メンテナンスのプロフェッショナルによると
東京・練馬にある「bottomline(ボトムライン)」は、2004年にオープンし、15年以上もチューンナップを手がけてきたプロショップ。これまで数えきれないほどのスキーヤー・スノーボーダーたちの愛用の板をメンテナンスしてきた。
オーナーの田畑智之さんは、店に持ち込まれるスキーたちを見て思う。
「このキズがここにつくってことは、乗り方にまだまだ改良の余地があるな......」
「このエッジじゃあ、この板の良さを味わいにくいなぁ......」
「どうしてこの板を選んだのかな?」
などなど。
板を見れば乗り手がどんな滑りを志向し、どんなふうに乗っているのか、一目瞭然なのだ。そして、乗り手のスキーをめぐる問題も手に取るようにわかってしまう。だからこそユーザーに伝えたいことがある、という。
田畑さんは、カフェスペースまでしつらえて、お客さんに挽きたての本格派珈琲を振る舞い、チューンナップを施しながら、いろいろな話をする。それはユーザーにとっては、刺激的な話だったり、知らなかった専門知識であったり、新たな視点を与えてくれる考え方だったりする。
そこで、カフェスペースを〈STEEP〉にしばし移して、田畑さんに話してもらおう。
「もう少しこんなことを知っていたら、もっとスキーは楽しくなる。もっともっとうまく、気持ちよく滑れるようになる」こと。
1回目の Topic_1は、
「シーズン前のスキー選び・これからスキーを買おうという人へ」。
バックカントリー(以下BC)に行ってみたい、パウダーをもっと上手に滑りたい、でもどんな板がいいのかわからない、そんなスキーヤーが新しくスキーを買う際に知っておくといい、田畑さん流のポイントを話してもらった。
パウダーやBC、フリーライド志向の人を前提に、新しいスキーを選ぶとき、ぜひ気にしたいこと……
海外ブランドは体の大きな西洋人向けの設計ってこと
スキーを選ぶときに、ひとついつも思うことがある。スキーショップで扱うスキーには海外ブランドが多いよね。とくに注意してほしいのは、ドイツ、オーストリア、アメリカ、どの海外ブランドのスキー、ファットスキーも含めて、基本は自国、またはマーケットの大きな欧州・アメリカ向けの設計であること。つまり西洋人の大きな体格向けに設計されている。
すると、長さから判断して「188cmでスピード出せるな」と思っても、板が踏めないんだよ。身長190㎝、体重80、90㎏のような体格向けに設計されているものを、とてもそこまで平均的に体の大きくない日本人には十分に踏めないのは当然だよね。長さやブランド、太さだけで選んでしまうと、結局、乗りこなせない。乗れるけれども、おもしろさを引き出せない。だから買うときはその部分はよく注意したほうがいい。
日本人男性で多い170㎝前後、60、70㎏っていうと、外国人の大柄な女性くらい。だからレディースものというのも、ひとつ選択肢としてはありじゃないかな。乗りこなしやすい板になるってこともあるのでね。板を選ぶときに男だからメンズ、女はレディースじゃなくて、その部分はお店の人と話をしたほうがいい。
すると仮に長さが3サイズあったとしよう。170・180・190があったとしたら、その3つの長さが対象とする西洋人が、どれくらいの身長の人かを想定したほうがいい。つまり、190というのは海外の一番大きい男性、一番スピードを出す人用ってこと。
日本ではついオーバースペックで選んでしまう人が多いと思う。長いほうがパウダーにはいいと思いがちだけど、そうとは言えない。180cmが海外の中くらい、170cmなら小柄な人向け。いたずらに長ければ浮くからと思っている人は、ちょっと一歩立ち止まって考えてみるといい。
結果として、BCであれば、ツリーなどでのタイトな板の取り回しがラクになるから、楽しくて気持ちよく滑れることになる。そのあたりまでをお店の人と相談するといいんだよね。ブランドや長さに惑わされずに、自分の体格は必ず考えたほうがいいと思う。
体重以外にもバックパックの重さが加わるけど、大切なのは言うまでもなく板の操作性との兼ね合いだから。
ゲレンデか、山か
もうひとつはゲレンデか山か。
よくある話だけど、ゲレンデでの試乗会で乗ればリフトの恩恵もあって、ある程度長くても硬くても重くても乗れちゃうんだよね。そこで調子がいい板を買い、それでBCにいったら、もてあますことになる。
