なぜ困難極まりない「子ども対象のバックカントリーキャンプ」を開催するのか? 2泊3日で 7歳~17歳がかぐらの山に挑戦

子ども対象のバックカントリーキャンプがある。そう聞いたのは数年前。神戸YMCAが毎年春休みに、新潟県かぐらスキー場の和田小屋をベースに開催しているという。初心者に向けてのバックカントリー講習やガイドツアーは、各地で開かれているが、子どもが対象という企画は大変珍しい。

ゲレンデではなくバックカントリーへ子どもを連れ出す必要があるのか。安全確保はできるのか。そもそも親は心配にならないのか……。そんな疑問をいだきつつ、4月初旬、2泊3日の日程で開催された、そのキャンプに参加してみた。

かぐらスキー場のゲレンデでスキー講習
小学1年生、BCギアを使ってはじめての雪山登高
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3日間のキャンプがスタート

キャンプでは、いろんな地域の子どもたちが和田小屋に集結。次のようなスケジュールで3日間の共同生活を行った。

1日目午前かぐらスキー場到着後、スキー場麓のショップ「パウダーステーション」でバックカントリーギアをレンタル
K2スキーからも子供用BCギアのレンタル提供があった
山へ上がりスキー場内にある和田小屋にチェックイン
午後まずはスキー場のコースをパウダーステーション所属のスキーガイドとともに滑走
夕方小屋でバックカントリーギアの使い方講習会。 入浴後全員で夕食~歓談
2日目午前スキー場のコースを滑ったのち、バックカントリーへ。各人シールを付けて頂上部を目指す
サイズが短いスキーの子どもは、スノーシューを履いてスキーをバッグに括り付けて登る
登頂後、頂上部から森林限界エリアや林間コースを滑走
バックカントリーでのランチ
午後引き続きバックカントリーを全員で滑る
夕方入浴・夕食後、講師の話を聞く
3日目午前リフトを乗り継ぎながら、コース内のツアースキーへ
午後ランチ後に下山。全員でキャンプの感想を述べ合い、解散

今回は7歳から17歳までの子どもたちが参加。推奨される参加規定は中学生以上だが、小学生も特別参加している。

スタッフは写真順にYMCA所属ディレクターの阪田晃一さん、山本亮司さん、アウトドア講師の森本崇資さん、かぐらパウダーステーションのスキーガイド五十嵐和哉さんと高橋信彦さんの5名。これにボランティアのスタッフ数名が日替わりで加わった。

自然のなか、子ども同士が助け合い、大人はじっと見守る

天候にも恵まれ、2日目に実施したバックカントリーは全員で挑戦。かぐら第5ロマンスリフト頂上部にあるバックカントリーへのゲートを通り、各人でシールを装着し、スキー登行する。シールサイズがないスキーを履く子どもはAフレームにして板を担ぎ、スノーシューで登っていく。

ゲートから標高2029mの神楽峰山頂までは子どもたちのシール登高で約80分、標高差は184mだ。

皆がそれぞれのペースで登っていく。最年少は小学1年生。中学生は問題なく進んでいくが、低学年の小学生はさすがにうまく歩けない様子だ。疲れ果てて泣き出してしまうこともあった。

歩きなれないシールやスノーシューでの歩行は、小さな子どもでなくても何度も転ぶ。だが登り続けるなか、その都度周りの子どもたちが手を差し伸べて、起こすというパターンが自然にできあがっていた。スキーを担いだ小学3年生の女の子は、途中足が痛くなって歩けなくなってしまったが、中学男子が彼女の板を代わりに背負うという手助けをし、彼女も最後まであきらめず山頂を目指した。

一方、引率のスタッフは子どもたちが転んでも必要以上に手は貸さない。

「なにしてるん? え? そこで寝るん? おっけー」「ほんならまたあしたー♪」「え? 立つん? え? いくん? やるやん!」 「んじゃいこかー」

やさしい口調ながらも、甘くはない言葉が飛ぶ。

講師の森本さんが言う。

大人がなにもしなければ、実は子どもはちゃんとできるんです。干渉しすぎる大人が多すぎるし、“これが正しい”と言いすぎる社会がある。まぁ、そっちの方が大人は楽なんです。でも僕たちは見守りながらじっと待つんです。これって結構大変ですが、子どもはそれでちゃんと成長します。

結局この日は、シール登高組はもちろん、スキーを担いで登った7歳と8歳の小学生も含め全員が登頂した。

頂上からは、目の前にドーンと広がる苗場山、その後方には妙高の山々、遠く北アルプスもかすんで見える。前を向けば谷川連峰、越後三山と360度のパノラマだ。全員で記念撮影、標高2000mでの笑顔は飛びきりだった。

全員が無事に登頂できた

泣いた男の子に、どうして登ってるとき涙出ちゃったの? と聞くと

「うまく歩けなかったし、みんな先に行っちゃって待ってくれなかったから、だと思う。でも頂上まで行けて嬉しかった」とKくん(7歳)

登り切った後はすがすがしい笑顔をみせてくれた。

子どもを安全に大自然に導くということ

さて、大人を引率するのも大変なバックカントリーだが、なんで子ども対象のツアーを企画したのか、疑問を解いていきたい。キャンプを主宰する神戸YMCAのディレクター阪田晃一さんは言う。

キャンプの目的は、これからの社会に必要とされる人間を育てること。そのためには、子どもの時から「良い体験」をすることが重要です。では良い体験とは何か。現代社会が抱えるのは「人格への不安」と「環境への不安」です。だから子どもたちに体験して欲しいのはいい仲間と“自然を感じ、自然に学び、自然と共に生きる”こと。冒険的なキャンプを行うと、子どもは急激に成長します。無意識的にも意識的にも「社会や学校がつまらない」という悩みを持つ子どもにも大きな影響を与えてくれます。

