ミラノ・コルティナ五輪に見る「アルペンスキー・世界最速の滑りを支えるギアの真実」

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かつてはワールドカップレース転戦、2018年から全日本アルペンチームのヘッドコーチとして再び雪上へ。翌年オーストリア・インスブルックに移住し、現在では日本総代理店としてケスレスキーを展開している浦木健太(うらきけんた)。海外からのグローバルな視点で、最新情報や興味深い話題をお届けしていく。


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極限の技術とスピードを支えるアルペンギアの秘密

23.10.2022, Rettenbachferner, Sölden, AUT, FIS Weltcup Ski Alpin, Photo:EXPA/ Erich Spiess

2026年2月6日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックがいよいよ開幕する。日本では、メダルの期待がかかるスノーボードやスキージャンプに注目が集まりがちだが、ヨーロッパにおいて「冬の絶対的な主役」といえる存在がアルペンスキーだ。ヨーロッパアルプス圏を中心に、アルペンスキーはサッカーと並ぶ国民的スポーツだからだ。

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FISのワールドカップは国営放送で生中継され、トップ選手は国を代表するスーパースターとして扱われる。それが冬季オリンピックともなれば、その熱狂ぶりは桁違いだ。今回は、ミラノ・コルティナオリンピックに向けて、アルペン界のトップ選手たちが使用している「ギア」に焦点を当ててみる。極限の技術とスピードを支えるスキー板やスキーブーツには、一体どのような特徴や秘密が詰め込まれているのだろうか。

トップ選手が使用するスキー板の特徴は?


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アルペンスキーのレースでは、コースが何人滑っても荒れないよう、事前に大量の水を撒き、硬く締まった“氷の斜面”を造り上げる。ワールドカップともなれば、その硬さはさらに増し、鋭く研ぎ澄まされたエッジでなければ、上級者であっても横滑りで降りてくることすら不可能だ。

そんなコースを時には140km以上のスピードで滑り降りてくるアルペンスキーだけに、トップ選手が使用するスキー板は、一般スキーヤーが手にする市販モデルとはまったくの別物だ。アルペンスキーには、回転(SL)、大回転(GS)、スーパー大回転(SG)、滑降(DH)の4種目があり、それぞれFIS(国際スキー連盟)が定める厳格な規定のもと、種目ごとに板の長さやサイドカーブが明確に決められている。

アルペンワールドカップは、選手の戦いであると同時に、スキーメーカー同士の技術競争の最前線でもある。各メーカーは日々研究を重ね、使用するマテリアルや構造を細かく変更しながら、テストを繰り返している。現在のレーシングスキーは、ポプラやビーチといったウッドコアをベースに、チタン、グラスファイバー、カーボンなどを組み合わせた多重構造が主流。その上にトップシート、滑走面、サイドウォール、エッジが、極めて高い精度で組み上げられている。

これらのバランスを緻密にコントロールすることで、フレックスとねじれ剛性を高め、硬い氷の斜面で最大限のエッジグリップを引き出す。それがレーシングスキー最大の特徴だ。さらにトップレベルでは、選手ごとにフレックスや内部構造が微調整され、同じブランド、同じモデル名であっても「中身は別物」というケースも珍しくない。

このあたりで、前回の北京五輪の映像からアルペンシーンのイメージを膨らましていこう。

スキーの台数・サービスマン・メーカーサポート

オーストリアのケスレ本社を訪問した佐々木明(後ろ姿)と話が弾んでいるチュンティ(右)とダニエル・ロードラー(左) ちなみにダニエルの兄は、2016年から現在もマルコ・オデルマットのサービスマンをしているクリス・ロードラーだ。 Photo:Kenta Uraki

私自身、現役時代は4種目すべてをこなしていたため、遠征に持っていくスキーの台数はかなり多かった。1回の遠征で必要なスキーはおよそ15台。1台10kg以上あるため、頑丈なケースに入れれば、それだけで約200kgもの重量だ。海外遠征で最初に訪れる“戦い”は、空港のチェックインカウンターでのオーバーウェイト交渉だった。

それはさておき、先日、ケスレスキーの女子エース、エスター・レデッカのサービスマン、チュンティ氏に、スキーを何台持ち歩いているかを聞いたところ、スピード系種目のみ参戦の彼女でも40台は常備しているという。以前、全種目をこなすフランスのスター選手、アレクシー・パンテュローのサービスを担当していたチュンティ氏だが、アレクシーは年間で実に160台ものスキーを使用していたそうだ。

サービスマンという話になると、トップ選手となれば、だいたい1人の選手に1人のサービスマン、カーレースで言うところのメカニックがついている。サービスマンの主な仕事は、スキーのチューンナップ。特にエッジは、正確な角度で、ナイフのように鋭利で傷のない状態に仕上げるのだが、この技術を身につけるには、熟練の技が必要だ。加えて、雪上でのサポートはもちろんのこと、良い関係を構築できれば、選手のメンタル面にも大きく関わってくる。

