ARC'TERYX(アークテリクス)の本国契約アスリート「Cole Richardson (コール・リチャードソン)」が、3人のアーティストとのコラボレーションによって、人々に新しい表現を提案をするエキシビジョン『INTERMISSION in Tokyo』を開催中だ。
STEEP編集部がギャラリー会場を訪れ、コールに話を聴いた。
アート×映像・写真でスキーは芸術になる

「スキーは芸術としてギャラリーで展示されるにふさわしい」
この考えが実現した今回のエキシビジョンは、コールが3人の著名なアーティストたちとコラボレーションし、スキーとアート、映像・写真の交錯による独自の世界観を表現した新しい提案だ。
東京・代官山の「T-SITE GARDEN GALLERY」には、ダイナミックな滑走アクションや美しい自然の情景、雪の神秘、音や光、それらの質感が融け合うことで、得も言われぬ芸術的な空間が創り出された。
一体どのような背景からこのユニークなエキシビジョンが生まれたのか?
それには、まずコール・リチャードソンという人物を知ることから始める必要があるだろう。
Cole Richardson (コール・リチャードソン)とは?
コール・リチャードソン。カナダのロッキー山脈の麓レイク・ルイーズ出身の21歳。FISレースで戦うワールドクラスのアルペンレーサーの両親のもと、2歳からスキーを履き、幼少期からタイムを競ってひたすらゲートをくぐっていた。
ちなみに妹もFIS W-Cup出場を果たしている、まさにアルペンの名門一家。コールはサラブレッドだった。
「レースを自分でやりたいって思ったことは全然なかったよ。でも、小さな頃から両親にレーシングクラブに入れられちゃったからね(笑)。いつも山に行くときは別のウエアを持って行って、ランチブレイクに着替えてパークを滑ってた。練習中も隙をみてはゲートを抜け出してたね。コーチによく叱られたよ。
僕は、いつもビッグマウンテンやバックカントリーを滑りたいって思ってた。ずっと以前から一生フリースキーヤーでいきたいって決めている自分を知っていたんだ。だから、レースを卒業していいってタイミングがきた瞬間に止めたのさ(笑)。そして、もう二度とアルペンレースに戻ることはないね」
コールは14歳のとき「北米ジュニア・フリースキー・サーキット」で優勝。その後1年はスロープスタイルとハーフパイプ競技に集中した。
「なぜって? オールラウンドなプレイヤーになりたかったからさ。トリックの技術も磨きたかった。それにはもっとパークでのトレーニング時間が必要だったんだ。でも1年やってパウダーが恋しくなって、ビッグマウンテンに戻ったわけさ」

翌年、新たなトリックを引っさげてビッグマウンテンの世界に帰ってきたコールは、2019年、かつてのスロープスタイルのキング、サミー・カールソンが主催する、未来のスタープレイヤーを発掘する13~18歳のスキーヤーを対象とするコンテスト「Young Guns Ski」に参戦し、見事優勝を果たす。カナダBC州レベルストークで開催されるこのコンテストは、エアトリックとビッグマウンテンスキーのスキルを融合させた、まさにコールが求めていたフォーマットだった。世界中から集まった1000を超える動画エントリーから選抜され、頂点に立ったコールの滑りは、その実力、ポテンシャルともに突出していた。
そのときのコンテストの模様が↓コチラ。
特にタイム08:30くらいから、表彰の様子とコールのライディングがダイジェストになっている。ぜひチェックしてみよう。
このコンテストでの優勝によってコールにスポットライトが当たり、コールを一躍スターダムへと押し上げた。
その名がスキー界に広がったことで、カナダを拠点とし、MSP や TGR、Salomon TV などのメジャースキーレーベルとも並ぶ人気を誇っていた「Blank Collective」との撮影機会を得て、プロフリースキーヤーとしてのキャリアが形になっていったのだ。
そのライディング

