ICELANTICを取り扱うフリーフロートが、Hakuba Valleyの南端にある爺ガ岳スキー場を運営中

これまでスキーブランドが、もしくはスキーブランドを取り扱う会社がスキー場を運営したケースはあっただろうか? スキーのHartを製造していたアルペンがいまも運営するウイングヒルズ白鳥以外に、国内でそうしたケースは聞いたことがない。広く世界を見渡してもメガブランドが表立ってスキー場運営を行っているというのはほぼないだろう。

そうしたなかコロナ禍や気候変動といった、ウィンター業界に逆風が多い状況下にあって、今季からHakuba Valleyの最南端に位置する爺ガ岳スキー場の運営を担うことになった会社がある。それが、アイスランティックスキーを輸入販売するフリーフロートだ。

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写真左から坂本拓磨、屋田翔太、荒居悠の3人。彼らがフリーフロートのコアメンバーになる。皆、写真が撮れるなど、クリエイティブな作業が得意。坂本さんはトレイルランニング、屋田さんはDIY、荒居さんは「Mr.Moi」で音楽活動も行うなど、それぞれの活動も個性的。はじめてゲレンデが真っ白になった12月に撮った写真

フリーフロートは大町市に拠点を置き、アイスランティックスキーを国内に仕入れて販売するほか、まちづくり事業やクリエティブな活動を積極的に行っている会社だ。アイスランティックと言えば、こちらのウェブサイトを覗けば一目瞭然なのだが、MADE IN USAにこだわった頑強なスキーと美しいグラフィックが特徴のスキーだ。パークからバックカントリーまで幅広くカバーするラインナップは主に中上級者から支持を集め、国内展開しているコアブランドのなかでも認知度はとても高い。

アイスランティックでまず目を引くのはグラフィック。初年度から全てのグラフィックはアーティスト トラビス・パーが手掛けている

そんなコアなスキーヤーに向けたスキーを取り扱う会社が、爺ガ岳スキー場という初心者やファミリー層に受け入れられているスキー場の運営を任されているという。このミスマッチ感は何かが起こりそうな雰囲気だ。まずは、本題に入る前に、Hakuba Valleyの全体像をおさらいしてみよう。

Hakuba Valleyはこんなところ
爺ガ岳スキー場、滑ったことあります?

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詳細は上記の記事に譲るとして、ざっくり概要を伝えると、Hakuba Valleyは大町市、白馬村、小谷村の三市村にまたがるスキーエリア。直線距離にして南北約25kmのなかに10のスキー場が点在するHakuba Valleyは、昔から日本でも指折りのスキーエリアとして名高い。スキー場の背後には後立山連峰を有し、それぞれのスキー場の麓にはタウンが広がっており、山岳リゾートを存分に満喫できる場所だ。

それぞれのスキー場はたった十数キロしか離れていないのに、それぞれのスキー場の気候や降雪量は異なる。各スキー場はその景観と雄大な山体をいかして、大きな標高差があり、コースバリエーション豊富で、非圧雪コースや各種パーク、丁寧に整備されたグルーミングバーンと総合力の高いスキー場が並んでいる。

爺ガ岳スキー場からの眺め。街からすぐ近くのスキー場というのがよく分かる

そんななかフリーフロートが手掛けることになったのがHakuba Valleyのもっとも南にある爺ガ岳スキー場だ。ここは爺ヶ岳の東側の谷間地形に位置し、スキー場ベースの標高が940m、トップは1200m。スキー場から勇壮な北アルプスの山並みはほぼ拝めないかわりに、松本まで続く安曇野の平野部とその先にある美ヶ原高原が望める。


リフトは4基、斜面構成は初級者向けの緩やかなコースが70%を占め、平均斜度は13度。とくに、メインゲレンデとなるエコーゲレンデは、傾きが一切ないきれいな1枚バーンで幅も広い。初心者にとって最適なバーンであることはもちろん、インストラクターからも教えやすいと評判だ。
それにキッズパーク専用のゲレンデがあり、その脇には近頃では珍しい大型の牽引ソリ「トロイカ」がある。スキー場の方向性は100%、初心者やファミリー向けなのだ。

