'24-25アルペンスキーワールドカップ開幕(10/26-)直前情報!マルセル・ヒルシャー復帰と日本チームへの期待感

かつてワールドカップレースを転戦し、2018年から全日本アルペンチームのヘッドコーチとして再び雪上へ。翌年オーストリア・インスブルックに移住し、現在では日本総代理店としてケスレスキーを展開している浦木健太(うらきけんた)。海外からのグローバルな視点で、ヨーロッパのスノーカルチャーやギア・技術など、最新情報や興味深い話題をお届けしていく。

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’24/25アルペンスキーワールドカップはオーストリアのゼルデンで開幕!

Sölden戦開幕前のレースコース(写真提供/清野嵩悠サービスマン)

今年もFIS(国際スキー連盟)が主催するFISアルペンスキーワールドカップが10月末に開幕する。
1967年から毎年開催されているアルペンワールドカップは、10月末から3月末までの約5ヶ月間、全4種目(DH/ダウンヒル・SG/スーパーG・GS/ジャイアントスラローム・SL/スラローム)が男女共に年間約40戦が行われる。各レースで30位以内に入るとワールドカップポイントが与えられ、獲得したポイントの合計で総合優勝と種目別優勝を争う。

今季のアルペンスキーワールドカップも10月末にオーストリアのゼルデンで開幕し、10月26日(土)に女子GS、27日(日)に男子GSが開かれる。
ゼルデンでのワールドカップ開幕戦が始まったのが1993年。私も2回目のゼルデン開幕戦となった1996年に出場しているが、その当時、開幕戦は毎年違う場所で実施しており、主な開催地はフランスのティーニュ、アメリカのパークシティだった。
そして、2000年からは毎年ゼルデンが開幕戦になり、開幕戦開催地としては25年連続でゼルデンが選ばれている。(開幕戦が10月末にオーストリア・ゼルデンで開催される理由は前回の記事に掲載)

ゼルデン開幕戦の広告は、インスブルックの街中いたるところに! Photo:Kenta Uraki

開幕戦と言えば、各チーム新しいマテリアルを使用し、どんなスキーやレーシングスーツで戦うかをチェックするのも見どころだ。
また、レジェンドの復帰やFISのルール改定など、24-25アルペンワールドカップは、これまでとは違った話題に溢れている。開幕に向けた事前情報として、男子ワールドカップや日本選手のことを中心にまとめてみた。

ヒルシャーのワールドカップ復帰でFISがルール改定に動いた!

まず注目したいのは、6季振りのワールドカップ復帰を決めたマルセル・ヒルシャーの存在だ。
2018/19シーズンまでにワールドカップ総合で前人未到の8連覇を達成し、翌シーズンが始まる直前の2019年9月に現役引退を発表。それからは自身のスキーブランド”Van Deer RedBull Sports”を立ち上げ、ブランド発展に注力していた。
そして今季、自身のスキーブランドとともに、オーストリアから母の出身国であるオランダに国籍を移してワールドカップへ復帰する。

ヒルシャーの復帰にあたり、FISはルール改定に動いた。アルペンスキーとワールドカップの知名度アップに使えると考えたのだろう。
その新しいルールが”ワイルドカード”。過去にワールドカップで5勝以上、または、総合優勝、オリンピック・世界選手権での金メダルなどのいずれかを獲得している選手で、引退して2年以上10年以内のレジェンド選手が使用できる制度である。
具体的には、ランキング外であっても、ワールドカップの出場権、そしてシード選手のすぐあと、31番のスタートが約束される。

FISのエリアシュ会長もこの制度設定に前向きであったことから、夏には、今季からのワイルドカード採用も徐々に現実味を帯びてきた。
それもあってか、8月のニュージーランド遠征で、ワールドカップの出場権利獲得のためにFIS公認レースに出場予定だったヒルシャーはトレーニングだけに留め、大会には出場せずに帰国した。

