POWが発起した「サステナブル・リゾート・アライアンス」に加盟し、気候変動やサステナビリティへの取り組みを熱心に取り組むスキー場を紹介するシリーズ企画。今回は群馬県・かたしな高原スキー場をピックアップ。片品村と尾瀬国立公園をも含めたビッグスケールの視点や、目が離せないそのアクションとは?
かたしな高原スキー場ってミッフィーの!?
群馬県の「かたしな高原スキー場」といえば、日本有数の湿原地、誰もが知る有名な尾瀬エリアに隣接した片品村にあるファミリースキー場だ。
「かたしな高原スキー場」は、初めて雪遊びを体験する子どもたちやシニア層、家族みんなが安心して安全に楽しめるように、とずっとスキー専用を貫いてきた。強い風に当たりにくい地理的条件や、斜面が硬くなりにくい気温や高い晴天率といった気象条件、そして、どのコースから滑っても必ず同じボトムに戻ってこれるコースデザインや、ゆったりとしたワイドバーンが多いなど、かたしな高原スキー場は、ファミリーにとって、とても優しい山であり続けてきた。
ミッフィーの愛らしいキャラクターの背面には、時代の波に流されることなく実に骨太に、「かたしな高原」という独自のポジションを守り続けてきた伝統がある。
こんな「かたしな高原スキー場」は、2019年のPOW JAPAN設立後、2020年という早い段階からPOWのパートナーとなり、気候変動へ強く意識のベクトルを向けた。スキー場としてサステナビリティをいかに実現していくのか、また、尾瀬という日本が誇る自然の宝庫を背景にすべきこと、できることは何か。
この大きなチャレンジへ陣頭指揮をとるのが、かたしな高原スキー場を運営する大都開発株式会社・代表の澤 生道(さわ しょうどう)さんだ。
現場の危機意識と具体的なアクション
いま、気候変動への危機意識はどのようなものだろうか。澤さんは言う。
「私がかたしな高原に来て12年目、雪が少なくなっているのはもちろん、シーズンの始まりと終わりの気温上昇が顕著です。とくに3月の気温上昇がものすごくて融雪が加速してしまい、ここ5、6年は子どもたちの春休み期間がフルに営業できていないのです。
我々ファミリースキー場としては深刻な問題です。この冬も少雪ですし、現場も危機感を持って個々ができることはやっていこうという意識になっています。スキー場全体としては、電力を再生可能エネルギーに切り替えるのがアクションとして一番わかりやすいので、2020年から段階的にやろうということで、着手してきました。いまは電力が高騰したことで一時中断してしまっているのですが、また再開して、100%に向けてやっていこうと思っています」。
現在、具体的な取り組みとして行っていることは、次のようなことだという。
●2012年より「かたしな高原のサステナブルツアー」として地域の方々と連携し、トレッキングやキャンプ、フライフィッシングやレイクカヤッキングなど、自然をフィールドにした遊びや、自然に寄り添った人の営みを感じることができるツアーを企画し、環境問題がもっと身近になる体験を提供している。
●2020-21シーズンからユニフォームにPOWのロゴを貼り、気候変動へのアクションをアピール。ゲストから「そのマーク、なんですか?」と聞かれたらきちんと答えられるよう、スタッフに気候変動の講習をしたり、知識情報を提供することで社内での啓蒙を推進。
●スキー場でのポスター掲載や、「ミッフィーマウンテンクラブ」という約2万世帯が所属する会員組織において、月1回配信のメールマガジンでPOWの活動や動画を紹介し、ユーザーと意識の共有を図っている。このクラブの入会費の1%は「1% for the planet」という自然保護団体への寄附にまわしている。
●2012年より村内の休耕地を再活用し、約1ヘクタールの「ミッフィー農園」を運営。年間20種類以上の野菜と果物を栽培し、子どもの収穫体験や、収穫した食材は宿泊施設やレストランで使用している。
「自社の農園で採れたジャガイモやタマネギ、ニンジンはレストランのカレーに、とうもろこしは味噌ラーメンのトッピングに、白菜はホテルの夕食の鍋に使われています。スタッフもゲストに自分たちで育てた野菜を食べてもらうのは嬉しいですし、おのずと無駄なく使うので、ゴミの排出量の削減にも繋がっているのではと思います。この「ミッフィー農園」はサステナブルのシンボルになっていますね」。
すべては自然の持つ力の原体験から
かたしな高原スキー場には、SDGsを推進する部課はとくにはない。しかし、社長自らが内外に積極的に働きかけ、サステナブルなスキー場へと進化していこうという努力と強い思いがある。
「自分は東京育ちですが、両親の仕事の関係で夏休みや冬休みはずっと山にいました。都会に戻って通学の電車の中で大人の顔を見ると、みんな雲っている感じがしたんです。なんでかな? と思っていた。