なぜ爺ガ岳スキー場の再始動を手掛けるのか
その想いとアイスランティックスキーとの関係性

スキー場の玄関口となるセンターハウス。チケット購入やレンタル受付、食事などを提供する

 爺ガ岳スキー場を運営することになったフリーフロート代表・屋田翔太さんに、今回の爺ガ岳スキー場のアップデートプロジェクトについていろいろと話しを伺ってみた。

「そもそも大町市には5つのスキー場が存在していました。青木湖、ヤナバ、大町スキー場、そしていまも健在の鹿島槍と爺ガ岳。そこへ爺ガ岳が存続の危機に直面しているときに、声をかけていただき、運営をやってみようというのが大枠の流れです。

センターハウス前のメインゲレンデ「エコーゲレンデ」。緩斜面で幅がとても広くうねりのない1枚バーンはいつも初心者で賑わっている


我々のような会社規模としては大きな冒険ですが、スキーを輸入販売している会社として、拠点にしている大町市からスキー場が減るのは、スキー文化が消滅してしまう危機だと捉えていました。この界隈の人たちから話を伺うと、スキー場の規模は小さいものの、初めてスキーをやった場所が爺ガ岳という人は少なくないんです。『俺がはじめてスキーをしたのは爺ガ岳だぞ』っていう年配の方も多くて、少なくともこの大町から松本あたりの地域で考えると、爺ガ岳で滑ったことがない人が少ないんじゃないかっていうほどです。

そうした背景があるからこそ、スキー場がなくなると地域文化の一つが失われてしまう。歴史が途絶えてしまう。大町には100人規模のスキークラブがまだまだあり、爺ガ岳をベースにしているスキークラブもあって、スキー場がなくなるとそうした方々の滑るホームゲレンデもなくなってしまいます。

それはつまりスキー人口の減少に拍車をかけてしまうため、それだけは食い止めたいと考えました。

キッズパーク付近では子ども向けのイベントも時折開催。宝探しゲームなど、誰でも参加できる催しが行われている

また、メーカーとしても、スキー文化があるからこそ、コアなユーザーが育まれ、コアブランドまで辿り着いてくれる。その根本となるスキー初心者がいなくなっては立ち行かなくなってしまいますからね。

コアブランドを取り扱っているからといって、スキー場をこれまでの初心者やファミリー向けからアイスランティックユーザーが満足するような仕様に変えていくことはあまり考えていませんでした。

爺ガ岳は大町駅から約8kmと街から近く、雪道を長く運転しなくていいアクセスの良さだったり、Hakuba Valleyのなかでも比較的天候が安定していたりと、まさにこれからスキーやスノーボードをやってみようという人に最適な環境です。

確かにHakuba Valleyのほかスキー場に比べれば、標高差も少なく、山も大きくありません。でもそれが逆に初心者やファミリーを受け入れやすい環境だと捉えて、そういった方々がスキー・スノーボードデビューをしたい、久しぶりにやりたい、小さな子どもを連れていきたい、というポジティブな方向に持っていこうと思いました」

一方で、コアブランドとしてのイメージが強いアイスランティックだけに、ブランドの看板を掲げた輸入代理店のこうした動きを本国はどう見ていたのか。本国との窓口になっている荒居悠にもそのへんの事情を聞いてみた。

「アイスランティックはフリーライドっていうジャンルで、誰でも乗れるスキーは作るけど、初心者用のスキーは作らないというポリシーがあるんです。
なので、爺ガ岳スキー場の運営を行うことになったと創業者のベンに話をしたら、『なんでそんな小さなスキー場をやるんだ』とブランドのイメージと乖離しちゃって、怒られると思ったんです。そうしたら『アメリカもそうだけど、小さなスキー場こそ盛り上げないといけない、初心者向けのスキー場を運営するのは良いことだ』ってメールが来たんです。
なんでも、ベン自身も一回滑ったことがあるみたいで。Hakuba Valleyの端っこの小さなスキーを滑ったことがあるアメリカのスキーブランド創始者ってなかなかいないですよね(笑)。