しかしこのワイルドカード、選手の公平性や若手選手の機会喪失を理由に、一部の国や選手からの批判もあった。
最終的には、シーズンを通しての出場権利が与えられることはなく、各レースごとに申請し、受理された場合のみ使用できる権利と決定したが、いずれにしてもゼルデンの開幕戦でのワイルドカードは受理された。
ただヒルシャー自身、マテリアルの設定に問題を抱えていることもあり、ゼルデンに出場するかどうかは、レース直前の判断となるようだ。

▼本人がInstagramで発信した復帰メッセージ

【翻訳】
こんにちは、マルセルだよ。私もなにか言わなきゃいけないと思っていたんだ。
たくさんのことがメディアでも報告されてきたけど、そう、スキーレースにまた取り組むことになり、それができることがとても嬉しいよ。
なぜまたやるのか? 
それは私にとってはかなり明確で、スキーをする喜びが私を導いてくれるからなんだ。
この5年間レースシーンから離れていたけど、ずっと自分の居た大好きな場所に戻って、ただ楽しむだけ。
それがまたできることが本当にとても嬉しくて、今後のことを考えると本当に楽しみなんだ。

そして、オーストリアスキー協会やオランダの方々との相談はとても良いものだったよ。私たちは皆、オランダのスキー協会にとってこのプロジェクトを実現することは良いことで、決して難しいことじゃないと考えているんだ。そして、私にとってとても重要なことは、オーストリアの若手選手たちから貴重なリソース(資源)を奪わないことなんだ。彼らの栄光への夢やポジションを大事にしたい。未来は若い人たちのものだからね。35歳の私にとって、この決断はとても明確で、若手育成とオーストリアのスキースポーツの未来のために必要だと考えている。

そして、オランダのスキー協会にとって多くのことができると信じているしね。二重国籍のおかげで、このプロジェクトが可能なこともありがたいよ。だから、これからのことをとても楽しみにしているし、特に2年前に「VAN DEER-Red Bull Sports」を始めてから、W-CUPでヘンリク・クリストファーセン※1(Henrik Kristoffersen) がスーパーウィナーとして大成功し、昨年はティム・ヘルマン・ハウゲン※2(Timm Hermann Haug)が素晴らしいシーズンを送ったのを思い出すと、彼らとFISレースに再び参加できることが本当に嬉しい。そして、この素晴らしい機会を活かして、ルーカス・ブラッテン※3(Lucas Braathen)と一緒にトレーニングすることもできるかもしれない。自分の情熱を追求するために、自分のベストを引き出すためにもそれはとてもクールで素晴らしい機会だと思うんだ。

私はこれまで247回のレースに出場してきたけれど、これからも母国のために、そして自分の情熱のために静かに熱くやっていくと思う。応援してくれる皆との美しい共有の瞬間を楽しみにしているよ。それでは、素敵な夏を過ごして。冬までまたね! チャオ!

Marcel Hirscher 


復帰をめぐる動き

復帰に動いているのはヒルシャーだけではない。
2020年にゼルデンでワールドカップ初優勝し、2022/23シーズンにスラロームのタイトルを獲得したルーカス・ブラーテン。翌2023/24シーズンの開幕直前に引退を発表したが、今季より、国籍をノルウェーから、母の出身国のブラジルへ変えてワールドカップへの復帰を決めている。
そもそも、この引退の発端は自身の肖像権をめぐっての連盟との対立と報道されており、ブラーテン自身は、復帰も視野に入れての引退だったのではなかろうか。

これが影響しているかどうか定かではないが、FISはマーケティングルールの改定し、今季から各選手がヘルメットに付けられるヘッドスポンサーを一つから二つに増やしている。

選手に有利なルール改定となったが、ノルウェーのようにヘッドスポンサーを個人の権利にはせずに、チーム全体として統一している国はどうするのか。
ブラーテンの件もあるのでノルウェースキー連盟の対応は慎重にせざるを得ない。

ブラジルから出場するブラーテンは、自身の肖像権使用やスポンサー選定の自由度が増し、レッドブルをヘッドスポンサーとして、ゼルデン復帰が決定している。
ワールドカップから5シーズン離れていたヒルシャーとは対照的に、ブラーテンのブランクはたったの1シーズン、身体もメンタルも万全の状態でゼルデン入りしてくるだろう。

