1990年代後半、フリーライドスキーを仲間たちと創造し、以来シーンを力強く牽引し支え続けてきたマイク・ダグラス(Mike Douglus)。トップライダーとして、ムービープロデューサーとして、スキービジネスパーソンとして、スキー業界に与えてきた成果は計り知れない。その功績を讃えられ、2025年度の「Canadian Ski Hall of Fame」(カナダ・スキー殿堂)へ殿堂入りを果たした。
「Canadian Ski Hall of Fame(カナダ・スキー殿堂)」が認めたその功績

Photo:Hide Chiyasu
Canadian Ski Hall of Fameは、「マイク・ダグラスのレガシーは、開拓者精神、競技や創造の実績、そしてスキーの未来の発展への揺るぎない献身によって定義される」 と発表した。
ところで「Canadian Ski Hall of Fame」とはなにか?
1982 年に設立された非営利組織 で、カナダのスキー界に大きな貢献をしたアスリートや関係者を称える団体だ。過去には、1994年リレハンメル五輪でフリースタイル種目でカナダ人初の金メダルを獲得したジャン=リュック・ブラッサール(Jean-Luc Brassard)や、フリーライド女子のパイオニア、若くしてハーフパイプの事故で亡くなったサラ・バーク(Sarah Burke) なども殿堂入りしている。
https://skimuseum.ca/about-the-canadian-ski-hall-of-fame/
カナディアンスキーヤーにとって、このスキー殿堂入りは、USAメジャーリーグ(野球)殿堂と同じくらいの栄誉だ。確かにマイク・ダグラスがスキー界へ与えてきた影響はとてつもなく大きい。

1990年代後半、SALOMONによる世界初のツインチップスキー「SALOMON 1080」の開発に携わり、ニューカナディアンエアフォースとしてフリースキーの世界的ムーブメントの中心人物に。独創的なトリック「D-スピン」を看板に、ライダーとしてシーンをリードしながら映像制作にも才能を発揮、2007年「Switchback Entertainment」を立ち上げ、以後14年にも渡りSALOMON Freeski TVの制作を担った。
スキー実業家としての成功も評価され、USAのスキー雑誌「Powder Magazine 」では「Male Skier of the Year」や「時代を代表する 48 人の偉大なスキーヤー」 にも当然のように選ばれてきたのだ。

マイクの喜びのメッセージ

Photo:Hide Chiyasu
「このような栄誉を受けることができ、本当に光栄に思っています。プロダクト開発、コンペティションやビッグマウンテン、映像製作……スキーのさまざまな側面にまたがる、これほど素晴らしいキャリアを歩めたことを、とても幸運に感じています。スキーは、僕の人生に多くのものを与えてくれました。友情、旅、冒険、そして達成感。そのすべてです。
僕のキャリアの出発点は、日本でした。Kneissl Dachsteinのサポートを受けたことが始まりで、まだ誰も自分を知らなかった頃に信じてくれた日本の人たちには、心から感謝しています。日本は、今もこれからも、僕の心の中で特別な場所であり続けます。日本のパウダーはもちろん、人の温かさ、温泉、そして食事も大好きです。できる限り毎年、日本で滑りたいと願っています。
実は、この冬も1月25日から日本に長いトリップをします。白馬から入り天神平(Mt.T)へ、そしてロッテアライを滑り再び白馬に戻るという約3週間の旅です。もしどこかで僕を見かけたら、ぜひ声をかけてください!
―Mike Douglus
マイクの盟友・世界的写真家 マティアスが寄せたメッセージ
フリースキー界のレジェンドが滑れば、当然そのフォトジェニックな瞬間を捉えようとする写真家がいる。マイク・ダグラスが長年、雪山で共に時間を過ごしてきた盟友フォトグラファー、マティアス・フレデリクソン(Mattias Fredriksson)も喜びのメッセージを寄せた。このマティアス、日本の「BRAVOSKI」や「FallLINE」誌でも、頻繁にグラビアを飾っているおり、親日家だ。
「私が知っているスキーヤーのなかで、これほどまでに現代のフリーライディング界に影響を与えた人物はいません。マイクが 殿堂入りしたことに本当にワクワクしています。ツインチップスキーの開発から難しいビッグマウンテンへの挑戦、 SALOMON Freeski TV 映像を通じたスキーコミュニティへの貢献に至るまで、マイクは 30年以上にわたってスキー界のインスピレーションでした。そしていまなお進化し続けている伝説です。
もう数十年も前、僕がまだ写真家を志して駆け出しだった頃から、彼は私を支えてくれて、私たちは 20年以上ずっと一緒に仕事をしてきました。私に多くのチャンスと素晴らしい思い出をくれたのは彼です。マイクの輝かしいキャリアと幸せな時間を心から祝福します」
Mike Douglus × Mattias Fredrikssonの作品ギャラリー
マイク・ダグラスと写真家マティアス・フレデリクソンが共に歩んできた軌跡から、とっておきのベストショットということで、マティアスにセレクトしてもらった。撮影時のマティアスのコメントを添えてお届けしたい。

Photo:Mattias Fredriksson
椅子に腰掛けるマイクを捉えたモノクロのポートレートは、特別な意味を持つ一枚だ。インスピレーションの源は、1972年の映画史に残る名作『ゴッドファーザー』。アル・パチーノとマーロン・ブランドが醸し出した、あの重厚で静かな緊張感を、マイクの中に見出そうとした。完璧な再現かどうかはわからない。ただ、この写真が、彼の長いスキー人生を象徴する、これまでとは異なる表情を刻んだことだけは確かだ。
この記事のトップに配置されたバックフリップの写真は、SALOMON Freeski TVの撮影でアルプスのエンゲルベルグへと列車で旅していた頃、忘れがたい時間から生まれたものだ。この旅でマイクは、プロデューサーであり一人のライダーでもあった。多くの責任を背負いながらも、彼はためらうことなく崖へ向かいトリックを放つ。この写真は、今もなお私のキャリアの中で最も愛おしいショットのひとつであり続けている。

Photo:Mattias Fredriksson
この作品が生まれたのは、2008年2月。SALOMON Freeski TVの2週間に及ぶ撮影の最終日、私たちはすでに限界近くまで追い込まれていた。最初のトライは完璧ではなかった。無線越しにマイクにもう一度来てほしいと伝える。疲労の色は隠せなかったが、「きっと報われる」と伝えると、彼は再び登り返してくれた。次の一発ですべてが噛み合い、その瞬間は永遠に切り取られた。この写真は『Bravo SKI 2009 Vol.1』の表紙を飾り、『Powder Magazine』をはじめ、数多くのメディアに掲載されることになる。あの最後のハイクアップは、疑いようもなく価値のある一歩だった。
ー Words by Mattias Fredriksson

