滑走ログ解析でゲレンデ改革!産学連携の取り組みで滑走満足度アップを果たした星野リゾート トマムの事例

星野リゾート トマムは、標高1,239mのトマム山に広がる「トマムマウンテン」と東側の「タワーマウンテン」の2つの山から成り、広大なフィールドには全29コースが展開されている。北海道のありのままの自然を自由に滑ろうと「冬山解放宣言」を掲げ、リゾート内でツリーランや、パウダーなどそのままの地形を楽しめる「上級者限定解放エリア」を設定している。

こんな星野リゾート トマムで、実は2012年に今に繋がるユニークな研究が行われていた。実施者は森林管理や地図情報活用の研究者で、元北海道大学大学院環境科学院コーディネーターの吉村暢彦さん。吉村さんの研究の狙いとは、そして、そこからわかったことはどのようなことか、その結果は何に繋がっていったのかを紹介しよう。


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研究のねらい

吉村さんの行った研究とは、シンプルにいえば、ユーザーや圧雪車にGPSを装着し、その滑走ログデータを収集し、その結果を分析したというもの。
なぜこの研究を始めようと考えたのか?

「トマムのリゾートの中でスキーヤー・スノーボーダーにとっておもしろい間伐ができないかって思ったんです。それが研究の着想でした。間伐の可能性を含めた、より魅力的なコース造りを提案するにも、根拠となる実証データがあったほうが強い、そう思ったんです。

実は、自分がより楽しいツリーランをしたい!というのが強い動機でした(笑)。この調査でリゾートの持つ魅力をあらためて確認し、これまで気づけていなかった潜在的に可能性のある場所を発見できたらいいなぁって思ったんですね」

と語る吉村さんは、実は年間100日間も滑走しているコアスノーボーダー。
研究が定めたねらいと、取り組んだことはこの3つ。これらに迫るために必要なのが滑走ログだった。

【3つの取組み】

圧雪:魅力アップと省エネを両立する方法をつくる(圧雪場所×ユーザーの滑走軌跡)
マップ:情報で魅力の幅を拡げる(現状の情報提供×ユーザーの滑走軌跡とヒアリング結果)
森林管理:滑走エリアの森林管理方法を提案する(立木密度×ユーザーの滑走軌跡)


研究の実際と分析からわかったこと

研究調査の内容はこのようなものだ。
星野リゾート トマムを訪れたユーザーに対して、2012年1月~3月の間で15日間、95人にGPSを装着、114人にヒアリングを行った。得られた滑走ログというデジタルデータと、滑り手の感想というアナログデータを統合的に解析したのだ。

GPSで滑走ログを得ることで、ユーザーがどのように滑っているかが明らかになる。どのコースがどれくらい滑られているか、またレベルによってはどうか、滑っているスピードなど、それらが滑走ログからわかるのだ。

例えば、この解析マップは、利用状況を示したものだ。赤色の部分は利用が集中しているところ、青はそうではないところだ。茶色の棒グラフはそのコースの利用数を示す。これでゲレンデのどの部分がどれくらい滑られているか一目瞭然になった。

星野リゾート トマムの現在のゲレンデマップ
(右がタワーMt・左がトマムMt.)
ユーザーの滑走状況。色が寒色から暖色になるにつれて滑走が集中しているところを示している。棒グラフはそのコースの利用数。

GPSデータを活用し導線を変更・利便性がグンと向上!