また、FISの新ルール「ワイルドカード」の決定により、ヨーロッパでは女子選手の復帰も噂レベルではあるが報道されている。ワールドカップで82勝した40歳のリンゼイ・ボン(USA)が、人工膝関節を入れて復帰に向けてトレーニングを始めている。また、総合優勝2回で2020年に引退したアンナ・ヴェイス(オーストリア)は、先日ケスレスキーと契約したことで、復帰に向けて動いているのではないかとの噂が出てきた。真相は定かではないが、噂レベルでも話が広がるというのは、ヨーロッパでのアルペンスキーワールドカップが注目されている証拠だろう。

日本チームは期待の加藤聖五が登場! その他の出場選手は?

レースコース上に貼りつく世界各国のコーチ陣 Photo:Kenta Uraki(2021年撮影) 

さて、気になるのが日本チームの動向だ。とくに男子チームの今季前半戦、GSではワールドカップで国枠を含めた、4人の出場枠を獲得している。
GS種目別ワールドカップポイント60位以内で出場権利獲得の加藤聖五(野沢温泉SC)、国枠で出場するのは日本人でGSのFISポイントランキングトップの若月隼太(ホテルロッソ・スキークラブ)、そしてファーイーストカップで出場権利を獲得した佐藤慎太郎(置環)と片山龍馬(東海大学)。

後者の2人はまだワールドカップ未経験だが、合計4人の選手がゼルデン開幕戦に出場予定だ。
そして女子チームは、ファーイーストカップのGS種目別優勝の石橋未樹(ガスワンスキーチーム)が、2022年1月以来、2度目のワールドカップに挑戦する。

日本選手はこれまでに、岡部哲也と佐々木明の2位を最高位として、SL種目で活躍した選手は多い。しかし、GS種目となると、未だ世界との差は大きく、男子では、昨年オーストリアのシュラドミングで加藤聖五が獲得した20位が最高。
これは、2004年に24位だった佐々木明以来の成績だ。

Skier:加藤聖五(写真提供/アメアスポーツ株式会社アトミック)
「SKIBOOK by STEEP」でフィーチャーした加藤聖五の記事。ぜひSKIBOOKでチェックを!

しかし明るい兆しもある。とくにエースの加藤にとって、このゼルデンのコースは大きなチャンスだ。
2020年は30位まで0.18差の35位、2021年は0.09差の33位と、2本目進出まであと僅か、ここ2シーズンは怪我やレースの中止で出場はなかったが、比較的得意なコースと言えるだろう。
シード選手(ワールドカップポイント30位以内)以降のスタート順を決めるFISポイントが悪いため、スタートが遅いというハンデはあるものの、昨年の男子GSワールドカップ日本人過去最高となる20位で自信のついた今季。
開幕戦から結果を残し、シーズンを通して活躍することを期待したい。

そして、イタリアを拠点としたプライベートチームWRA(ワールドレーシングアカデミー)に身を置き、ヨーロッパのレースで着実に実力をつけてきた若月隼太。
靭帯断裂の怪我から復帰し、昨季後半で一気に世界ランキングを上げてきた。身体が小さいハンデを克服するために、夏にはフィジカルトレーニングで新しい取り組みもできたようだ。
誰よりも苦しみながら成長し、心身共に充実してきた若月の活躍も楽しみだ。

▼若月隼太選手のInstagram@hayata_wakatsuki_waky

そして、ファーイーストカップで出場権利を獲得した佐藤慎太郎と片山龍馬。
彼らにとって、今回のゼルデンがワールドカップ初出場となるが、未だヨーロッパで目立った結果のない2人にとって、大きな壁を感じることになるだろう。
女子の石橋も、ワールドカップ出場は2回目となるが前回は1本目でコースアウトしており、ヨーロッパでのレース自体まだ経験が少ない。
しかし、この3人にとって、個人でワールドカップの出場権利を持つことは大きなアドバンテージだ。世界最高峰のコースでトップレーサーと滑ることで、技術とフィジカルの差をしっかりと確認し、自身のレベルアップに活かして欲しい。

