイプだったらあんまり意識しなくてもスピードも高さも出て、回転もそれにつれて良くなってくる。でも、スピードが出ないときのボトムの滑りこそが、すごい大事になるんです」
とくに’25-26季のカルガリーやカッパーマウンテンでの北米シリーズは、降雪によってパイプが「走らない(加速しにくい)」過酷な条件下で開かれた。
「その2戦は雪が降ってて、とにかくスキーが走らない状況でした。そうなると、トップライダーと引けを取らない高さを出すには、ランディングからボトムに入るときにしっかりと加速して、リップから抜けるときも、スキーを走らせる動きをしないといけない。
そこは常に意識して、今年はやってたかなと思います。壁に対する入りの角度、荷重の乗せ方など、そういうターンの質そのものが、スピードに繋がっているかな。それがなぜかっていうのを言語化するのは、ちょっと難しいんですけど……」

Photo by Yuta Miyazawa

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ターンの質を高めるために、松浦はさまざまなことを試したという。パイプをただ飛ぶだけではなくリップトリックをしたり、スイッチでいろいろな地形を滑ってみたり、パウダーを滑り、パークを流すなど、試行錯誤を繰り返すことで、ターンの質、スキーそのもののレベルを高めていった。
派手なトリックの精度を支えているのは、地道な滑走技術の積み上げなのだ。
世界が待望する、唯一無二のアイコン「オクトパス」
松浦がミラノの舞台で披露しようとしているルーティンは、唯一無二のオリジナリティを追求したものだ。高回転を追求する流れからは一線を画し、ジャッジと観客を魅了する構成を汲んでいる。
【五輪予定ルーティン】
1発目:スイッチレフト・ダブルコーク1080 + ダブルジャパングラブ
2発目:ライト・ダブルコーク1260 + テールグラブ
3発目:レフト・ダブルコーク1260 + ミュートグラブ
4発目:アーリーウープ・ロデオ540 + オクトパスグラブ
5発目:ダブルロデオ900 + ジャパングラブ
なかでも注目は、4発目の「アーリーウープ・ロデオ540+オクトパスグラブ」だ。このグラブは、左右のスキー板を複雑に掴み、シルエットを作るのが難しいスタイルだ。
「昔やってた人がいたみたいですけど、いまはもう誰もやっていない技です(チャールズ・ギャグナーのフェイバリットトリックとして有名)。他の人にはない動き、540だけどオクトパスグラブを組み合わせると『これヤバい』って言わせられるようなトリックだと思うんですよね。そこで自分らしさというか、スタイルを出せているかなって思ってます」
実際、W杯では「透磨=オクトパス」というイメージが世界のコーチ陣の間でも定着している。
「公式トレーニングをしているときも、他国のコーチから『オクトパス見せて!』ってめっちゃ言われたりとか、『それが見たいんだよ』って言ってくれる人が結構いるんですよ。
大会で失敗すると点数が出ないリスクもあるんですけど、むしろジャッジにもそれが見たいと思わせるような滑りができてきているのかなと思っています」
際限のない回転数の足し算ではなく、一瞬のシルエットで空気を変える。それこそが松浦が追いかけ続けているスキースタイルの一端だ。
それでも、体は現在満身創痍の状態だという。

「正直、今シーズンに入るまで、そんなにいい滑りができるとは思ってませんでした。腰を痛めてたり、肩も痛めてたりと、結構ボロボロの状態。
でも、シーズンに入るギリギリ最後までオフトレを頑張って粘って練習をしたら、すこし余裕が出てきました。
それで現地(中国)に入って、W杯公トレの1日目はダブルをまったくやらずに、パイプに合わせて滑ることに集中。2日目から自分がやったことのあるダブルを全部試したんですけど、トライしたトリックはほぼ全部立てた。
完成度が低かったので、使える技をコントロールしながらW杯1戦目10位、2戦目8位と状態を上げていけたのは良かったなと思います。
今シーズンはパイプにあわせてトリックを調整できるスキルが上がったのは、大きな収穫でした」
身体的な不安を、技術的な調整力と培われた自信でカバーする。その強さは、パイプだけでなく、雪山全体を遊び尽くしてきた彼のスキースタイルから来ている。
「基本的にパイプの選手ですけど、パイプスキーヤーっていうよりかは『フリースタイルスキーヤー』。雪山のすべてが滑れる、全部できる人を目指してるんです。
特定のカテゴリーだけをやっていてはスキー力は絶対に上がらない。パークだけじゃなくフリーランもパウダーもやるし、ジブだったりスノーボードで遊んだりもします。
そういった経験が全部、いまの滑りに繋がっていると思っているんで。

Photo by Yuta Miyazawa
失敗するしないじゃなく、すごい技をしている、していないだけでもない。天気によって状況は変わっちゃうけど、『スタイル』は、常に変わらないものであると思うので、とにかく、カッコいい滑りを常に意識しています。
オクトパスだったり、ダブルジャパンだったりといったグラブのオリジナリティ、滑りの繋がりや綺麗さ。そこにぜひ注目してもらえたら嬉しいです」
数字では測りきれないフリースキーの面白さや魅力を、五輪という舞台で描こうとする松浦透磨。
彼が繰り出す唯一無二のスタイルは、世界中のスキーヤーの記憶に深く、鮮烈に刻まれるに違いない。
Profile

松浦 透磨 Toma Matsuura
岐阜県大野町出身 2002年生まれ 岐阜日野自動車所属
2023、25年にも世界選手権出場。25年12月のW杯で自己最高位となる8位に入り五輪の出場権を得る。海外選手とも積極的にコミュニケーションをとって、相互に刺激を受け合う。とくに仲が良いのは昔からよく知っているニュージランドのベン・ハリントン選手。
松浦もメンバーの奥美濃ヘッズの動きにも注目 Instagram:okumino_headz
Instagram:tomamatsuura_ski
Facebook:toma.matsuura