フリーライド、パーク、バックカントリーといったシーンにあわせたラインナップが豊富に揃う

スキー場の様々なリブランドを行っていく上で、アイスランティックのコンセプトでもある”Return To Nature”がキーワードになっています。サスティナビリティや地域貢献を大切にする企業文化や経営スタイルで、ベンからもこのコンセプトを好きになって、体現してほしいと言われています。

自然豊かな大町市に拠点を置く僕らだけに、自然と親しめる環境を自らの手で作り出していける喜びはあります。スキー場の改装にしても、なんでも作り直すのではなく、今あるものを最大限に活用しながら、持続可能な形で続けていく。
そういう考え方に則って進めているので、本国から過度な要望は一切ありませんでした。普通は大きくブランドのロゴ載せてくれって言いそうなんですけどね。ローカルのスキー文化に貢献できるこうした動きは、ジャパンオリジナルな活動だと思っています」

ライダーやスタッフが自ら手を動かし
DIYでスキー場を再生していく

大きく変わったのは、キッズパークの大リニューアルとセンターハウスや他施設の内装の2つだ。これ以外にも細かく、かつ新しい施策も多いので順を追って見てみたい。

これらの動きは全て先頭に立つ屋田さんのこれまでの経験によるものが大きい。彼はアルペンスノーボードのワールドカップに転戦し、競技引退後はアウトドアインストラクター、カメラマンとしても活動。重機をはじめとした様々な資格を持つ経緯をいかして、スキー場の変革を進めていった。

キッズゲレンデを3Dキャドに起こした左図。茶色部分が土を盛り込む部分で、緑が削った箇所になる。右が実際のキッズゲレンデ。傾きがなくきれいな1枚バーンになり、トロイカ山頂からは自然な勾配によって、横移動が簡単に

「自分も含めて、手に職をもったスタッフやライダーが周囲に多くいたので、ほとんどの作業を自分たちで行いました。とくに手を入れたのがキッズパーク。斜面が傾いていて、ほんのちょっとの違和感でも初心者は滑り降りるのに苦労するため、その傾きを一切なくし滑りやすくしました。

キッズパーク専用ゲレンデの横幅は55メートル、長さは95メートル。トロイカを降りてから緩やかな勾配によって横移動がしやすいので、どこからでも滑りやすくなっています。こうした自分のイメージを3Dキャドに落とし込めるライダーがいたので、パースに起こしてもらい、それを信州登山案内人の資格を持ちながら重機を操れる山城”ガチャ”喜也らが土を掘り起こしてキレイに整地しました。

左が改装前、右が改装後
椅子やテーブルは以前のままだが、壁とカーペットをリニューアルすることで清潔感ある空間に
小さな椅子も用意されているから子どもも座りやすい。床へ直に座っても綺麗だから安心
もちろん、アイスランティックスキーの展示もある。ただしスキーのレンタルは現在行っていない


センターハウスの「エコーハウス」やレンタルハウスの内装もスタッフ皆でやりましたね。古き良き昭和の雰囲気が残っていた旧センターハウスですが、床を全て新しいカーペットに張り替えて清潔感をもたせています。小さな子が手をついても嫌な感じはしないはずですよ。壁もすべて白く塗り直し、全体的に明るい印象になりました。インフォメーションはそのなかでも、木を基調にした設えになっています。

外観はいぶし銀な雰囲気ですが、中に入ると、綺麗でクリーンな見た目。もちろん、レンタル用具はウエアも含めてすべて一新。スキーやスノーボードだけでなく、個性的な乗り物も楽しめます。

