雪の村は、水で未来をつくる—野沢温泉・本沢小水力発電所の挑戦

豪雪で知られる野沢温泉村。そのスキー場の足元で、水が電気を生み出している。
本沢小水力発電所——それは単なる再生可能エネルギーの導入ではない。雪とともに生きてきた村が、変わりゆく気候のなかで「自分たちの未来を自分たちでつくる」と決めた、意思のかたちだ。

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はじめに 

気候変動に取り組む一般社団法人Protect Our Winters Japan (POW JAPAN)が発起した「サステナブル・リゾート・アライアンス(以下、SRA)」は、気候変動から「冬」を守り、未来へとスキー場を繋ぐため、ゼロカーボンやサステナビリティに取り組むスキー場を結ぶネットワークだ。
このSRAに加盟し、際立つ独自性で取り組みを推し進めているのが、長野県・野沢温泉スキー場だ。

今回は、野沢温泉村村長の上野雄大氏(写真中)、スキー場取締役員の高澤公治氏(写真左)、POWアンバサダーの河野健児氏(写真右)の三名へのインタビューをもとに、現在・過去・未来にわたって尽力する野沢温泉の姿勢を伝えよう。

雪の村は、水の村でもある

野沢温泉スキー場の長坂ゴンドラに乗り、標高を上げていく。スカイラインコースから湯の峰エリアへと上がっていくと、眼下にはブナの森の間を縫うようにして流れる沢が見える。

”本沢”だ。

冬には雪となり、春には雪解け水となって千曲川、信濃川へとつながり、やがては海へと流れ込んでいく水。野沢温泉は信濃川の上流に位置している。

「上流に住む者には、きれいな水を下流へ届けていく使命があると思うんです。水の循環の始まりは山。我々のような山に住む村やスキー場が、自然環境に影響を与えない取り組みを率先してやっていくことが、日本全体をきれいにしていくことになる。
さらには地球がいい方向に動いていくことにつながるんじゃないか、そんなふうに思うんです」

河野氏のこの言葉には、この村が自然とどのように向き合ってきたか、そして、この先をどうしていこうとしているかが凝縮されている。

本沢

水は、この村の基盤だ。
温泉として、生活用水として、農業用水として、そして雪として、村の営みそのものを支えてきた、なくてはならない存在だ。その水の流れの一部を利用して生まれたのが、本沢小水力発電所である。

大量の電力を使うスキー場の運営において、環境への配慮から再生可能エネルギーへの移行の機運が高まっている。POWの粘り強い啓蒙活動の後押しもあって、すこしずつ促進されてきているものの、まだ取り組みの余地は大きい。

そんななか、村がスキー場とタッグを組んで水力発電に着手し、数々の難しい課題を乗り越えて実現し、いまこの瞬間も野沢温泉を流れる水が電気を生んでいる。
さらにその電気は、村の暮らしやスキー場の運営にダイレクトに使われているという事実。
これがどれだけ価値のあることか、まずそのことを知ってほしい。

「エネルギーについて、本気で考えるようになりました」

村やスキー場が再生可能エネルギーに目を向けたきっかけの一つは、2011年の東日本大震災だった。

「エネルギーについて、本気で考えるようになりました」

上野村長がこう振り返る。

「電気は当たり前にあるものではない。自分たちの地域のエネルギーをどうするのか、生産や使い方、エネルギーの在り方を真剣に考えなければいけないと、村と行政が向き合って検討を始めたんです。

果たしてどこまで自然エネルギーを活用できるか、研究を重ねました。

そして、2011年に策定したのが『野沢温泉新エネルギービジョン』。いまは、その計画に沿って、さまざまな取り組みが進んでいるという状況です」

この「野沢温泉新エネルギービジョン」は、単なる環境保護の計画ではない。エネルギーを自分たちで創り、使うという「自立」へ向けた戦略だ。このビジョンに基づき、村はまず2022年「まくね川小水力発電所」を稼働させた。

この施設は村の直営事業として年間約2000万円前後の売電収益を上げている。その売上は発電施設の維持管理や上下水道インフラ整備に充てられているのだ。

上野村長はこうも語った。

「水力発電所や小・中学校への太陽光パネルの設置などは、ビジョンにあらかじめ盛り込まれていたものです。その他、まだ取り組みまでできていませんが、温泉熱の利用やバイオマス、雪室など、あらゆる可能性が新エネルギービジョンには盛り込まれています。