荷物を背負って登って、体力を使っていろんな雪質の斜面を滑り降りる。トップはパウダーかもしれないけど、中腹からボトムに来たらクラストしていたり、ボコボコだったりして、いろんな状況に対応しながら滑るって、体にも負荷がかかる。ハイクアップの疲れと滑りを考えると、ゲレンデでいいなと思うモデルを選ぶと、オーバースペックになってしまう。
だから、山で乗ることがメインだよって場合は、ワンランク落とすのもアリ。長さをひとサイズ落とすとか、フレックスが柔らかいものを選ぶとか。いずれにしてもゲレンデじゃないってことを想定して買わないと、想像と違うことになって失敗しちゃうことが結構ある。「ゲレンデでは調子よかったんだけど、山行ったらスピードが出過ぎちゃって全然思うように滑れない。後悔~」とかね。
「バックカントリーやってみたいんです」の初チャレンジなら
「バックカントリーは初めてなんです」って場合、BC向けの新しいスキーを買うのももちろんいいけど、まずは今、持っている道具で使えるものは使うといいよ。使い慣れた道具じゃないと、いきなり新品を山に持って行っても使えないから。余程レーシング系の板とかでないなら、最初は自分の持っているスキーでBCに行ってみるのもありだと思う。
スノーシューで板を背負って上がる、一度それを体験してみるといろんなことがわかるし、必要なものがわかってくる。板を背負うとやっぱり重いなぁ、これからは登れる金具のついたスキーを買おうかな、とか。
最初からBC用のスキーじゃないと行けないってことはないので、初めてのときはガイドさんに聞いてみたらどうだろう。使い慣れたスキーはウェスト何ミリのカービングスキーなんだけど、これでもツアーに参加できますか、とか。
そして新しいスキーを買おうとなったなら、お店で、それまでどんな滑りをやってきたか、どんなところで滑りたいか、自身の体格とか体力とか、きちんと伝えたほうがいい。そういう相談にしっかり乗ってもらえるお店を選ぶといいよね。
そして新しいスキーを手に入れたなら、まずゲレンデで十分滑り込んで、しっかり体に慣らしてからいくこと。山では何がおきるかわからない。乗りこなせない可能性だってあるから、ゲレンデでの慣らし運転は徹底的にやったほうがいい。けっこうそこをおろそかにしている人がいる。山に来て「今日初めて履くんです、シール貼るんです」なんて、絶対苦労するし楽しくないし、危ないよ。
僕が一番感じるのは、スキーは乗り物だってこと。街乗りなのかオフロードを走りたいのか。クルマを選ぶようにスキーを捉えると、どんな板がいいのか、イメージが湧いてくる。
スキーは乗り物
レーシングなどではスキーはマテリアルだといわれるけど、僕の場合は「乗り物」と言ったほうが近いかな。スキーは僕らを白銀の大自然の中に運んでくれるし、まだ見たことのない風景に出逢わせてくれる。
そんな意味でも乗り物だけど、要は、どこを走るか、どんな乗り方をしたいのか、どんな使い方をしたいのかが大切、という意味でクルマと同じだと思っている。街乗りなのかオフロードを走りたいのか、買物専用なのか何にでも使いたいのか、小回りがきくのがいいのか、デカくて頑丈なのがいいのか、あるいはどんな旅に出たいのか。
そんな要領でクルマを選ぶようにスキーを選ぶと、どんな板が欲しいのかイメージしやすくなると思うんだ。
最初の一台は……
ウエスト90mm台が1本あるといい。イメージはステーションワゴン的な4WD。多少の悪路もいけるし荷物も載る。ちょっとした凸凹も走れるオールラウンド、それでいて荷物も載る。そういったミッドファットをまず1台持てば、ゲレンデでも山でも使える。
ウエスト100mm以上になると最近流行りのSUVといった感じで、120mmを超えてくるようになると、SUVの中でもさらに強力な、たとえばジープやランクルなどに代表される砂漠も走れるオフロード4WDのイメージ。そう考えると、まずはオンオフそつなくこなす90mm台が、最初の一台としてはお勧めになる。
スイッチをしないならテールは上がっていなくていい。軽いキックはあってもよいけど、テールはストレートでよく、ロッカーはいらないかな。
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愛車を手に入れたなら、もっと快適に、安全に乗りこなすために必要なことがある。なんだと思う? クルマの基本性能「走る・止まる・曲がる」の3要素に当てはめて考えてみようか
車の基本性能は、「走る・止まる・曲がる」の3要素。それらが機能せずにぎくしゃくしていたら、うまくいかない。