選び抜かれたマテリアル、準備をしてくれるサービスマン、これらを経済的にサポートしているスキーメーカーなど、スキー板だけをみても、これだけ多くのモノ、人、お金が動いており、決して1人だけで戦えるような世界ではない。

トップ選手が使用するスキーブーツ・その特長

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スキー板以上に、選手の感覚へダイレクトに影響するのがスキーブーツだ。

例えば、市販モデルで最も硬いとされる150のフレックスは、大きく分けてハード・ミディアム・ソフトから選べる選手用のブーツの中では、ソフトのカテゴリーとなる。シェルの硬さは、さらに細かいカテゴリーから選択し、さらにはアッパーシェルとロワシェルで硬さを変えるなど、選手ごとに好みは分かれる。

カント調整も重要で、アッパーとロワの接合部、あるいはブーツ底面のリフタープレートにカントプレートを挟み、選手それぞれで違う骨格やバランスから、最適なセッティングをミリ単位で調整する。

トップ選手の多くは、SL、GS、スピード系と種目ごとにブーツを使い分けている。スキーが変われば、ブーツも変わる。それほどまでに役割は明確だ。意外と知られていないのが、ブーツのサイズ感だろう。トップ選手は一般スキーヤーよりも、明らかに小さいサイズのブーツを履く傾向にある。

理由は、面で力を伝えるよりも、点で圧をかけたほうが雪面へダイレクトにパワーを伝えられるからだ。レーシングブーツは元々タイトに作られており、痛い部分を削って足に合わせていく。ただし削るのは側面だけではない。つま先やかかとまで削り、限界までフィット感を高める。100分の1秒を争う世界では、快適性よりもパフォーマンスが優先されるのは当然だ。

2003年W-CUPウェンゲン大会で2位となった佐々木明の滑り
Photo:AFLO

身近な例では、佐々木明選手が20歳の頃、フリーライド好きなのもあり、ややゆるめのレーシングブーツを使用していた。成績が伸び悩んでいた時期で、サービスマン伊東裕樹氏の助言でサイズを落としたところ、結果が飛躍的に向上したという。また、現在も世界のトップで戦う加藤聖五選手は、普段27.5〜28cmのシューズを履くが、スキーブーツは25.5cmを使用しているそうだ。

もちろん、これは世界の頂点で戦う選手の話。一般スキーヤーは、1日快適に滑れるジャストフィットのブーツを選んでほしい。

身を守るために進化する選手専用ギア

SAALBACH,AUSTRIA,16.MAR.24 FIS World Cup Final, Photo: GEPA  Photo: Mathias Mandl(FISCHER提供)

アルペンスキーは、華やかさの裏で常に大きなリスクと隣り合わせの競技でもある。高速でのクラッシュから身を守るため、防具類も進化を続けている。'25-26シーズンからFISが定めた新規定により、スピード系種目ではエアバッグシステムの着用が、また全種目において耐切創性アンダーウェア(下半身)の着用が義務化された。

エアバッグシステムは、レーシングスーツの下に着用し、衝突の危険を検知すると、ジャケット内部のエアバッグが瞬時に膨張する。胴体、肩、背中を覆うことで、重傷を防ぐ仕組みだ。加速度計、ジャイロスコープ、GPSを備え、コントロールユニットは毎秒1000回の頻度でセンサー情報を監視し、差し迫った衝突を検知する。高速系種目では、上半身が盛り上がって見えるのがそれだ。

耐切創性アンダーウェアは、特殊繊維を使用し、スキー板のエッジによる切創や裂傷から身体を守る。規定がなかった数年前、私はワールドカップのコース内で、転倒した選手が自身のエッジでふくらはぎを深く切り、止血ができずヘリコプター搬送される場面に立ち会ったことがある。それ以来、その選手は雪上に戻っていない。

ヘルメットやバックプロテクターを含め、身を守る専用ギアは、氷の斜面を躊躇なく攻める選手たちにとっては欠かせない存在となっている。アルペンスキーは、選手の技術やメンタルだけで勝敗が決まる競技ではない。スキー板、ブーツ、プロテクター……ギアとの“共同作業”によって、0.01秒を削り合う世界が成立している。

今回のミラノ・コルティナが初のオリンピック舞台となるVAN DEER-Red Bull Sportsのスキー&ブーツ。注目が集まっている。
(VAN DEER-Red Bull Sports提供)

最後に

ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、選手の戦いに加え、どのブランドのスキーやブーツが表彰台に立つのか、どのようなギアで勝負しているのかも、大きな見どころとなるだろう。選手たちのギアに注目することでオリンピック観戦が何倍もおもしろくなるはずだ。また、これまであまり縁がなかったとしても、アルペンレースをちょっと観てみようかな、と思ってもらえたら幸いだ。

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