日本のパウダーのクオリティは極上、それを目指して世界中から日本にやってくるインバウンドのスキーヤー・スノーボーダーは数えきれないほどいる。しかし、もしも自分のホームマウンテンが世界屈指のカナダ・ウィスラーで、パウダーは滑り放題。なのに一番雪のいい真冬の時期にわざわざ毎年、日本に滑りに来る。どうしてだろうか?
スキーヤー Shane Szocs(シェーン・ザック)
ここで紹介するのは、とんでもなく日本好きなカナディアンだ。住まいは北米のトップスノーリゾートであるウィスラー。名前はシェーン・ザック。若いころはモーグルのカナダ代表として活躍し、ツインチップスキー黎明期には一世を風靡したカナディアン・エアフォースのメンバーとして、フリーライドの世界を牽引してきた男である。
コチラは、当時シェーンが大活躍していたころ発刊されていた「Generation-X」というフリースキー雑誌でのシェーンの記事。ムービースターのような存在感とダイナミックなライディングで、フリースキー界でいつも注目を浴びていた。
インバウンド激増のなかコアなJAPOWを目指すカナディアン
シェーンの初来日は30年ほど前にさかのぼる。日本訪問が始まったのは彼が20代前半のころ。それから約20年。インバウンドがやってくる遙か前に、ニセコ、苗場、野沢温泉、志賀高原などなど日本の有名スキーエリアをめぐっている。選手としてやってきたのち、日本の雪質に惚れ込み、チャンスをつかんで何度も来日した。
シェーンが40歳を迎えるころ。日本は徐々にスキーやスノーボードを目的とするインバウンドが増え始めてきた。シェーンも、ここまでプロ選手として活動はしていたが、徐々に自分自身のために日本を滑りたくなった。ある年、日本人の友人CHIYASU氏と二人、2週間ほど予定を作らない東北ヘスキートリップに出かけた。
目的は雪質が素晴らしい日本を感じる日本らしいスノースポットを探すこと。理由は、ニセコ、白馬、妙高など日本のJAPOWはどんどん有名になってきて、せっかく日本に滑りに来ても「ガイジンがいっぱいで英語だらけ、日本をぜんぜん感じない。僕はガイジンが居ない日本らしいスキー場で滑りたい」だった。
事前にグーグルアースでスキー場の斜面を見て、ここならよさそうと目星をつけた東北のローカルスキーエリアをいくつも巡った。青森、岩手、秋田、宮城、山形、シェーンが気に入ったスキーエリアは各県でいくつも発見できた。その中でもこれは、という場所が一つあった。雪質が良くてサイドカントリー、バックカントリースポットが開拓できそう。近くには日本情緒たっぷりのひなびた温泉がある。
シェーンは仲間を連れて2013年からこのスキー場に毎年10日から2週間ほど滞在することになった。カナディアン・ウイスキーを持参し、パトロールやスキー場関係者に「僕たちは安全にバックカントリーを滑りますのでヨロシク」という挨拶もきちんとしている。なので、彼らがやって来ても最近では、「また大勢で来てくれた。こういうインバウンドがもっと来ないかな」と、関係者もおおらかに迎えるイメージだ。
コロナ禍の3年間は訪問できなかったが、2023年から再スタート。今年(2024)も8名のカナディアン&アメリカンと1月中旬から2月初めまで滑りまくっていた。
ウィスラーという有名な、とんでもなくいいリゾートに住みながら、どうして毎年のように1月のトップシーズンにローカルスキー場に来るのか? シェーンに聞いてみた。
Q. トップシーズンにウィスラーを離れてわざわざ日本にやってくるのはどうして?
Shane「日本の一番寒い時期、大きな寒波がやって来る時期に日本を訪れることが大事なんだ。その時期はウィスラーも同じではあるけどね、日本はシーズンも短いから。なるべく1月か2月に来れるようにしているんだ。確かにトップシーズンのいいコンディションのときにウィスラーを離れるのはつらいけど、とにかく日本は違うから。それが魅力的なんだ。
だって見てよ! こんな二人乗りのレトロなリフトに乗って、小さなリゾートで、パウダーなのに人がほとんどいない。僕らこういうのが好きなんだよ!」
Q. 日本への旅ですばらしいことはどんなこと?
Shane「 北海道と本州とでは、その良さは、ちょっと違うと思う。特に東北は。北海道は、まずオーストラリア人がすごく多い、アクセスがしやすいからだろうね。より北にあるからシーズンもだいぶ長いよね。でも本州は、山の起伏にもっと多様性があると思う。雪質は北海道と同じような「JAPOW(ジャパウ)」に間違いない。北海道は北海道の良さ、本州は本州ならではのオプションが楽しめるってこと。日本へのスキートリップはバラエティでいいんだよね」
Q. どうして10日以上の長旅をするの?
Shane「本当にいいコンディションで滑りたいなら、5日や1週間でヒットするとは限らないでしょ。滞在期間が長めにあれば、滞在中に新雪が降ることもある。今回もそう。この5日間はどんどん雪が降ってきたよ。それに食事や温泉、僕は相撲が好きなんだけど、1月の東京で相撲も楽しむには、2週間くらいはほしい」。
Q. 最も忘れられない日本への旅での思い出は?
Shane「うーん、すごくたくさん素晴らしい思い出や、ディープな日があったからなぁ、選ぶのは難しいんだけど…もしあえて言うのなら、多分30歳の誕生日に滑った妙高の関温泉での、奇跡みたいな5本のエピックラン。自分だけでたくさんのパウダーツリーランを独り占めしたんだ。何本もリフトで回して滑っていても午後ず~っと一人なんだから。本当にあれはすごかった」
Q. おまけに質問。この15年間のスキー業界の大きな変化はどのようなことだと思う?
Shane「この15年間、ものすごくたくさんの変化があったと思う。若い子たちがやるトリックは、パークはもちろん、バックカントリーでも絶対に信じられないような難易度の高いものだよ。用具にしても、今ではスキー・ブーツ・ビンディングとすべてがうまく組み合わさるように考えられていて、進化がすごい。
バックカントリーでこんなところへ行こうと思えば、そのシチュエーションに完璧にマッチした「ズバリ」というギアがあるんだ。同時に、1本でバックカントリーからオンピステまでオールマイティに器用に楽しめるスキーも多い。本当に驚くよ。今回の旅のように、ゲレンデもバックカントリーも滑り回るにはとても便利だね」
ナイショだけど
彼らが通うスキー場の名前はナイショだ。近くに温泉が湧く東北の小さなスキー場で、彼らの間では「カモシカ温泉」と呼ばれている。
インバウンドブーム真っただ中の今、シェーンのようにニセコや白馬を卒業した外国人は新たなスポットを探している。シェーンはできるなら、このまま外人率が少ない「カモシカ温泉」の環境を守りたいという。だからこそ、場所名を公表しないことを約束に取材に応じてくれた。「だって、こんな日本の良さを感じるスキースポットが外国みたいになったら嫌じゃない」とシェーンは言う。ここまで惚れこまれ、大事にしてもらえる日本のスキー場を、われわれ日本人も誇らしく思う。
開発を加速し、インバウンドが満足する欧米チックなリゾートのように変化するスキーエリアがあってもいいのかもしれない。だが、日本らしさをいつまでも残すスキー場を求めて毎年のように訪れてくれる海外のスキーヤーたちのメッセージにも耳を傾けたい。
Thanks to Shane Szocs , Ryoma Chiyasu , Kamoshika Onsen Crew
Photo: Jun Yanagisawa , Hiroshi Owada
Editing:Chise