モービルを格納する車庫も以前あった施設を改装。3Dキャドで起こしながら実作業も自分たちで行う。まさにDIYの極みだ
ポスターも個性的。初年度とあって写真や動画素材が少ないことを逆手にとり、イラストで温かみのある雰囲気に。ファミリー層を対象にしているだけに、子ども向けの施設に貼っていても違和感がないテイストだ。滑走シーンが一切ないというのも珍しい。こちらのディレクションは坂本さんが担当。ホームページをはじめ広報的な役割を担っている

ぶっちゃけ予算面もありますが、業者さんに依頼すると、その会社のやり方で進めていくのが常です。自分たちの頭の中にあるアイデアは時間をかけてでも、自分たちで手を動かしたほうが、良いものができると思っていました。それに手をかければライダーやスタッフたちのスキー場に対する愛着度も出てきますからね」

と話す屋田さん。

スタッフやアイスランティックのライダーらが自ら手を動かしDIYで作り上げるスキー場というのは、なかなか珍しいケースだ。
それぞれがリアルなスキーヤーで現場にいるからこそ、いまスキー場に求められていることを肌で実感している。そして、それを形にできるこの体制は、フリーフロート及びアイスランティックスキーの大きな武器だ。

また、これまでの全てを変えるのではなく、変化が必要なものとそうでないものを精査する。
その象徴と言えるのが、キッズパーク横にある通称トロイカという大型のソリだ。ケーブルカーのようなソリは、歩くのとほぼ変わらない速度で斜面を上っていき、リフトに乗れない小さな子どもたちからいまも大人気。1日乗り放題でも500円という価格設定とあって、週末は連日賑わっている。

左の大きなソリがトロイカ。レトロな雰囲気あふれる乗り物はマニア心をくすぐる作りになっている。その横にはキッズ用のゲレンデが広がる。詳細は爺ガ岳のTwitterを見てください

昔は各地のスキー場に設置されていたが、いまはほとんど見かけない。こう見えて特殊な操作が必要だけに熟練の運転手もいるとのこと。古き良きものは残し、使い勝手が悪くなったものはどんどん新しく変えていっている。

滑ること以外にも以下のような新しい試みを次々と行っている。

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最高のデビューゲレンデ爺ガ岳
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あたらしい試みのスノーモービルツアーも堅調。実際に自分でスノーモービルを運転していく体験型ツアーが人気だ

新生・爺ガ岳スキー場はこれまでのところ好調だ。考えていた様々な施策があたり、地元のファミリー層や初心者が多く訪れ、週末キッズパークはトロイカ待ちで長い列(感染症対策のため間隔を空けているからという面もある)ができている。
SNSを始めとした情報発信も活発のため、これまでなかなか目に留まらなかった人にも、その噂が届いていることもあるだろう。
最後に屋田さんから今後のことを聞いてみた。

「今シーズンはとくに地元の人に向けて、リニューアルされ、元気に営業していることで注目を集めることが第一目標ですね。
最大の目的であったスキー文化の火を消さないことはできたので、そこから一歩進んで、大町市に住んでいるなら誰もがスキーやスノーボードをやるというようなところにもっていきたいです。

そしてせっかくなら爺ガ岳でデビューした子達の成長がこのあとも見られれば。小さなスキー場から巣立ち、Hakuba Valleyの大きなスキー場や他地域、世界を滑って活躍してくれたらと思います。最終目標はそこですね」

コロナ禍によってこれまでの常識が覆され、改めてスキー場は誰にどんな面白さを提供できるかといった、各スキー場が特徴を見つめ直す時期になっている。

変化の激しいHakuba Valleyのなかにあって、独自路線を貫く爺ガ岳スキー場。「初めてスキーをするならどこが良い?」「子どもをデビューさせたいんだけど」と聞かれたら、ここの名前を出しておけば、間違いないだろう。

スキー・スノーボードデビューをするのに、最高の環境が整っているからだ。

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