でも春のある日、車窓から目黒川の満開の桜が目に飛び込んできた瞬間、車内で「わぁ!!」という歓声があがったんです。満員電車でストレスフルな状況なのに。そのとき、グレーだった大人の顔がパッとカラフルになった。
自然ってすごい、なんてパワーがあるんだろう、自然って本当に大切なんだ、と感動したんです。この原体験が自分のベースになっているのだと思います。
地方でこういった仕事をしていると自然に触れる機会はたくさんある。でも、都市部の人は驚くほど自然に触れていないんですよね。だから気候変動を実感したり、共感しにくいんだと思うんです。かたしな高原としては、ファミリーやアウトドアのエントリー層へのアプローチを大事にしているので、自然に触れて感動する機会を増やす取り組みをどんどんしていくことで、結果として気候変動への意識が向いていったらいいなと思っています」
ゲストの高い意識に支えられて
澤さんのアクションは周囲にどのように映っているのだろう。
「スタッフは、最初は社長がなにかやってるな、くらいから始まって、社長がやってるから……となり、だんだん大事だよね、になってきていると感じます。ホテルの朝食のメニューを変える際、環境のことを考えて廃棄量を減らせるものがいいという選択をするようになったり。
その背景には、ゲストの高い意識もあります。ホテルの宿泊者のアンケートでは「廃棄量が多い」とネガティブな声をいただくこともあり、それが満足度の評価が下がることに繋がりかねない。ここに来るゲストは、冬に限らず美しい自然にふれるためにというゲストなので、環境保護に意識の高い方が多いんです」。
尾瀬の自然を愛して長く通ってきたシニア層や、大切な子どもたちの将来のために環境を守りたいファミリー層は、かたしな高原スキー場のサステナビリティの強力な推進力だ。
「スタッフユニフォームにPOWのロゴをつけてから、ゲストに「頑張ってください!」といった声をもらうようになりました。私たちのSDGsへの取り組みに興味を持ってくれて、評価してもらっているという実感があります。
そういったなかで、今後やっていかなくてはと考えていることは、まず電力の再生可能エネルギー化への切り替え。これがスキー場として最もわかりやすくて大きなことだから。それをしていきながら、尾瀬という大きな枠組みの中で自然とともにする豊かな時間を、より多くの人に提供すること。これはぜひ注力していきたいことなんです。冬だけにこだわらず四季を通じて片品に来てもらって、ちょっとでも楽しいと思ってもらいたい」。
そこからきっと見えてくるものがある。力強いその語りには、澤さんが子どもの頃に得た原体験の裏付けがあるのだ。
片品村を挙げた脱炭素へのアクション
片品村は2020年4月、環境省から全国で7番目、村としては国内初となる「ゼロカーボンパーク」に登録された。ゼロカーボンパークとは環境省が先行して国立公園の脱炭素化に向け2021年3月から開始した取組み。この登録によって片品村は、排出する二酸化炭素ゼロの地域づくりを目指すこととなった。
そして、2022年2月はゼロカーボンシティ「片品村5つのゼロ宣言2050」を表明。内容はこのようなものだ。
実は、尾瀬国立公園は昭和47年頃、日本で一番初めに「ゴミの持ち帰り」を始めた国立公園だ。サステナブルという概念がなかった頃から、元祖として自然保護をやってきたという誇りは、土地の人々はもちろん、尾瀬に魅了されてきたゲストの心にも沁み込んでいる。
尾瀬国立公園を自分のホームのように愛するDNA を次世代に継承していこうという思いは、サステナブルという地球が目指すゴールを与えられたことで、より確かなものとなった。
「もう片方は経済の車輪です。コロナ禍以降、環境省や観光庁が国立公園の活用に関する補助制度を設けてくれたおかげで追い風が吹いた。またサステナブルの近年の盛り上がりは、利益を追求する企業にとってもインセンティブとして働くようになってきたなと感じます。おかげで5、6年前までは難しかったかもしれない草の根的な運動が、今は熱量もって取り組んでいこうという機運があるので、すごく変わってきたと思います」という澤さん。
尾瀬国立公園の玄関口である片品村によるゼロカーボンの取り組みは、わかりやすく、推進力も生まれやすい。宣言後、今後の具体的な取り組みのなかでも、とくに湿地帯で水のある尾瀬ならではの水力発電による再生可能エネルギーの地産地消や、持続可能な社会の担い手となる子どもたちに尾瀬の自然の素晴らしさを知ってもらうために、様々な取り組みも考えているという。
保護から活用へ・国のスタンスの変化
「環境省も国立公園を大事にしていく保護の姿勢に加え、コロナ禍やインバウンド需要の波を受けてか、国立公園を「活用」していく方向性が出てきたのではないかと感じています。こういった流れが尾瀬国立公園の様々な取り組みを後押ししてくれていると思います。