総合タイトルは誰の手に!そして日本チームの可能性はいかに

左から、片山選手のサービスマンとして帯同している清野嵩悠と、ゼルデンのレースコーストレーニングでスタートを待つ片山龍馬と加藤聖五(写真提供/河野恭介 男子チーフコーチ)

男子は、マルコ・オダマット(スイス)の活躍がずば抜けている。
GSでは、昨年の最終戦2本目コースアウトで終わったものの、それまでは前シーズンから続けて12連勝と圧倒的な強さを見せていた。ゼルデンの優勝候補の筆頭はオダマットで間違いない。
さらには、スピード系種目のDHとSGでも成立した15戦のうち、4度の優勝を含む11戦の表彰台を獲得し、SL以外の3種目はオダマットの種目別優勝となった。一体誰がオダマットの総合優勝を止められるのか。

対抗馬だったマルコ・シュバーツ(オーストリア)は、昨年12月に右膝の靭帯を断裂し、今季からの復帰に向けて準備を進めていた。
しかし、雪上に戻った途端に今度は腰痛が悪化し8月下旬にヘルニアの手術となった。レース復帰まではまだ時間がかかりそうで、今季中の復帰も危ういだろう。
もう1人、オダマットに対抗できるとすれば、過去に総合優勝を果たしたアレキサンダー・オーモット・キルデ(ノルウェー)。しかし、彼も昨シーズンのウェンゲンDHでの大クラッシュから復帰に向けてリハビリを続けているが、現状としては、肩の感染症の影響で復帰は不透明だ。

女子は、昨年総合優勝したララ・グット ベーラミ(スイス)、一昨年に総合優勝しているミカエラ・シフリン(アメリカ)、2人の戦いになりそうだが、グットは33歳、シフリンもシーズン後半に30歳を迎える。
実力をつけている若手も増えており、10代から20代前半のアリス・ロビンソン(ニュージーランド)、ズリンカ・リュティッチ(クロアチア)、AJ・ハート(アメリカ)、ララ・コルテュリ(アルバニア)達の活躍も楽しみだ。

さて、先ほど日本チームのGS開幕戦について触れたが、SLでもシーズン序盤はワールドカップで男子4枠、女子3枠の出場権利を持っている。男女SLの開幕戦はフィンランドのレビだが、男子は同じ場所でワールドカップ翌週にヨーロッパカップを控えているため、4枠フルで使ってくるだろう。
期待されるのは、昨年のウェンゲンで51番ビブから1本目23位に入って観客を沸かせた加藤聖五、そして2021年12月にマドンナ・ディ・カンピリオのワールドカップで8位に入った小山陽平(ベネフィット・ワン スキークラブ)。
小山は、この結果以来、ワールドカップでこれと言った結果を出せず厳しい状況は続いているが、この種目、日本人で実力トップは間違いないだろう。
急斜面で難しいコースを得意とする小山のワールドカップには是非ご期待いただきたい。

▼小山陽平選手のInstagram@y0heik0yama

Skier:小山陽平(写真提供/河野恭介 男子チーフコーチ)

そして女子SLは、レビの開幕戦に向けて、個人で出場権利を持つ前田知沙樹(株式会社村瀬組)と、若手から期待の渡辺愛蓮(東海大学)が出場の準備を進めている。
安食ヘッドコーチからの情報によると、怪我から復帰の安藤麻(日清医療食品)は、しっかりとトレーニングを積み、万全の状態でシーズンを迎えられるよう調整しているということで、復帰のタイミングが気になるところだ。

日本ではスポーツ専門チャンネルのJ SPORTSで、男子はSL、GS全戦に加えDH、SGの注目大会を、女子はSLをダイジェストで放送/配信予定だ。ゼルデンでの男子開幕戦は、10月27日(日)日本時間17:45分からライブで放送する。ヨーロッパで大人気のアルペンスキーワールドカップ、ぜひこの機会にご覧いただきたい。


アルペンスキー FIS ワールドカップ 2024/25
〜男子ジャイアントスラローム(GS)〜
ゼルデン/オーストリア
放送日:2024年10月27日(日)
放送時間:午後 5時 45分~午後 11時 00分
https://www.jsports.co.jp/ski/alpine/

FIS SKI WORLD CUP 2024/25 開催スケジュール

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