よく「走る」ために必要なワックス
「走る」という意味において、いい走りをするためにスキーが必要としているのはワックスだ。車でいうとエンジンオイルみたいなもの。レースをするわけじゃないので、高級なエンジンオイルを入れる必要はない。オイル交換をきちんとして、エンジンが回る状態にしておくことが大事。
スキーも同じで、特別なワックスを塗る必要はなく、温度帯に合った基本的なワックスをまめに塗っておけばいい。滑走面が滑った後で白くカサカサになるときは、クルマでいうところのエンジンオイルがなくなって焼きついた状態だ。滑走面を保護するためにもワックスがある。ワックスがなくなると滑走面が直接露呈して、雪面との間の摩擦が大きくなる。こうなるときれいに板が走らないからね。
きちんと「止まる」ことができないと安全が守れない
エッジが丸いとアイスバーンで止まれない。クルマの基本性能で考えたときに、「止まる」のブレーキにあたる部分を司っているのがエッジだ。
ブレーキがきかない車は危ないように、エッジが利かないスキーは危なくてたまらない。相手が新雪だけならいいけれど、いろんな雪質がゲレンデやBCにはある。ちゃんと使えるエッジでないと止まる機能が十分に果たせない。ブレーキはメンテナンスしておかないといけない。
思うように「曲がる」ために必要なこと
「曲がる」の部分で、エッジと滑走面の関係性が出てくる。いわゆる車のステアリングには適度な遊びがある、あれがないと常にハンドルをぎゅっと握っていないとけなくて、それってすごく疲れちゃう。レーシングカーは遊びがなくて、すごくシビアにコーナリングとか攻めていくよね。あれはレースというタイムを争う極限の世界だから。でも、乗用車は遊びがないとまとも走れない。
すると、スキーと滑走面のエッジの形状においても遊びをつくっておいてあげないと、いろんなターンに対応できないし、遊びがあると、いろんなバーンで滑っていてラクになる。
エッジ、特にベースエッジに角度を付けてやれば、ハンドルの遊びよろしく、適度に曲がりやすくなる。新しいスキーを買った状態は、エッジは90度でフラットの仕上がりがほとんどだ。それでも動くし、曲がるけど、よく曲がりやすくするためには、ステアリングに遊びをつけてあげること。自分に合った形にしてやると、より快適に曲がりやすくなる。ただし、自分でやるのがちょっと難しい。この角度付けはチューンナップショップでやってもらうといい。
走る・止まる・曲がるの3つをしっかりやるために
この、走る・止まる・曲がるが乗り物としての基本。この3つをしっかりやることが大事。その中で自分でやれるのがオイル交換のワックス。うまくやるコツはプロに聞いてみよう。
止まるのブレーキ、エッジに関しては、自分でもできなくはないけれど、専用のチューンナップ台や道具も必要になるから、曲がる、の滑走面とエッジの関係調整は、そこはプロに任したほうがいいだろう。そのときはきちんと話をして、どんな遊び方をするのか伝えないといけない。そうでないと曲がりにくい仕上がりになってしまう。
チューンナップを使うと、乗り物として自分が思うように乗りこなせるようになる、そうすると危なくないし、楽しいし、もっと滑りに行きたくなる。
こうしてクルマと比べてみると、重なる部分も多く理解しやすいと思う。
次回の topic_2 からは今、話した「走る・止まる・曲がる」に関わるワックスの知識やワックスがけの方法、エッジの扱い、滑走面との関係性や、滑りの志向もふまえたチューンナップなんかを、順に話していこうと思う。
bottomline
http://bottom-line.jp
「店の名前を「bottomline(ボトムライン)にしたのは、「トップ・トゥ・ボトム」の滑走ラインをイメージして、というのともうひとつ、アスリートのようなトップ層が技術を追求する店というよりも、ボトム層まで含む普通のユーザー向けの店にしたかったから。街のバイク屋さんのようにエンジン音を聞いて、“ここ、調子悪い原因なんじゃない?”なんて感じで、誰もが気持ちよく乗れるように、今後もいろいろ相談に乗りたいね」
Profile
田畑智之 Tomoyuki Tabata
1967年生まれ、千葉県出身。90年代後半、当時自由が丘にあったスキーショップに在籍。その後TUNE-UPを学び、それらを融合させた店「bottomline」を2004年にOPEN。
教えてくれた人 : 田畑智之( bottomline) 構成 : STEEP編集部