広大なゲレンデや最新設備こそないものの、有名リゾートにはない特別な魅力がここにはある。そんなスキー場を訪れ、しっかり滑り、土地の人々と触れあい、わかったこと、感じたことを伝える企画「知る人ぞ知る名スキー場」。シリーズ第1弾は、新潟県村上市蒲萄にある市営「ぶどうスキー場」。
その勇姿を記録すべく訪れた
新潟県村上市(旧朝日村)蒲萄にある市営「ぶどうスキー場」が、今シーズン限りで営業を終える。1988年に旧朝日村の村営スキー場としてオープン。利用者の減少やリフトの老朽化、従業員の確保が難しいことなどが閉鎖の理由と言われるが、地元の人たちの間では閉業を惜しむ声が多いと聞いた。そんな彼らの声に耳を傾け、知る人ぞ知る名スキー場の勇姿を記録に残すべく、2025年2月12日に訪れた。
著者は、春スキーで鳥海山や月山へ向かうときにスキー場の看板をたびたび目にしていたが、いつも営業を終えていて滑ったことはない。ぶどうスキー場が今年3月9日で37年間の歴史に幕を下ろすと新聞で知り、いそいそと滑りにやってきたのだ。

村上市街地から車で30分、新潟市内から約1時間20分の距離にあり、新潟県最北というロケーション。山形県県境からわずか25km手前、国道7号線脇に雪壁がそそり立つ。標高795mの蒲萄山から東へ派生する尾根にリフトが架けられた、村上市ぶどうスキー場だ。国道7号線が集落を貫き、その裏手には棚田が広がる。日本の田園風景に溶け込むようなスキー場だ。
駐車場で長靴からブーツに履きかえていると、隣家でおばあちゃんが雪かきをしていた。「平日なのに賑やかですね」と話しかけると、嬉しそうにこう続けた。
「今年で最後だすけ、ずいぶん賑やかだねえ。うちのせがれは50歳になるけど、高校生のときにアルバイトでずいぶんお世話になりましたよ。来年から寂しくなるねえ」

リフトを2機乗り継いで、ゲレンデトップまでは標高差500m。コンパクトながらも、上級者にも滑りごたえがあると評判。最大斜度は30°とのことだが、滑ってみるともっとある感じがした。第2リフト下には非圧雪コースも用意されている。
この’24ー25季、年末年始の7日間で、昨季全体の3分の1にあたる1,800人が来場したという。「最後だから」「記念に」と足を運ぶ人もいるだろうが、コロナ禍を終えてから、初めて雪に恵まれたシーズンを迎え、これが、ぶどうのあるべき姿なのかもしれない。
スキー場を支える若い移住者
リフト係、パトロール、レンタルの受付係……。みなさんお年を召されているなかで、ひとり若い移住者がスキー場を支えていた。パトロール隊の飯山達哉さんだ。ぶどうスキー場がオープンした3年後の1991年に生まれた34歳。神奈川県小田原市出身、それまで雪とは無縁の人生を送ってきた。カヤックで日本一周をしたときに、この笹川流れの海岸線が気に入って、2022年に移住したという。

「移住してきた年の冬に焼き芋屋を始めました。豊栄のブランド芋『シルキー芋』を使って、土管のなかで炭を炊いて170度で2時間じっくり焼きます。シーズン券を買って滑りながら、スキー場の駐車場で売り始めたら”美味しいと評判に。ところがある日、人手が足りないからパトロールをやってくれ、と頼まれて。今年、パトロールとして3シーズン目を迎えました」
業務の合間を縫って、飯山さんに場内を案内してもらった。

2本のリフトを乗り継いで、標高差500m、標高650mのゲレンデトップへ立つと、新潟と山形の名峰が見渡せた。北から鳥海山、月山、朝日連峰、飯豊連峰。日本海側からこれらの名峰を望む機会はなかなかない。山好きなら、この眺望を楽しむためにここに来る価値はある。

雪をかぶった山々を見渡しながら、飯山さんが口を開いた。
「ここで働くみなさんは、定年を迎えている方がほとんどです。雇用を失うことはそれほど大きなことではなく、スキーの文化が絶えることが非常に残念でなりません」

綺麗にピステンがかけられた急斜面へ滑り込む。飯豊や朝日を視界に入れながら、しっとりした雪にエッジが食い込んで、ストレスなく板が走る。よし、もう一本! 蒲萄集落へ一気に滑り込むダイナミックな斜面が、ぶどうのウリだ。
リフト下のバーンを8人くらいのグループがひとりずつ滑っては、リグループして談笑し、また滑っている。パトロールの飯山さんよりも滑走日数が多いという地元スキーヤーだという。
「毎日ここに集まって、滑っている方がいます。雪に閉ざされる雪国で、スキーを生き甲斐としています」

飯山さんはスキーをはじめて4年目とは思えない、SAJスキー検定2級の腕前だ。持ち前の運動神経と研究熱心な性格で、周囲が驚くほどメキメキと上達。休みの日には、1歳の子どもと妻を置いて、県外のスキー場へも滑りに行く。
「僕はスキースクールに入ったことはありません。いつもここで誰かが見ていて『もっとこうしたらいいと』教えてくれる。みんなに育ててもらいました。その先輩たちをいつか超えることを目標にやってきたけど…」
来年からまた焼き芋屋を再開するのですか?と聞くと意外な回答が返ってきた。
「スキーがもっとうまくなりたいので、パトロールができるスキー場へ家族と一緒に出稼ぎに行こうと思っています。こんなに自分がスキーにハマるとは、思いもしませんでしたよ」
ちなみに、奥さまは北海道の某スキー場麓で生まれ育った生粋のスキーヤー。スキーは、飯山さんの人生をここ4年間で大きく変えていた。
37年間携わった大黒柱