自然に支えられて暮らしや観光をしてきた村だからこそ、環境に対して責任ある行動をとらなければならないという思いはあります」

一方で、雪の降り方が、昔と同じではないという実感もある。

河野氏が言うには

「気象庁のデータによれば、40年前の野沢温泉と比べて平均降雪量が4m減っているんですね。10年で1m減っていて、数値上でいくと90年後には雪が降らなくなるだろうという計算になってしまう……。
一晩で80cmも降るドカ雪や、厳冬期の雨といった極端な気象が、もはや非日常ではなくなりつつある現状です。

そのような状況下で、そこに対して歯止めをかけるようなアクションを村全体でやっていくというのは、非常に重要なことだと思います」

だからこそ、行動する必要があったのだ。

プロジェクトを阻む、2つの巨大な壁

前述したまくね川小水力発電所が利益を重視したのに対して、本沢小水力発電所は全量自家消費という道を選んだ。その選択の背後には村職員がオーストリアやスロベニアでの視察で感じた危機感があったという。

国外の環境意識の高さと日本の現状の乖離を肌で感じた職員は、インバウンドのお客が増えるなかで、日本として、野沢として、何をアピールできるのかを考えた。
ただ取れるだけ水を取り、それをお金に変えるのではなく、必要な量を、川の生態系を守りながら使わせてもらう。
その姿勢を見せるためには、全量自家消費が必須だった。

「最初から売電は考えていませんでした。自分たちで使う電気を自分たちでつくる。それが一番だと思ったんです。
この取り組みは、野沢温泉スキー場も自然エネルギーを活用して環境に配慮しているというプロモーションや、お客さんの〝クリーンなスキー場を選ぼう“という意識改革、村民の啓発、さらには他のスキー場への働きかけにもつながればいい、そう考えたのです」

上野村長のこの言葉は、この発電所の本質を端的に表しているだろう。

しかし、事はそう簡単には運ばなかった。このプロジェクトを実現するにあたって、前例のない法的や技術的な課題を乗り越える必要があったのだ。

ひとつは電気事業法と自営線。発電所からスキー場の長坂センターハウスまでの距離は約200m。当初は簡単に電線を引けると考えていたが、隣接しない場所に電気を送るには「電気事業者(電力会社)」としての資格が必要になるという極めて高いハードルが待ち構えていた。

これを解決したのは、野沢温泉特有の運営形態だ。

スキー場の運営は民間だが、施設の所有は村という形態をとっている。したがって電気を作るのも、使うのも野沢温泉村であるという解釈が成立。埋設ルートがすべて村有地であったことも重なり、奇跡的に自営線の敷設が可能になったのだ。

もうひとつは、商業施設へのオンタイム給電という難問。ユーザーが利用する商業施設に、水力発電の電力をリアルタイムで供給するケースは、世界的に見てもほとんど例がない。

営業中にエレベーターが停まったら大問題だ。電気の供給を完全に担保するソフトウェアプログラムの構築は極めて難しいという。
プロジェクトを担ったプログラマーたちは、スキー場職員が帰宅した後のセンターハウスで、短い時間でマニアックな試験を何度も繰り返した。納期が迫るなかで奮闘した日々が、この発電所の心臓部を作ったのだ。

「売る」ためではなく、「使う」ための発電

さて、作った電力を「自分たちで使う」とは、具体的にはどのようなことだろう。

来場者が行き来できる2基のエレベーター

「長坂のセンターハウスの建物にエレベーターが3台あるんですけれども、それと電気ヒーター。あとは暖房機、そういったものを発電した電力で賄っています。今回この小水力発電の稼働によって、センターハウスの電力使用量を32%ほど削減できています。

正確な削減率の算出は蓄電や送電実績を含めると非常に複雑ですが、長坂ゴンドラで使用している”信州Greenでんき(100%水力)”と合わせれば、スキー場の中心部はすでに大きな再エネの循環のなかに置かれていると言っても過言ではないでしょう」

スキー場を統括する高澤氏がそう答えてくれた。

このシステムの核心は、人の手を介さない徹底した自動化にある。本来、出力調整や再稼働時の電流制御は極めて繊細で危険な作業。だが、メンテナンスフリーとコスト削減を追求し、完全自動運転を実現している。