「Young Guns Ski」の後、大親友と敬愛するサム・クッチとの友情がきっかけで、MSP(Matchstick Productions)ムービーに出演を果たしたコール。ついに最も伝統あるスキームービーレーベルのひとつMSPに自身のセグメントまで持つ、世界で最も注目されるアップカミングな滑り手の一人となったのだ。
「MSPは大好きなスキームービーで、小さな頃からMSPを観て育ったんだ。そこで自分のセグメントを持つことが夢でもあり目標だった。だから選ばれたときは本当に感激したし、感謝でいっぱいだった」
MSPムービーで展開されたコールのセグメントの一例は↓コチラ。
コール・リチャードソンのライディングは、意図してルーズで遊び心に満ちている。求められれば計算し尽くした完璧なラインで最速のターンを描くこともできる。
けれどコールはそんなことに興味はない。ビッグマウンテンでいかに自然のオブジェクトを使って自由で創造的なラインを描くか。コールの持ち味は、波のように切れ目なく流れるようなサーフテイストなライディングに、大胆なエアトリックを組み合わせたスタイルだ。
エアの技術に優れ安定感も抜群、という強みは、コールが幼少期から体操をやってきたことも大きい。
「体操もアルペンと同じで、やりたくもないのに"スキーにいいから”って両親に体操クラブにぶち込まれちゃったんだけどね(笑)。でも空間認知の力や、空中での身体の動かし方は、体操から身につけたものだと認めるよ」

コールがずっと憧れてきたのが、ショーン・ペティットやサミー・カールソンだった。彼らの表現の自由さや、自分自身のスタイルを生み出していることに惹かれてきたという。
「『コール、人と同じことをする必要はないんだ。自分で己の道を切り拓いていくんだ。好きなようにやっていいんだよ』ショーンはそう言ってくれた。
そして、僕はサミーのスタイルにもとても影響を受けてきた。スキーだけじゃない、その生き方にもね。遊び心あふれる、型にはまらないやり方や、スキー業界へのアプローチの仕方もサミーは教えてくれたんだ。僕にYoung Guns Skiのコンテストを勧めてくれて、大きなチャンスをくれたのもサミーだった」
近年では、クリス・ベンチェトラーやフェルナンド、そしてサム・クッチらも、とても好きなライダーでリスペクトしているという。
それでもコールははっきりと言い切る。
「好きなアスリートたちに刺激を受けることはあっても、僕は誰かの真似をしたことは一度もない。滑りにはいつも必ず自分らしさを加えるようにしてきたんだ。でも、まだ自分のスタイルってものは完全に確立していなくて、常に新しい実験をしている最中なんだ。
逆に、それをキャリアを通じて追求し続けることが、スキーシーンに対して、また次世代のキッズたちに対して、いろんなアプローチがあっていいってことを伝えることになるのかなって思っているんだよね」
人生最大の危機と転機

コールに転機が訪れたのが’23-24シーズン。
北海道・ニセコいわないでのムービー撮影中、ジャンプからのランディングで木に衝突。内臓3つが半分壊れ、最重症レベルに陥り、肩と腕も深刻なダメージを受け、命の危機に直面する大怪我を負ったのだ。札幌の病院に搬送され入院、手術を受けて1ヵ月の入院生活を余儀なくされた。しかし、この生死をさまようほどの重症な怪我が、コールの人生とキャリアに新たな視点をもたらすことになった。
今回の「INTERMISSION」が生まれたキッカケもここにある。
「INTERMISSION(インターミッション)」という言葉は、コールにとって人生とキャリアが一時的に中断した「間」のような時間という意味だという。
「これまでを振り返り、一度リセットすることで、自分のなかに変化が生まれて、新たなアイデアやアプローチを考えるための時間になったんだ。肉体だけでなく、精神的にも過酷な状態のなかでも、INTERMISSIONがポジティブな視点を与えてくれて、きっともとの状態に完全に回復できるっていう信じる気持ちと希望をもたらしてくれた。
そして、物事をより深く理解するためには、一度距離を置く必要がある、という発見にも辿り着いたんだ」
その答えが、ここにある。
ここからは代官山T-SITE GARDEN GALLERYでの、コールへのインタビューから、コールの考えや思いをお届けしよう。