ぶどうスキー場の37年間を語るときに、欠かせない人物がいる。ぶどう名物「急斜面」と37年間向き合ってきた圧雪隊長、大滝登志男さん。シーズン中、約70日間休みなく働く66歳。この人がいなくなったらスキー場の存続が危ぶまれると言われるほど、ぶどうの大黒柱である。
温和な笑みを浮かべながら大滝さんは、圧雪作業について教えてくれた。
「ここは海が近くて標高も低いので、雪質がコロコロ変わる。雪が緩んだり、雨のあとに雪が降ると、圧雪車が急斜面を登れなくなります。そんな日は、迂回路から上に登って、下りながら圧雪をかける。いつもの倍以上の時間がかかる。だから、いつも雪質をみて、圧雪の時間ややり方を日々考えて動いています」
大滝さんの気配りのおかげで、圧雪が営業開始に間に合わなかったことは過去1日たりともない。圧雪車の下山が間に合わないときは、圧雪車を山頂に置いて営業を開始したこともあるという。
大滝さんの冬のルーティンはこんな感じだ。夕方4時、リフトが営業を終えて、パトロールのOKサインが出るとすぐに圧雪車を走らせる。雪面が傷んだあと、柔らかいうちに、すぐ圧雪をかけるのだ。凹凸を見分けながら平らになるように。狭いコースは真ん中がしゃくれるので、脇から削って平らにならす。
夜に降雪がなければ、翌朝そのまま営業。少しでも降雪があれば、朝4時に自宅玄関から歩いて数分のところに駐車している圧雪車のエンジンをかけて暖気する。2人2台体制で順調に進めば、圧雪作業は7時過ぎに終わる。2時間半〜3時間、圧雪車に乗っていることになる。その後リフト係が足りない日は、リフト乗り場に立つこともある。働き者だ。

「スキー場の下と上とでは、気温が2、3度違います。下が雨でも、上が雪のときがある」
ゲレンデの横に住み、この地の自然をよく知る大滝さんは、生まれも育ちも葡萄集落生まれ。クマを撃つ猟師であり、稲作農家でもある。肌感覚で、山北地方の雪や風をよく知っているのだ。ぶどうスキー場は定休日がなく、正月休みもない。圧雪係は、大滝さん含め2人しかいないから休むことができない。「スキー場が廃業したら張り合いがなくなるのでは?」との質問を投げかけると、こんな答えが返ってきた。
「なくなってよかったな。歳をとって勘が鈍っていたからな」
ピステンの仕上がりに敏感なパトロールの飯山さんは、大滝さんの細かい配慮や努力を知っている。
「登志男さんがいなければ、このスキー場はいろんな意味で成り立たないでしょう。まさにプロフェッショナルです」

それでも、雪質が劣悪な日は、圧雪のクレームが入ることがあるという。
「じゃあ、これよりも上手く圧雪できるやつを連れてこい! と言いたくなる(笑)」
スキー場がオープンしてから大滝さん自身もスキー愛好者だった。しかし、10年くらいゲレンデには立っていないという。
「おらがケガしたらオープンできないでしょう」


スキー場への想い

この地で生まれスキーを習い、仕事の関係で十日町など上・中越で暮らしてきたおじさんスキーヤーにも出会った。「パウダーとコブが大好き」と自嘲するスキーフリーク。十日町や魚沼であれば、雪量も豊富で、スキー場は選び放題だというのに、休日はわざわざ里帰りを兼ねて、ぶどうスキー場に通っていたという。
「ぶどうの魅力は、なんといっても急斜面。上から下まで、これだけ滑りごたえのあるスキー場はなかなかありません。雪がゴンゴン降っていれば、競争相手もいないので、パウダーが食べ放題。わたしひとりで貸し切りのときでも、リフト2機はフル回転。最高だけど、平日は1機だけとか、週末だけ営業とか、コストを削減する試みはいくらでもできたはずです」

長いスパンで将来を見据え、リフト改修資金を積み立ててこなかった行政に問題があると指摘する人がいた。加えて、22年8月の豪雨災害の復旧費が財政を圧迫したことも一因だという人も。地元の小学生は1年に1回だけスキー授業がある。これだけ立派なスキー場があるのに、たった1回だけ。スキースクールや子供のクラブチームもない。スキーを文化として根付かせ、育む教育や行事をしてこなかったことが、スキー場を維持する力にならなかったという声も聞いた。
いずれにしろ、ぶどうスキー場の閉鎖は決まってしまった。
でも、ここにいる人たちは、どうにか違ったカタチで存続できないか希望を模索し、リフトが止まった冬をイメージできている人は、誰ひとりとしていなかった。

Information
村上市ぶどうスキー場
新潟県村上市蒲萄338-1
公式サイト:http://www.city.murakami.niigata.jp/asahi/budoh/index.html
写真=小野塚大悟