昔からスクールやレンタルのあるリゾートセンターはトマムマウンテンに設置されていたが、当時、初級者がリフトでリゾートセンターまでアクセスすることはできなかった。わざわざバスに乗って移動するのが不便なことは、ゲストへの満足度調査でもコメントが出ており、現場では認識していた。そんな状況のなか、この調査によって初めてタワーマウンテンを滑っている初中級者のほうが多いことが明らかになったのだ。

データによって抱えていた問題が見える化され、現場で考えていたことが確信となり、利用環境の改善への力強い後押しになった。託児室やスクール、レンタルなどの施設をタワーマウンテンに移動。ゲストの導線を実際の動きに合わせることで利便性をグンと高めることができたのだ。

その後、リフトの架け替え時やゲレンデ造成時に改善が重ねられ、今では、初級者もリゾートセンターへリフトアクセスが可能となっている。当時の調査データがしっかりと活かされたことは言うまでもない。

下部の長いフラット部分に傾斜をつけて不満を解消!

GPSはスピード計測もできるので、滑走ログからゲレンデのどの部分がどのようなスピードで滑られているかがわかる。社内の顧客満足度を計測するシステムからは、当時ユーザーの満足度調査で多く不満が出たのが、ゲレンデ下部の長いフラット部分で板が止まってしまうことだった。

滑走スピードが落ちる部分にウェーブを作ったり、傾斜をつければスピードを維持することができる。そこで、滑走ログのデータをもとに失速する部分に土木工事で傾斜をつけた。それによって問題が劇的に改善、ユーザーの不満の解消に繋がったのだ。土木工事には費用がかかるため、その判断にデータは非常に有用だったという。

レベル表示のサインボードを修正。幅広く楽しめるようにした

以下の分析マップはレベルによるコース滑走量を示しているが、技術レベルと滑走ログを照らし合わせてみたところ、「上級者向け」とされるコースでも、中級レベルの人も普通に滑れていることがわかった。

初級者が滑っているところ
中級者が滑っているところ
上級者が滑っているところ

レベルを指定してしまうと、それだけユーザーが楽しめる選択肢が狭まってしまう。そこでユーザーが多様に楽しめるようサインボードの表示を見直した。

これも分析データがあることによって実現した改善だ。

研究知見からゲレンデマップが完全に作り変えられた

この研究がもたらした大きな成果として、トマムのゲレンデマップを完全に作り変えることになったことがある。昔のゲレンデマップは、サインボードやマップ表現がわかりづらく、コースとコースの接続性がわかりにくかった。

しかし、GPSデータで滑走の軌跡が追えたことで、ユーザーがどのフォールラインを滑っているのかも明らかになった。それによって効率の良いリフト回しや、コースルーティーンを示すことができた。

データはコースの接続情報の提供だけでなく、コースの魅力を表現することにも活かすことができた。GPSから滑走スピードとターンの大きさが見える。ユーザーたちが感じているであろう気分や滑りの雰囲気がGPSのデータに表われていることを活用して、マップ自体もわかりやすく、少し誇張して楽しそうに表現したらどうだろう? と考えた。

どうやったらそこに誘導できるかの導線もマップの中に盛り込んでいくために、当時は関係者でとことんディスカッションをした。

当時のマップ制作の様子
「ここはこう遊ぶと楽しい!」楽しみ方のアイデアも出しあった

ちなみに、昔のゲレンデマップはタワーマウンテンがすごく小さく見えていた。これでは実際のスケール感や滑り降りてくる臨場感が薄くて、コースが魅力的に見えない。2枚のマップを見比べてみると、Before ・Afterでずいぶんと違う。トマムマウンテンが大きく立体的に迫ってくる印象に変わったのだ。
「このマップはGPSデータがなかったら、できなかっただろう」とは担当者のコメントだ。

Before : 昔(研究調査前)のゲレンデマップ
After : 現在のゲレンデマップ

現在もオフィシャルサイトで公開されている星野リゾート トマムのゲレンデマップを見ると、当時、吉村さんが関わって創り出したものがベースになっている。

ユーザーに最大限、楽しんでもらうためのナビゲーションは重要だ。それにはコースマップの見直し、サインボードの見直しは必須。GPSやGISを用いて、ユーザーや現場スタッフの「知っている」や「感じている」の可視化と共有ができたことにより、行動を後押しすることができた。それは一つの大きな研究成果だったのだ。