Q. 今回この「INTERMISSION」を開催するに至った背景は?
―昨シーズン、北海道の撮影トリップで大怪我をして、ほとんど死にかけたんだ。回復できるのかすら、わからなかった。
人生とアスリートとしてのキャリアが完全に停止してしまったんだ。こうして幸運にも、本当に奇跡的に回復できたけど、そのときに直面した、プロスキーヤーはおろか、もうスキーができなくなるんじゃないかっていう恐怖は、とてつもなく大きかった。怖かったよ。
入院していた病室の窓から外を眺める毎日……この停止状態のなかでいろんなことを考えたんだ。
万が一以前のようにスキーができなくなったとしても、こんなに愛していて自分にとって大切なスポーツがなくなる人生なんて考えらえない。
アスリートとしてのキャリアとは違う形で、スキーへの情熱をシェアできる方法はないだろうかって。
僕はもともとアートや映像、雑誌なんかにも興味があって大好きで、スキー雑誌をコレクションしたりもしているんだけど、スキーとアートを駆け合わせることで、さらに何か別の視点を加えることで、新しい表現ができるんじゃないかって、インスピレーションが湧いたんだ。

Q. それがギャラリーでのエキシビジョン(展示)になった?
―ギャラリーでのエキシビジョンという着想は、スキーをアートや映像と融合させた新しい形で「芸術」として表現したいと思ったから。なにより、人々がもっとスキーと繫がっていることを心と体、全身で感じられる機会と空間を創りたかったんだ。
スキームービーやSNSの動画を、デジタルスクリーンでただ眺めているんじゃなくてね。一方的に目に入ってくる映像をぼんやり受け流すだけじゃなくて、ギャラリーという空間のなかで、自分の足で歩きながら、自分のペースで好きなように、自由に楽しめることが大事なんだ。
それに、ギャラリーはスキーを街の新しい人々に見せるには、とてもいい方法だと思ったから。
アートが好きな人は多いよね。スキーを知らなくても街のギャラリーに自然に足を運ぶことで、スキーと出逢ってもらえる。それも芸術として。僕のことなんて誰か知らなくても、雪山に行ってスキーをしなくても、この世界からなにかを感じ取ってもらえたら、それは価値があると思わない?
Q. 3人のアーティストとのコラボレーションはどうやって実現したの?
―実は3人とも、このプロジェクトまでは面識もなかったんだ。それぞれの専門分野でスキーに携わった経験があること、すごい感性・才能と表現の技術を持っていることを、今回のプロジェクトを後援してくれてる「HARDPACK magazine」を通じて知って、僕から声をかけたんだ。
今回の会場には3つの部屋があって、それぞれの作品を展示しているんだ。どんな順番で回るかも自由だし、何度出入りしても自由、どれくらいの時間を過ごしても自由、すべて自分の思うままにマイペースで楽しんでくれたらいいよ。じゃ、3つの部屋を紹介していこうか。


ROOM1
白い空間にAlex F Webによる写真やムービーが展示された部屋。コールの一番のお気に入りのパウダーショットや、昨シーズンにコールが大怪我をした際のドキュメント写真、北海道の風景の作品などが展示されている。中央にはブラウン管が設置され、ヘッドフォンが。ムービーが自由に視聴できる仕組み。北海道でのコールの手術をした執刀医の、怪我の酷い状態についての生々しいインタビューなども聴ける。

ROOM2
真っ暗な空間の中央には細長いライトボックスが。表面に次々とスローなリズムで神秘的な雪の映像が浮かび上がる。Leo Hoornによりキャプチャされた世界。サイエンスな空間は知的好奇心を刺激され、惹きこまれてボックスをずっと覗いていたくなる。


ROOM3
部屋の壁面が前・両脇と3面スクリーンになっており、コールのライディング映像が芸術的に編集加工され七変化していく。音と光が映像とメッセージを奏で合う大迫力のシネマアートが広がる。スクリーンの前に立つと、アートに包まれて、その世界に没入するかの感覚に浸り、時間の経つのを忘れてしまうほど。パリを拠点に活動する著名なアーティストMarvin Leuvreyによる作品の部屋。

