モーグルW杯総合4位、杉本幸祐インタビュー「北京では初めてのことに挑戦」

一度はモーグルナショナルチームから外れたものの、そこから表舞台へ戻り、今季はW杯総合ランキング4位、北京五輪では9位の成績を収めた杉本幸祐。 張り詰めたシーズンから一時的に解放された4月。彼は野沢温泉スキー場で開かれたヴェクターグライド試乗会に参加していた。試乗やレッスンキャンプなど忙しい合間を縫って、今シーズンのことや北京五輪、そしてW杯では彼しか使っていないヴェクターグライドについて聞いてみた。

ーー今シーズンおつかれさまでした。北京五輪、ストックが折れるアクシデントもありましたが9位でした。ご自身の言葉で五輪を振り返っていただけますか。

良くも悪くもオリンピックを経験したことはなかったので、先入観がないっていうのはやっぱり良かったです。変なトラウマもないし、フラットな気持ちで望めました。

あちこちに五輪マークがあり、まさに夢の舞台。すごく強烈な場所だと思いました。でも、やったことがないので雰囲気も分からない。競技スケジュールも普段のW杯と比べて、オリンピックはちょっと特別だったんですよね。公式トレーニングが4日あったりとか。でも、スタートに立ったとき、自分で楽しめてるなって感じたり、すごい期待が持てました。もう一度行きたいなって思わせてくれる場所だったなと、いまは思います。

※gorin.jpのアーカイブで杉本選手の決勝の滑りが見られます。https://www.gorin.jp/video/6295678071001

ーー五輪出場前には、これまでサポートしてくれた方々へ五輪は恩返しになるといったコメントを残されていましたが、その点についてはどうですか。

そうですね。僕は順風満帆で北京まで来れなかったんで、ソチ、平昌を逃して、ナショナルチームから落ち、そこからなんとかギリギリのラインで北京まで上がってこれました。

ちょうど僕がどの大会でも16番以内に入れずチームから外れたときは、SAJも組織が変わったときで、21歳から上の年齢はナショナルチームに入る規定がすごく厳しくなりました。

W杯よりランクが下になるノルアムを回ったときに、選手という立場ですが、これまではコーチが手配してくれていた航空券、宿、レンタカーなどをすべて自分でおこないました。そういったことを経験したから、競技だけに集中させてくれる、コーチの存在はありがたいなっていう感謝しかありませんね。遠藤尚さん、神立のフュージョンバンプスの附田雄剛さんの2人がとくに面倒を見てくれて。そのおかげでまたチームに復帰できたのもあります。

ーー16番以内に入れなかった頃から比べて、今シーズンはいい成績を積み重ねましたね。なにがそこまで変わったのでしょうか。

スキーが変わったこともひとつあると思います。ヴェクターグライドのキャメルハンプは操作性がすごく高いので、行きたい場所にスキーがしっかり動かせます。でも、成績が出なかった時期から技術はとくに変えてはいません。同じことをずっとやり続けてます。
やり続けて、やり続けていたから……、いまのジャッジ陣が滑りを評価をしてくれるようになったのがあります。以前までは、総合力が低かったのですが、全体的に底上げができたと思っています。

ーー底上げできたのは、技術以外にフィジカルやメンタル面でなにか取り組んだことがあったのですか。

筋力トレーニング、ウエイトを担いだりはいまもやるんですけど、筋肥大といって筋肉を大きくするような筋力トレーニングは辞めました。

栄養士についてもらい体を絞ってみたんですよ。21−22シーズンはどこまで体重を落としたらベストパフォーマンスができるのかを図ろうかと。一時は7キロ体重を落としたら、立ちくらみがすごくて。「これはヤバい、こんなんじゃ無理」って。今度はちょっと体重を増やしてという感じで、増減の限界を試してみました。
その結果68、9kgが自分のベスト体重だと分かり、そこを上限に、増減の幅が大きくならないようトレーニングをしています。なので、筋力トレーニングもそこまでせず、長い時間、体を動かす有酸素運動を週どれだけって決めて取り組んだりしています。

あとは理学療法士さんに見てもらい、体の正しい動かし方を学びました。体を効率よく動かすことに注目し、関節一つひとつの動かし方などです。正確に動かさなければ怪我にも繋がりやすいので。
こうしたことはナショナルチームから外れたときに、プライベートで見てもらい、少しずつ変えていきました。

ーーやはりナショナルチームから落ちたときに、なにかしら変えないとマズいという意識からの行動でしょうか?