阪田さん
かぐらスキー場に隣接する、広大なバックカントリーフィールド

僕たちは、夏は余島(小豆島)をベースに、カヤックやカヌーで遠征に出かけます。環境が許せば海から食べ物を獲って食べ、砂浜にテントを張って星空を見上げながら寝る、ということもしています。バックカントリースキーも同じように「移動手段としてのスキー」を扱う。人間と道具の関係性を学ぶ意味でもスキーは最適です。そしてかぐらには和田小屋という山小屋があり、原生自然へのアクセスが抜群によく最高の立地です。

阪田さん                         
※原生自然とは、人の活動による影響を受けることなく本来の状態を維持している環境を指す

子ども対象のバックカントリーキャンプをやらないか、と最初にYMCAへ提案したのは、かぐらでツアーガイドを務める五十嵐さんだ。

「10年以上前にパウダーステーションでも同様の子どもキャンプを開催していました。僕は小さな子どもたちにこそバックカントリースキーを体験してもらいたいと思っていて、ここ4年、YMCA神戸と一緒にやれてることは嬉しいですね」

五十嵐さん

このキャンプは料金を支払えばだれでも参加できるというものではない。大自然のなかに待ち構える様々なリスクを、仲間とともに低く抑えるような行動ができる「適性」がなければ参加はできないという。

知らない者同士が集まって遠征に出かけるわけだから、最低限のことを身につけている必要があります。簡単に言えば人としてちゃんとしているかどうか。もちろん完璧な人間などいないから、そういう意味ではありません。

挨拶がしっかりできる、ありがとうと言える。困った人がいたらすぐに助けようとしてしまう心がある、そういった当たり前のことに敏感であること。スキーは下手でもいい。

森本さんが良く言います。「スキーはうまいけど嫌なヤツと言われたいか、いいヤツでスキーもするらしいと言われたいか」
スキーはうまいけど挨拶ができない、仲間をたすけることもしない、そんな人とは、原生自然を一緒に旅することはできません。そうはっきり子どもたちにも保護者にも伝えています。

阪田さん

ちなみに2泊3日の参加費用は68,000円。バックカントリー用スキーやブーツ、アバランチギアのレンタル費用、宿泊費、食事代、ガイド料金、一部交通費までもが含まれる。主催側の収益性ははっきり言って薄い。このキャンプはあくまでも、冒険体験により子ども達の育成を主題とした、採算度外視の特別キャンプだ。

バックカントリーキャンプに子どもを参加させるという意味

ガイドの高橋さんが、頂上から望む山々の名前を教えてくれた

バックカントリーキャンプに子どもを参加させる親御さんの考えはどうだろう。自分の足で雪山を登り、整備されていない斜面を滑るのだから、リスクは一般的なスキーの数倍も高い。リフトはないし、レストハウスもトイレもない。通常あたりまえのことが、あたりまえではない世界がバックカントリーだ。

阪田さんが言う。

僕らに任せておけば、安全安心なキャンプが体験できますなんて話は、保護者に対しても一切しません。もちろん、リスクをコントロールし、安全性が高まるようしっかり準備はしますが、冒険は、その魅力が高まるのと正比例してリスクも高まる。親御さんはそこをしっかり分かったうえで子どもを参加させています。

ところで、参加した子どもたち自身は皆、バックカントリースキーがしたいという意志で来ているのだろうか。

「いや、またあの人たちに面白そうな所に連れて行ってもらえるらしい、くらいの感覚で参加していると思いますよ(笑)」

阪田さん

子どもたちに感想を聞くと

「今回で2回目のバックカントリー。怖くはないです、楽しいだけ」(Uくん 12歳)

「頂上からの斜面は滑りづらくて不安もあったけれど、森のなかは気持ちよかった。ガイドさんと一緒じゃないとこういう場所には入れないからうれしい」(Sちゃん 12歳)

「バックカントリーはしんどかったけど、頂上からの風景はめっちゃきれいだった。また来たいと思う」(Mちゃん 14歳)

「スキーが重くて歩きにくかった、でも登れたのでうれしかった」(Kくん 7歳)

「はじめてバックカントリーに来て、怖さもあったけれど皆と一緒に行けてよかった」(Hくん 10才)

ビーコンを持ち、シールを使って山を歩くという特別感は意識しているだろうが、子どもたちの根底にあるのは、「これまで行ったキャンプより、もっとワクワクする体験ができそうだ」といった、気負いのない好奇心と自発性らしい。そしてその楽しみのために、責任を持って行動できる子ども達が、今回集結したわけだ。こうしたチャンスを楽しめる子どもがいること、そしてその機会を与えられる親や大人がいることを、とても頼もしく感じた。

バックカントリースキーの魅力は奥深い。何度滑っても、体験するたびに新しい発見や気づきがある。そして今回も新鮮な一面を観察させてもらった。大自然のなかで楽しむこのスポーツは、大人はもちろん子どもを大きく成長させる力を持っている。

〇神戸YMCAキャンプ

小豆島鹿島沖1kmに位置する、周囲2.2kmの無人島に野外活動センターを運営。ここを中心に島キャンプを実施。冬は志賀高原などでスキーキャンプを行う。

神戸YMCA 余島 (kobeymca-yoshima.jp)

※YMCA(Young Men's Christian Association)は1844年ロンドンで誕生して以来、全世界に広まり、 現在では世界119の国と地域に組織された国際的青少年団体。神戸YMCAは1886年に設立され、西宮、宝塚、三田、須磨、三宮、西神、明石を拠点に活動を展開。

取材:HIROSHI OWADA(STEEP編集部)

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