尾瀬国立公園は日本有数の豪雪地帯、つまり世界でもトップクラスの雪が降るエリアです。このまま温暖化が進んでもきっと雪は残り続けるでしょう。雪の価値はおのずと上がっていくので、しっかりした冬のコンテンツを作っていくことが、片品村にとっても、環境省にとっても、関係する人たちにとっても、将来的にプラスに働くと考えています。
おかげで尾瀬の冬季利用が認められ、2022年からキャットツアーが実現しました。尾瀬国立公園の登山口の中で最も標高の高いところに位置する『富士見峠』を舞台に、キャットツアーとスノーシューツアーを企画しました」。
尾瀬の美しい自然に触れてもらう機会を増やすために、澤さんらは一般社団法人尾瀬アウトドアスポーツ振興会を立ち上げ、2022年2月より尾瀬戸倉エリアでキャットオペレーションをスタートさせた。
これはパウダー好きなSTEEP読者にはビッグニュースだ。豪雪エリア尾瀬での真新しいキャットサービスは見逃せない。ぜひ以下の動画や詳細をチェックしてほしい。
◆公式サイト:一般社団法人尾瀬アウトドアスポーツ振興会
https://ozeoutdoorsports.com/BC
まず知らせることから
2020年の10月、澤さんは、片品エリアの5つのスキー場が集まる「片品スキー場連絡協議会」の場にPOWを招き、皆で気候変動のレクチャーを受けた。
「まず知らせることは大事。今シーズンは暖冬で少雪、どのスキー場も当事者意識は間違いなく高い。POWの話を聴いて現状の把握と目指していく長期的なビジョンは理解できたと思うので、エリアをあげて具体的な取り組みを含めた短期的な打ち手をどう作るか。かたしな高原の取り組みが『なるほど、これはメリットがありそうだ』と思ってもらえれば、他のスキー場も積極的なアクションを起こしてくれるのでは、という期待はあります」。
澤さんは「POWと組むことで気候変動へのアクションと、スキー場の集客が両立できる形を模索できれば」という願いも膨らませ、2023年の冬、POWのサステナブル・リゾート・アライアンス(SRA)への加入を決めた。
「20以上のスキー場が積極的にグリーンなリゾートになるという意思が可視化されたのは、とても良いこと。アライアンスを通じてスキー場の連携ができるいいなと思います。共通リフト券や勉強会はもちろん、スキー場同士がざっくばらんな対話や意見交換ができたら面白い。そこから学べるいろんな考えやアイデアを経営にも活かしていきたいですね」。
スキー場だからこその役目
村の取り組みに対してスキー場はどんな役割を担うのだろう。
「ふたつ思うのですが、まず、スキー場にいる我々は、たえず天候を気にしているので、環境の繊細な変化に気づきやすいし、雪を生業としているスキー場は気候変動への熱量が圧倒的に高い。だから取り組みのより強い推進力になれるはずなんです。
もうひとつは、スキー場は巨大集客装置という側面もあること。都市部から1シーズン13万人くらいを集客しているので、ひとつのハブになっていると。都市部から来る人にエリアの素晴らしい魅力を伝えることもできるし、都市部の人からは『いまの時代は地域としてこうしたほうがいい』といったアイデアをもらえたり。スキー場は人と可能性のミートポイントになる。そういう役割もあると思います」。
澤さんは、実は関東鋼索交通協会会長、日本鋼索交通協会の副会長というポジションで、スキー場のリフトやゴンドラなどの索道事業にも深く関わっている。サステナブル化への取り組みもすべて安全が基盤にあってこそ。安全が揺らげばなにをどう積み上げていっても一瞬で壊れてしまう。
雪山で安心して気持ち良く、いつまでも滑り続けることができるよう、様々な関係者が努力や工夫を重ねて支えてくれている。滑り手として感謝を込めて、次はグリーンなスキー場を訪れてみてはどうだろう。もしもまだ片品エリアに滑りに行ったことがないならば、ぜひ尾瀬国立公園のキャットスキーを体験してみては!
教えてくれた人
澤 生道さん
Sawa Shodo
大都開発株式会社
代表取締役
1982年生まれ。青山学院大学法学部卒。その後カナダの大学で観光学を学ぶ。在学中にイギリスに本社のある旅行代理店会社に籍を置き、スイスにてガイド業に従事。帰国後、星野リゾートにてマーケティング、社長アシスタント、ホテルフロント責任者として従事。
現在は中小企業の代表取締役という立場でマーケティングから組織運営、そして財務戦略を実行し、エリア内で協力しながら同スキー場をマウンテンリゾートに進化させ、より魅力的な場所になるよう日々取り組んでいる。
Information かたしな高原スキー場
◆公式サイト:https://katashinakogen.co.jp/
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