そうですね。スキーの技術は一切変えてないのですが、それ以外のことをこのままやっててもダメだなって思いました。同じことをやり続け、ベースの能力を高めるのもいいと思うんですけど、普遍的に変わらないものがあるなかで、どこに変化をつけて自分の力にするのかはかなり考えました。 ちなみに、今シーズンは、毎レース違うことにトライしました。もちろん、オリンピックでも初めてのことに挑戦しています。

自身初となる3位、表彰台に上ったディアバレー大会。第一エア着地から水が流れるようにターンへと入っていくシーンと、ミドルセクションの高速ターンが見もの

ーーえ? オリンピックででもですか? どんなことに挑戦したんですか。

オリンピックのときは普段決めているルーティンを一気に全部変えました。スタートに入るやり方、ウォームアップ方法、イメージトレーニングの数、本番前のダウンジャケットを脱ぐタイミングや、スキーを履く時機など、一切変えて、ぶっつけ本番で挑んでみました。

戦略的には1エアを着地した後、3コブほどをなるべく細いラインを通るのを一番のポイントにしました。それは差をつけたいと思ったからです。多分、準々決勝を2番手で通過できたのはそこが大きいかなと思います。

ーーなるほど。毎レースごとに変えるんですね。

結構、気持ち的に辛かったですよ、今シーズン。精神的には安心して挑みたいんですが、チャレンジをしなかったら、自分の成長が止まっちゃうような気がして。 でも、無謀ではないんですよ。頭で理解し、こうすればこうできるってイメージを立ててしながら、公式トレーニングで自分をプッシュします。気持ちも上げてチャレンジするのは、今シーズン全試合でやりました。

ーーちなみに、ナショナルチームを外れてしまっても、オリンピック出場への思いは強かったんですよね。この北京まで逆算したスケジュールはどんなイメージだったんですか。

そうですね。オリンピック種目は4年に1度の周期が変わらないじゃないですか。逆算してプランニングはしますが、成績のことだけを考えると、滑りがどんどん小さくまとまった滑りになりやすいです。一番は自分が思うカッコいい滑りをすれば、点数は自ずと後からついてくるっていう考え方の方のマインドに途中から変わってって、自分がいい滑りをすることだけにフォーカスしたのはあります。

逆に言うと、ナショナルチームにいるときにはそういったマインドにならなかったんです。数字(成績)ばかり追いかけていました。16番以内に入らなきゃ、決勝へ行かなきゃって。そればかり考えてました。

数字の呪縛から離れ、自身が理想とする滑りを追求し続けた今季。自然と成績もあがった。photo/Sho Endo

ーーそうなんですね。では自身が使っているスキーのことを教えてもらえますか。W杯に出ている選手のなかでも唯一のスキーブランド・ヴェクターグライドだと思いますが、出会いはどういった経緯だったのでしょうか。

ヴェクターグライドを使うまでは、ずっとハートスキーを履いていました。ブランドがなくなってしまうタイミングで、いまあるモーグルスキーをフラットな目線でテストしたんですよ。ID oneをはじめ、ロシニョール、ファクション、K2、フィッシャー、ヴェクターグライドなど、すべてに乗って、自分の滑り方にあうスキーを探しました。

そのとき、ビタッと反応したのスキーが、ヴェクターグライドだったんです。でも、ひとつ問題があって、他ブランドはSAJの使用規定を満たして大会で使えるんですけど、その時はヴェクターグライドはSAJの公認をとっていませんでした。

なので、このスキーが良いという気持ちがあっても、ブランドがSAJ公認ギアの認定をとってくれるかどうか分かりません。

まずは、ヴェクターグライドを使ってナショナルチームに戻りたい、世界で戦いたい、という気持ちを秋庭さんにぶつけることが最初の関門でした。秋庭さんも話を聞いて応援してくると言ってくれ、すぐにSAJの公認ギアの認定をとって、移籍できたという経緯があります。男気を感じましたね。

僕のために公認をとってくれたと言っても過言ないので、プレッシャーは半端ないですけどね。僕しか履いていないので。ただ好きだったからではなく、全てのスキーを試して、一番自分の滑りに合っていたんです。移籍して2年目になりますが、ブランドのなかでは、僕は一番下っ端です、笑。

過去にはモーグルやスキークロス、スノーボードクロスでコンペティションシーンでの実績を残していた。パウダーやバックカントリーのイメージが根付いたVecterglideだが、2020年に加入した杉本選手らをきっかけに、改めて日本人選手と共にコンペティションシーンにおいての挑戦がはじまった

ーー自分の滑りにあっていたとありますが、ご自身の滑りの特徴を端的に説明してもらっていいですか。

自分の滑りの特徴は、総合力の強さだと思っています。例えばターンやジャンプが優れてる選手は何人もいます。でも、いま世界ランキング4番にいる理由のひとつは、スタートからゴールまで高いクォリティが保てることです。例えば、ジャンプをして着地してからのコブの繋ぎ方などは、いまの自分の強みかなと思ってます。