具体的には、コンピューターが建物側の電力需要をリアルタイムで検知し、最適な水量を瞬時に算出。蓄電状態に応じて水車を自動停止させ、河川水の過剰利用を抑え、生態系保護にも繋げている。
さらに、ブラックアウトや火災リスクを徹底排除する制御プログラムを搭載するなど、現場を見守りながら電気を安定供給するこの仕組みは、唯一無二のものだ。

「小水力発電で自家発電した自然のエネルギーを、そのままお客様が利用する施設で実際に使うというこのサイクル〝循環が見える”ことは非常に大きいと思うのです。

全国でもほとんど事例がないようなので、かなり先進的な取組みではないかと自負しています」

上野村長の言葉にも熱が入る。

長坂センターハウス

野沢温泉らしさを大切に

本沢小水力発電所による最大使用水量は毎秒9.3ℓ。流れている水を全部発電に使うのではない。発電使用水量70%を取水し、30%は沢の維持流量として沢に残される。発電に使用した水も、すべて沢に戻される。

「自然に負荷をかけないという観点を大切にして、自然の流れを変えないことが前提でした。水はもともとここを流れているものです。その流れのなかで、無理のない範囲で借りる。その考え方で設計しています。

魚道も設け、既存の農業用水とも共存する仕組みです。自然に無理をさせるやり方は、野沢らしくないと思いました」

雪の下で流れ続ける本沢の清流

上野村長のその言葉には、この村の姿勢が表れている。

本沢小水力発電所は、けっして巨大な設備ではない。全国的に見れば小規模だ。
しかし、その背景にある意思は明確だ。上野村長が続けて言う。

「野沢は昔から、自分たちで切り拓いてきた村です。100年前に開発したスキー場もそうですし、それより以前に人工池を掘って水車を回して発電をして、電気の灯る温泉地を創り上げたこともそうです。
我々、野沢の村民には挑戦者精神みたいなアイデンティティがあるのだと。それが根強くあるおかげで、今回の取り組みも、村の皆さんの理解につながっているのかなと思っているんです」

このような、土地が絡む行政の計画には、その土地の所有者との交渉が難航したり、途方もない時間がかかったりするのが常。だが、今回の小水力発電の開発に対しては、そうした問題はほとんどなく、快く理解が得られ、スムースに動きも進んだ。

村民性としての開拓者精神。その姿勢が、エネルギーにも向けられた。

「自分たちの村は、自分たちで守る」

それは自立への意思決定であり、言葉で終わらない実践だ。

村民の生活に深く根付いている温泉。写真は麻釜

自然エネルギー利用を受け継ぎ、伝える

本沢の小水力発電の様子は、ゴンドラ乗り場にサイネージ(電光掲示)が設置されていて、小学生でもわかりやすく、しかも自動でリアルタイムで、どのくらい発電して循環しているかが見えるようになっている。

長坂ゴンドラリフト山麓駅入口に大きく掲示される電光掲示板

「見てもらうことが大事だと思いました。自分の滑っている場所が、どうやって支えられているのかを」

そう語る高澤氏。

このサイネージ、実は当初はもっとちいさなものだった。しかし、できるだけ大きいほうが見やすくアピール効果も高い。やれることの限界まで挑戦しよう、と村の職員とスキー場の関係者の思いがひとつになり、スキー場も資金をバックアップすることで、このような大型サイズになった。

そしてもうひとつ、必見なのが新長坂ゴンドラに乗ると右手に見えてくる水車の発電所。

ゴンドラに乗ってすぐ右手側に見える発電所

「発電所が建てられたこの場所は、実はその昔、ここに住んでいた方が建屋をこしらえ、川で魚を突いたり、水力で水車を回して水力発電を行っていたという古き歴史のある場所なんです。
時が流れて、いま同じ場所で、同じように水力を使って、これだけ大きな施設を動かすだけの発電ができてるというのは、すごく意味があって、感慨深いなって……。そんなことも知ってもらえたら嬉しいですね。

あと、発電施設にあえて英語で「HYDROELECTRIC POWER」と書いたんです。よく目立っていて、わかりやすくていいでしょう? 
この村も国際化が進むなか、海外のゲストたちにも野沢温泉のサステナブルな取り組みを知ってもらえるきっかけになればいいなと思います」