Alex、Leo、Marvin、彼らはスキーを独自の視点で捉え、僕の物語だけじゃなく、今日のスキーメディアに新たな命を吹き込んだと思うよ。そして、今回のエキシビジョンという表現方法は、スキーシーンに一石を投じる役割も担っているんじゃないかって思ってる。
Q. 日本での会場を観てどう思った?
―Amazing(アメージングだよ)! まずなにより僕とビジョンを共有してくれた日本のアークテリクスチームや関係者のしてくれたすばらしい仕事に感激したよ。みんなのサポートがなかったら決して実現しなかったから。
この会場を観てとても満たされた気持ちになったし、報われた気がした。
自分の人生とキャリアを脅かしたあんなに恐ろしい体験から生まれたアイデアが、こんなに美しくて新鮮な形で、それも海を越えて東京で形になったなんて。とくに日本で起きたアクシデントから生まれたプロジェクトだから、その由来に立ち戻れたことは感慨深いよ。それに日本の人々にとても助けられたから、日本になにか還元できたら嬉しいなって思う。
Q. 写真や映像といったビジュアルアート以外に、新しい表現の形として試してみたいものはある?
―最も大事なことは見た人になにかを、とくにつながりを感じてもらうこと。多くのメディアやアートは画面越しだと一方的だし、多くの情報に埋もれてしまいがち。
だからそれぞれのペースでつながりを感じられる「間」を、より強く長くインパクトが残るメディアやアートという形で提案することが大事だと思った。さらには鑑賞するだけじゃなくて、実際に作品の一部になれるようなものもいいね。自分がコントロールしているんだという感覚が、エンパワーメントになると思う。
Q. 今回のように違う業界から新しい視点を入れるとしたら、どんな業界のどんな人とコラボしたい?
―やっぱりアートの力は借りたいね。スクリーンに映すようなものだけじゃなくて、彫刻とか、実際に触れるような手触り感とか自分で探っていけるものがいいかな。映像の制作過程を共有するのもいいかも。
Q. 今回のエキシビジョンをサポートしたARC'TERYXについて話してくれる?

―ARC'TERYXは驚くべき世界で一番クールなブランドだよ。いつも僕に力を与えてサポートしてくれる。僕は従来と違っていたり、クリエティブなことをいろいろやるけど、それが100%うまくいくとは限らなくても、それを受け入れてくれる懐の深さがあるんだ。今回のプロジェクトも、ギャラリーなんてユニークなアイデアでも理解してくれて、協力してくれたことは、他のブランドにはできなかったんじゃないかなと思う。
Q. あらためてコールにとってスキーとはなに?
―自然やアウトドアと自分を繋ぐもの。山へと連れて行ってくれるツール。そして自己表現の手段かな。
スキーはもちろんスポーツだけど、僕にとってそれ以上の価値がある。世界を広げてくれて、旅することを叶えてくれる。
どこまでも自由で、完全に自分のペースで自分らしくいられる。そう、このギャラリーみたいにね。
Q.最後に日本のスキーヤーに伝えたいことは?

―日本の、そして世界中のすべてのスキーヤーに伝えたい。
いつも自分がベストだと思うことをすること、本能を信じてね。そうすれば必ず報われるんだと思う。誰かと同じことをしても、決してこのスキーシーンにインパクトを与えることはできない。自分を信じて自分の道をゆく。それは自らの手で切り拓くんだってことを。
みんな、エキシビジョンにぜひ来てよ!
【開催概要】
「INTERMISSION in Tokyo」
日時 :2025年2月8日(土)~ 2月11日(火・祝)
11時-19時 ※2月11日(火・祝)最終日のみ17時閉場
場所 :代官山T-SITE GARDEN GALLERY
東京都渋谷区猿楽町16-15 [MAP]
(東急東横線「代官山駅」より徒歩5分)
入場料:無料
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