飯山に移住して考える「雪を守る」暮らし方  −編集者 尾日向梨沙(おびなた・りさ)さん|Sustainable life

スノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を中心に、編集者として活躍する尾日向梨沙さんは、2020年に湘南から信州へ移住し、念願の田舎生活をスタートした。ハーフビルドの家を建て、太陽光発電で電気を補い、畑で野菜を育てる。そして冬には、毎日のようにスキーを滑る日々。長年憧れてきた、自然のなかでの生活を通し、新たにみえてきたこととは。


東京で生まれ育った尾日向さんは、大学卒業後、出版社に就職。スキー専門誌『Ski』『POWDER SKI』などの制作に携わり、編集長も務めた。今から7年前に独立、スノーカルチャー誌『Stuben Magazine』を創刊。現在は、長野県飯山市にパートナーとともに移り住み、フリーランスの編集者として活躍の場を広げている。


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自然のなかで全てが「循環」する暮らしに憧れて

――2年前、雪国の飯山に移住。編集の仕事をするには、首都圏にいた方が便利な気がしますが、なぜあえて地方へ?

尾日向さん(以下O) 長年、スキー場やその周辺の町を訪れ、取材を重ねてみえてきた「雪国での暮らし」。それを自分で実践してみたくなったんです。

一般的には雪が多くて大変だし、不便だと思われがちですが、実際、そこで暮らす人たちと接してみると、いろいろな意味で本当に「豊か」なんだなぁと感じます。自然がすぐそばにある環境で、自給自足や地産地消といった生活は昔から当たり前のようにあって、雪が降り、解けた水は森に蓄えられ、麓の田畑を潤す。それが作物を育て、人は自然の恵みを食す。一年を通じて、すべてが「循環」しているんです。

一方、20~30代の頃の自分の生活はといえば、編集作業に追われて夜遅くまで電気をがんがん使い、食事はコンビニで済ます日々……。雪国に住む人たちを記事に取り上げているにも関わらず、彼らとはかけ離れた自らの暮らしぶりにギャップを感じることが多くなってしまって。いつかは自然とともに暮らす生活をしたいと考えるようになりました。

尾日向さんが暮らす山間の集落。朝焼けの美しい光に包まれた、ある冬の日

――仕事を通じて知り合った方や、スキー仲間の影響も大きかったとか。

O 右も左もわからない新人時代、当時携わっていた雑誌『Ski』の編集長から、ニセコ取材を一人きりで任されました。そのとき、カメラマンとして撮影を担当していたのが、後に『Stuben Magazine』をともに立ち上げた渡辺洋一さんでした。それ以来、仕事もスキーも実際の上司よりも多くを学ぶこととなり(笑)、いわば私の師匠のような存在です。

ニセコに暮らしている渡辺さんは、かなり前から自然環境を意識した生活をされています。15年ほど前に建てた自宅兼オフィスは、高気密・高断熱に優れていて、空気の循環を考慮するなど自然にローインパクトな設計。庭に木々を植え森を育み、大きくなって間引いた木を、地元の木工作家さんに依頼してテーブルとして自邸で使うなど、楽しみながらサスティナブルな暮らしを実践している。そんな風に取り組む姿勢を傍らで見てきたことも、大きかったですね。

――長年のそうした流れのなかでの移住。ではなぜ、飯山を選んだのですか。

O ここは国が指定する特別豪雪地帯でもあり、何よりスキーが身近な環境だからです。神奈川県にある『松の杜くげぬま』の維持保存活動などの関係で、首都圏への行き来のしやすさも考慮。あとは、気の良さと観光地でない田舎っぽさにも惹かれました。

東京時代、家は寝るためだけの場所だったが、移住してからは家での時間を楽しんでいる

雪国で目指す、できる限り自給自足の生活

――飯山に完成したのは、多くの部分を自分たちで手を入れるハーフビルド方式の家。ここにも、かなりのこだわりが感じられます。

O 幸いにも、スキー場が近くて絶景の土地とめぐり合うことができました。なるべく環境に負荷をかけない家づくりを目指し、長野県産の木材を活用し、壁には珪藻土を使うなど自然素材を多用しました。1階は、室内と外に広がる自然との境界線をなくしたくて大きな窓を設置しましたが、省エネも考えて気密性の高い木製のサッシを選びました。冬、メインとなる暖房器具は薪ストーブ。これも県内メーカーのもので、使用する薪も地元で手に入れて、パートナーが薪割りしたものです。夏には、自家菜園で野菜をつくることで、買い物に出かけなくても済む。自給自足とともに、使うエネルギーをできる限り省いた暮らしを心がけています。