と上野村長は語る。

人気を博するTVドキュメント番組「プロジェクトX」さながらの、妥協なき情熱の結晶が生んだ、本沢小水力発電所。時代を超えたロマンが、開拓者たちの物語が、ここにはある。

未来は、自分たちの手のなかに

2025年5月23日に開催された本沢小水力発電所の竣工式には、野沢温泉中学校生たちも参列した。その姿に高澤氏はとても感銘を受けたという。

「村の未来を支える世代に、自分たちの村は自分たちで守るんだという想い、あるいは自分たちのものは自分たちで賄うという将来を考えるきっかけになったのでは、と思ったからです。
スキー場はもう103年目になるんですけど、やっぱり先輩たちが作ってくれたスキー場をこの先も守っていかなくちゃいけない。

もちろん100%再生可能エネルギーのスキー場というのは理想として目指していきたいですが、一方でスキー場というのは圧雪車であったり、雪を作るために水を多く使ったり、どうしても矛盾を抱えています。そういった点をすこしでも解消していって、スキー場のこれからをみんなで守っていきたい。そう思っています」

「野沢温泉は先人たちが繋いできた長い歴史があり、スキー場も100年以上。温泉と雪というところで、自然の資源にほぼ100%支えてもらって暮らしや観光をしている地域ですから、水はなくてはならない大切なもの。今度は水が電気を作るということで、ひとつまた自然資源の恩恵を受ける新たな価値が加わった。

すこし時間はかかるとは思うのですが、村民の自然環境に対しての意識はもっともっと高まっていくと思います。その高い意識は、野沢温泉に来てくれるお客さまにも徐々に浸透していくのではないかと期待しています」

と河野氏。

野沢温泉が官民一体となって進める取り組みは、村全体の価値観をも変えつつある。
村役場へは小さな民宿のオーナーから『うちでも太陽光をつけられないか』『断熱の補助はないか』という相談が圧倒的に増えたという。
来てもらうユーザーに環境に取り組む姿勢を見せたいという信念が生まれつつある。

上野村長はこう締めくくった。

「新しい取り組みは大変なことばかりだと思うのですが、これは他の自治体でもきっとできることだと思います。我々は先陣を切って挑戦してきて、いろんなハードルを乗り越えて経験が積み上がってきているので、こういうノウハウは自分たちだけで抱えるのではなくて、外にどんどん情報発信して、ぜひ有効に使っていただきたい。

我々だけが取り組んでも地球が簡単に変わるわけではないので、この輪をどんどん広げていきたいんです。スキー場の皆さんが足並みを揃えて取り組みをさらに推進していけたらと思うので、皆さん、ぜひよろしくお願いします!」

雪の村は、水で未来をつくり始めている。
それは足元を流れる沢の水に託した、村の覚悟。115年前から続く開拓者精神のアップデートであり、次世代に向けた責任ある選択だ。


その選択は、確かな循環となって未来へと続いていく。
野沢温泉の未来への挑戦は、まだ始まったばかりだ。

左:高澤公治 1974年生。1995年にスキーノルディックスキー複合の選手としてW杯にデビュー。1999年には第77回全日本スキー選手権大会ノルディック複合で優勝を果たす。現在は株式会社野沢温泉スキー場取締役員を務める。 

中:上野雄大 1981年生。現役時代はスキークロス、ハーフパイプの選手として活躍。一戦を退いた後は、野沢温泉にフリースタイルスキーと自転車の専門店「COMPASS HOUSE」を開き、アクティビティの普及を進める。2025年からは野沢温泉村村長に就任した。

右:河野健児 1983年生。スキークロスのワールドカップ選手として12年間に渡り世界を転戦。XーGamesにも二度出場経験あり。現在はスキーブランドvectorglideをハンドリングしながら、野沢温泉内にて、宿泊施設や飲食店を運営しながら季節を問わず魅力を発信し続けている。

Information

野沢温泉スキー場

長野県下高井郡野沢温泉村大字豊郷7653番地
公式サイト:https://nozawaski.com/
公式SNS:InstagramFacebookX

POW Japan
公式サイト:https://protectourwinters.jp/
公式SNS:InstagramFacebookYoutube

Edit by Chise Nakagawa
Special Thanks by POW Japan

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