圧雪車を使った研究から得られたこと

GPSを使った調査は圧雪車にも広げられた。6台の圧雪車にGPSを搭載し、1日の走行ログを収集。どのコースをどれくらい圧雪しているか、コースのどの部分を圧雪しているか、圧雪にかかった時間などのデータをとった。何がわかったのだろう。

圧雪による滑りの魅力アップと効率のいい圧雪車オペレーション

データを分析すると、必要のないところに圧雪を過剰にかけていたことがわかり、燃料も時間も無駄になっていたことが明らかになった。この研究によって、これまでよりも1日30分くらい早く作業が終われるようになったという声がオペレーターからあがり、作業の効率化に大いに貢献した。

吉村さんは、この研究に以下のような可能性を見出していた。

●効率がよさそうな理想の圧雪ラインを探す 
⇒無駄な圧雪をしなくなることで、時間節約・燃料経費削減・労力の削減に繋がる

●圧雪しなくていいところはないかを探す 
⇒ユーザーの滑り方に応じた圧雪を。パウダー愛好者のために非圧雪を残したり、中上級者向きのラインをつくったりできたら、滑り手にとって滑走の魅力がアップし、集客効果にも繋がる

●ナビシステムの構築
⇒効率の良い走り方を計算し、圧雪車の中で車のナビのように確認できる仕組みがあるとよい。圧雪車のオペレーターの技術や経験格差を埋めたり、新人教育にかけるコストや時間の削減にも繋がる

●CO₂削減効果の計算
⇒環境への取り組み。圧雪の燃料費からCO2削減効果を計算できる。圧雪車を効率よくオペレーションすることで結果的に圧雪車が排出するCO₂を抑えることができる

この研究が行われたのは約10年前だ。かなり時代を先取りしていた感があるが、今に繋がっているところも多い。こんなふうに吉村さんは語った。

「スキー・スノーボード人口が減っていくなかで、滑走自体の楽しさや満足度を向上させるためにスキー場ができることは、圧雪やコース造成くらい。雪の降り方は変えられないですから。すると、「思いを込めて」コースを創っていくのが大事じゃないかって思うんです。例えば上達を促すようなコース造りや、楽しさや心地よさを追求するコース造りも魅力があると思う。

その延長で、やっぱり間伐を推進したい。間伐を進めれば森林全体の成長を促して、CO₂の吸収量を増やすことができる。必要な森林管理をスキーヤー、スノーボーダーから進める。当時はCO₂のことはあまり考えていなかったけれど、ユーザーと一緒に間伐したら楽しいな、間伐材で何か作ってみたり。そういうスキー場とユーザーとのコミュニケーションもあると思います。今後はSDGsやCSVといった今の時代のニーズとマッチした研究ができたらいいなと思います」

星野リゾート トマムは早くからCSV経営に取り組んできた。こういった研究事例が、これからのリゾートの目指すCSV経営やSDGsへの取り組みのヒントにもなるかもしれない。

※CSVとは「Creating Shared Value」の略称で、「共有価値の創造」を意味する。CSVを経営やマーケティング活動に取り入れることで、企業が経済的に成功するための新たな手法と捉えられている。本業を通じて社会課題を解決していくことで、社会貢献と企業利益を両立できることがCSVの重要な点となっている。


教えてくれた人

FiveQuesitionZ合同会社代表社員
酪農学園大学特任准教授 吉村 暢彦

福岡県出身。現FiveQuestionZ合同会社代表社員、酪農学園大学特任准教授。リモートセンシングやGIS、GPS等、空間情報技術の活用が専門。博士(環境科学)。ソロモン諸島での持続可能な森林管理プロジェクト等、発展途上国の持続可能な森林管理のための技術支援を進める。スノーボードはライフワーク。スキー場のすぐ近くに住み、ほぼ毎日滑っている。

取材協力:星野リゾート トマム

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