――2年前からは太陽光発電システムも導入し、電気の自給自足も目指しているそうですね。

O 自然エネルギーの活用は、以前から考えていました。スキー場の雪不足など、地球温暖化の影響を年々目の当たりにするにつけ、二酸化炭素を排出する化石燃料に頼らずに生活したいと思っていたのです。そんななか、たまたま太陽光発電の専門家の方々と知り合うことでき、いろいろアドバイスを受けながら、雪国でも太陽光発電ができる画期的な方法を考えていただくことができたのです。

発電システムの要となる太陽電池パネルは、実は「雪」が苦手。それを、尾日向さんの家では「軒下壁面設置」というユニークな方法で克服した。具体的には、パネルを一般的な屋根上ではなく、外壁に設置。70度という角度をつけることで、雪は自然滑雪し、しかも太陽の光を効率的に受けることができる仕組みだ。電気使用量が多くなる冬場に高効率で発電するよう設計したが、地面に積もった雪が太陽光を反射させることで期待以上の発電量を記録するなど、太陽光発電業界にとって革新的なモデルともなった。

太陽光発電に関する情報発信サイト『太陽光生活研究所』で、エッセイを担当する尾日向さん。ソーラーエネルギーを活用した日々の暮らしを紹介している

――実際に太陽光発電を導入してみて、生活は変わりましたか。

O 一年を通して太陽光発電だけで生活が賄えている日が多くて、驚きとともに大きな充足感があります! 今日は天気がいいから、発電している昼間のうちに洗濯機を回しておこうとか、これまで当たり前に使っていた電気を意識するようになりました。太陽の光でつくった電気を蓄電池にためておけたり、余剰分は売電もできたりと、自分の家が小さな「発電所」となっているのは、シンプルにすごいことだと思います。

太陽光発電自体は、もちろん珍しくはないけれど、雪国で、とくに飯山のような豪雪地帯でのシステム設置は難しいといわれてきたそうですが、さまざまな人たちの思いや工夫が形となり、実現できたということを誇りに思います。雪国が半分くらいを占める日本で、こういった取り組みが注目され、広がっていったらうれしいですね。

スキーを中心に暮らす豊かな毎日

――冬には、どんな風に暮らしていますか。

O ハイシーズンは、まず朝イチに滑りに行きます。大体、1~2時間くらい滑り、帰って来たらウエアを着たまま、家のまわりを除雪。その後、デスクワークというのが、よくある1日の流れです。

――21-22シーズンには、何日滑りましたか?

O 80日くらいですね。実は、移住前と同じくらいの日数なのですが、中身は全然違います。今はスキーが日常のなかにあって、朝のジョギングみたいな感覚です。ホームゲレンデの戸狩温泉スキー場はアットホームな雰囲気で、非圧雪ゲレンデも多く、毎日滑っても飽きないですね。毎日のように滑るからこそ、雪の変化も感じやすく、自然と対話しているような感覚になります。

これまでは取材など目的があって、合間にプライベートも詰め込み、予定を組んでスキーに出かけていました。今は誰かと約束するわけでもなく、コンディションを選んで行ける。行かない選択もできるし、その分、いい日は逃さない。スキーが生活の一部としてあるからこそ、できることだと思います。

――うらやましい限りです。

O ときにはゲレンデに行かず、家の裏山へスキーを履いて出かけることもあります。パートナーとともにちょっと散歩をするような感覚で、シールをつけて20分くらい歩いて、なんでもない斜面を滑るんです。誰にも会わない、そういう時間がほんとうに楽しくて豊かで、自分自身のバランスを取ることもできるというか……。もっと早く、移住すればよかったと、つくづく思います。

――とはいえ日本有数の豪雪地帯ですし、大変なことも多いのでは?

O 先シーズンはとくに積雪が多くて、雪かきをしても、数時間後にはすっかりリセットされて、そしてまた雪かきをして、の繰り返しでしたね。それに、わが家は除雪機を持っていないので、全て手作業。雪を中心に考える生活で、天気予報を確認しながらスケジュールを立てるなど、時間の使い方が雪の降り具合に左右されたりと、たしかに大変な部分もありますが、でも雪を求めて移り住んだので、それをも楽しみながら過ごしています。

戸狩温泉をはじめ、野沢温泉や志賀高原などの北信地方、さらに白馬方面のスキー場まで、日帰りで行ける距離感というのは、なんともうらやましい。愛猫の空くんも、雪国での生活を楽しんでいる様子

――こうした生活をすることで、『Stuben Magazine』の本づくりにも何か影響はありましたか。

O 『Stuben Magazine』には「雪国からの発信」というコンセプトがあります。編集室はニセコにあり、それまでは私も頻繁にニセコに通ったり、国内外の雪山各地をめぐり、雪国生活者の声を多く取材してきました。スキーやスノーボードの直接的な記事だけでなく、自然環境や雪国独自の文化に関する記事が多いのは、生活者からの視点を大切にしているからです。そういう意味では、自分自身もついに雪国生活者になったことで、より、共感する部分が増えたり、雪と共存しているからこそ、思い浮かぶアイデアもあったりします。