ーーそういった総合的な滑りのクォリティにスキーがピタッとはまったんですね。細かい部分でのスキーとの相性はいかがですか。

僕はクラウンの資格も持っていて、基礎スキーもやってました。モーグル選手のなかでは結構外足に加圧をかけるタイプの選手だと思ってるんです。そのなかで、他のスキーを履いたときに、踏んだ力に負けるスキーが多いと感じました。外足に荷重をしたとき、ちょっとコブが受けていると、踏んでもしなりが返ってこない、状況によっては上体が潰されて、そのまま前方にスタックしちゃったりすることが多かったです。 ヴェクターグライドは、踏んだなりのレスポンスがしっかり返ってくる。そうした滑走性がすごいなと思いました。

高速でもコントロールしやすい滑走性能 photo/Sho Endo
空中でも取り回しやすい軽さ photo/Sho Endo

ーーなるほど。しっかり板を踏みこんで乗るスキーが好みなんですね。

スキーを変えていきなりW杯があって、成績がでなかったらスキーのせいにされるし、すごくイヤでしたよ、笑。ただ、幸運にもやることなすことすべて上り調子にできました。本当に自分の技術を高めるのに、助けてもらったのはこのキャメルハンプの力もあるなって思います。

ーーコブ斜面以外でもスキーを試したんですか。

そうです。フラット斜面も滑り、コブも入ってという流れです。朝イチからスキーに乗る順番もあるじゃないですか。なので、3日間、朝イチの硬いバーンの時に絞り、毎日順番をシャッフルさせて試しました。

ーー自分の滑りとスキーをすり合わせるのは時間はかかるものですか。

そうですね。とくに踏んだときの反応。モーグルってフラット斜面ではないうえに、コブの形がすべて違うじゃないですか。同じ条件がひとつとしてないので、同じ印象で滑っても、コブから感じるフィーリングは違います。モーグルスキーと滑りを合わせるのは結構大変じゃないかなと思います。

ーーそうなると、1シーズン通してスキーを使ってみないと、わからないことも多そうですね。

そうです。シャバ雪のとき、ガリガリの氷のとき、コブの上にちょっと雪が降ったとき、パック雪など。あとは、斜度ももちろん関係します。本当に1シーズンちょっと乗ってみないとですね。

実は今シーズン、新しいスキーを試していた時期もありました。いまあるスタンダードモデルより、ハードのタイプです。トップからテールまでのフレックスとトーションを10%ずつ硬いものを仕立ててもらったんです。

オリンピック前の海外合宿のときに届き、フラットで感覚を掴んでコブを滑ってみたんです。最初の2本ほどで感覚が悪かったら使うのを辞めようと思ってテストしたんですけど、スキーに滑りを全然合わせられなくて……。 オリンピックまで時間もなかったので使わなかったです。でもいま思うと、もうちょっと乗り続けてたら、乗れたのかなぁと。
いまはどうしようか迷ってて、来シーズン使おうかと試しているところです。

ーー少し硬くなったスキーを乗りこなすことによって、自分の滑りの次元を上げられるイメージはもうできているんですか。

はい、上がると思ってます。これまでは尖ったコブへまっすぐにスキーを進めたときに、イメージよりもたわんでいたので。スキーがいまよりも硬くなれば、たわみが抑えられ、前への推進力に繋がるんじゃないかなと。そうすればば滑走スピードも上がりますし、まっすぐ勢いのあるターンがもっと出しやすくなるかなと。で
も、スキー全体を硬くするとしならずに、バックウエイトになりやすい。スキーがどんどん前に走りやすくなるので、そこは気をつけないといけないとです。スキーを自由に動かせるベストポジションを保つのが、これまでよりも難しくなりそうですが。

ーー少し気が早いですが、来シーズンのパフォーマンスが楽しみですね。充実した今シーズンだったと思いますが、来季以降の目標は?

もっともっと滑りの質を高めたいことが一つ。それからW杯でいま以上の成績を残していきたいのが目標ですね。

Profile|プロフィール

杉本 幸祐
1994年12月2日生まれ。静岡県袋井市出身。今季、W杯でスーパーファイナル進出を連続し、第8戦ディアバレーでは3位の座に立ち、念願の初表彰台も達成。北京五輪では9位、W杯総合4位、DM総合10位と五輪の年にピークをあわせて、ランキングが急上昇。堀島行真、原大智が同期となる
Instagram @b1ackcoffee

photo/Sho Endo

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