また、まだ移住して3年目を迎えたばかりですが、少しずつ地域コミュニティに携わることで、自分の住む地域や周辺地域に関心が高まり、地域密着型の取材や発信もできるのではないかなと思っています。移住者だからこそ、外からの目線で地域の魅力を客観的にとらえることができたら良いですね。

『Stuben Magazine』

2号「山岳リゾートと自然エネルギー」という企画では、自然資源を活かしたエネルギーを先進的に取り入れているヨーロッパや日本の地域を特集。3号の「雪国の食と暮らし」企画では、国内でスキーやスノーボードをライフスタイルに、グリーンシーズンは自然と向き合いながら、”食”について真正面から取り組む方々の様子を紹介している。気になった方は、ぜひともご覧いただきたい。バックナンバーは、『Stuben Magazineのオンラインショップで取り扱っている。

また6冊目となる最新号は、11月下旬に発刊予定だ。6月10日より、新たな試みとして、クラウドファンディングをスタート。協賛企業だけでなく、読者の協力を求めながら、新しい本づくりの方法を模索し、挑戦している。詳細はコチラへ。

雪を守るために。滑り手だからこそ、できること

――将来も自然の恩恵を受けて暮らしていくために、今、具体的にできることとは。

O 私自身の取り組みでいえば、例えば省エネを意識して、炊飯器や電子レンジの使用をやめ、エコラップや竹製の歯ブラシなどを使い、プラスチック製品を選ばない、洗剤なしで使える天然素材由来の布を食器洗いに活用したり、シャンプーや化粧水は手作りする、など。小さなことですが、その積み重ねが大切だと思います。

――畑での野菜づくりとかも?

O 自分たちで食べるものを、自分たちでつくることができることに、すごく充実感を感じます。とくに春から夏は、自家菜園だけでなく、山菜採りやご近所からもお裾分けもあり、周辺の食材だけで食事が賄えるんです。買い物に出かけることも少なくなるので、車での移動もしないし、余分な包装も使わない。なにより野菜がおいしくて! 自分の身体も、地のモノでつくられているんだなと実感できます。生ごみはコンポストを使い、肥料にして畑の土に活用したり。こうした「循環」が結果、環境維持に少しずつでも役立つのかなと。ストイックになりすぎず、純粋に楽しんでやることが続ける秘訣でしょうか。

――飯山での生活を通して、スキーヤーとしても、編集者としても、かなりいい刺激を受けているようですね。

O そうした「気づき」を与えてくれたのはスキーです。自然に触れることで、自分たちが遊ぶフィールドを守りたい、将来も変わらずスキーができる環境を残したいと強く思うようになりました。以前は、ただ滑れればいいと思っていたけれど、今、スキーができる環境があるのは、ありがたいことなんだと。とくに飯山では、四季の移り変わりが目に見えるほど、自然が身近です。そんななかでは一層、環境を守りたいという気持ちは強くなりますね。

――これからの暮らしについては?

O これまでは、私があちこち旅して、行く先々で豊かな暮らしを垣間見たり、たくさんの刺激を受けてきました。それは子どもの時に、両親にスキーやキャンプに連れて行ってもらった頃からずっと続いていて、数々の自然体験が、今の自分自身の在り方にもつながっていると思います。移住して、都会から友達が遊びに来てくれるようになって初めて、迎え入れる立場の気持ちがわかるようになったんですね。自家製野菜を食べてもらったりお土産に持たせたり、山菜採りに連れて行ったり、景色のいいところへ案内したり。すっかり田舎のおばあちゃんみたいな気分になってしまって、田舎自慢です(笑)。

すると、都会の友人やその子どもたちはとっても喜んでくれて、自然な流れでサスティナブルな生活の談義になったり、子どもにスキーをやらせたいと言ってくれたり。子どもたちが、大自然のなかに飛び込んで、思いっきり遊びながらいろんな経験をすること。それがいずれ、自然環境を身近に考えたり、人生をより豊かなものにさせるきっかけになるかもしれません。メディアを通してだけでなく、自分の身近な家族や友人たちへも、実体験を通して何か感じ取ってもらえたらうれしいですね。

【Profile】
尾日向梨沙 Lisa Obinata

1980年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、13年間、実業之日本社にてスキー専門誌『Ski』『POWDER SKI』などの編集を担当。2013年より同雑誌の編集⾧を務める。2015年に独立し、スノーカルチャー誌『Stuben Magazine』の創刊に携わる。2018年より藤沢市鵠沼の自宅を舞台に歴史的建造物と周辺の緑の保存活動を開始。2020年に湘南から⾧野県飯山市に移住し、雪山と自然に寄り添ったナチュラルなライフスタイルを実践中。

Photo: Takanori Ota, Lisa Obinata

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