黄色い外観の建物はアメリカ本社を模したもの
パタゴニア神田店がリニューアルした。
スキー/スノーボード用品や登山/アウトドア用品の店が軒を連ねる神田という街にあって、同店は2000年のオープン当初からテクニカルな側面を強く押し出してきたが、リニューアルによって、そのコンセプトをより明確にした。
今回のリニューアルは単なる模様替えではない。国内では初めてとなる中古の販売やリペアの提案、そしてレンタルも開始する。初心者からベテランまで、あらゆるプレイヤーのニーズに応える万全の体制を整えると同時に、パタゴニアのメッセージを力強く発信するアンテナとしても機能していく。生まれ変わった神田店を覗いてみよう。
ウィメンズやキッズまで、パタゴニアのテクニカルアイテムがすべて揃う
新しくなった神田店は、フィッシングとサーフカテゴリーを除き、日本で取り扱うすべてのテクニカルアイテムを揃えている。ひと言でいえば、パタゴニアのコアな部分に触れられる店。製品に機能を求めるユーザーにとって、これほどありがたい店はない。
ネット通販全盛の時代だ。オンラインショップには詳細な写真が並び、くわしい解説もサイズチャートも抜かりない。それが便利なのはいうまでもないし、とくに地方都市にあっては、もはや欠かせないインフラと言ってもいいだろう。しかし一方で、経験や知識がいくらあっても、写真やスペックだけを頼りに未知のモデルをイメージするのは限界がある。「思っていたのとちがった」という経験を持つ人も少なくないはずだ。
たとえばウエアなら、手触りや質感を言葉で説明するのは難しい。しかし、道具(ウエアも道具だ!)の使い勝手を左右するのは、往往にしてそうした部分である。使い勝手が悪いとアクティビティは存分に楽しめないが、製品を直接手に取って選べるなら、期待はずれを選ぶリスクは減る。「神田に行けば確実にある」というのは、なんと心強いことか。
経験豊富なスタッフのアドバイスを受けられるのも実店舗ならでは。パタゴニアの直営店には、ガイドやインストラクターを兼業するようなスタッフも多い。神田店もご多分に漏れず。スキーガイドや登山ガイド、トレイルランナーという多彩な顔ぶれが店に立つ。フィールドでの実体験に基づくアドバイスは、初心者はもちろんベテランにも頼りになる。
すべてのテクニカルアイテムを揃える一方で、一般の人にも大人気のライフスタイルアイテムは一切置かない。ここまで思い切ったのには理由がある。ストアマネージャーの三橋利央は語る。
「2000年にこの店がオープンした頃は路地裏にもスキー/スノーボードのお店がありましたが、それもだんだん少なくなり、コロナ禍でさらに減りました。老舗と呼ばれる店が閉店したり、統合したり、街自体に元気がなくなってきたような感じさえあります。
それでも、東京都内はもとより全国的に見ても、これほどスキー/スノーボードショップが集まっているエリアはありません。これから始めようという若い人からベテランまで多くの人がこの街をめがけてくる。夏でもスキーやスノーボードを持って歩いている人がいる街です。そういう人たちに、スポーツの魅力とかメッセージを伝えられる場所になれたらと思っています」
これまで神田店を利用したことがある人は、がらりと変わった店内に驚くかもしれない。ライフスタイルアイテムの取り扱いをやめたことで什器が減り、スペースにゆとりが生まれた。商品点数は減ったが、すっきりと見やすく、選びやすくなった。
「いま並んでいるものも見やすいようにサイズやカラーは少し間引いてありますが、バックヤードにはすべて揃っています」
スキー/スノーボードをはじめ、同社のルーツであるアルパインや登山・アウトドアまで。ウィメンズやキッズがしっかり揃っているのもニュースだろう。スキー/スノーボードのウエアは、カラーもすべて見られる。上位モデルまで在庫している店は多くはないが、この店はサイズもカラーも手厚い。
余談になるが、ハイエンドモデルのパウスレイヤー・ジャケットは、じつは11月にいちばん売れるそうだ。店頭に並ぶやいなや来店し、「やっと好みのカラーが出た」と喜ばれる。気になる人はお早めに。
リペアの提案|ウエアの寿命を伸ばす、お気に入りを長く着る
パタゴニアは、2013年からWorn Wearというプログラムを実施している。「新品よりもずっといい」というキャッチコピーとともに提案しているのは、リペアやリユースにより、ひとつのものを長く使い続けようということ。製造や廃棄による環境負荷を減らそうという取り組みだ。
売ることを命題とするメーカーが「長く使おう」と呼びかけても違和感はない時代になったが、パタゴニアはだれもが見て見ぬ振りをしていた頃から環境保護を訴えてきた。だれよりも早くペットボトルをリサイクルし、「企業としての活動が環境に与える影響を最小限に抑える」ことをミッションとして掲げてきた。
Worn Wearは、長年のトライ&エラーの末にたどり着いたユーザーとのコミュニケーション術のようにも見える。「温暖化を防ぐために立ち上がりましょう」というメッセージは簡単には届かないが、「気に入ったウエアをリペアして長く使いましょう」と言われて拒絶する人は少ないだろう。とくにそれが、情熱を注ぐアクティビティの相棒だとしたら。
神田店ではクイックリペアと称し、簡単な補修はその場で対応してくれる。ジャケットに空いた小さい穴や、エッジで切れたパンツの裾は、早めにリペアテープを当ててダメージが広がるのを防いだ方がいい。ファスナースライダーのプルタブや、ものによってはスライダー自体の交換も可能。パーツが合えばバックル交換やスナップボタンの打ち替えもその場で対応してくれる。 クイックリペアは、補修の方法やメリット/デメリットについて説明しながらユーザーとともに行なう。ウエアのダメージは、フィールドでともに過ごした思い出でもある。リペアしたウエアに、より一層の愛着が湧くのはいうまでもない。
中古品の販売|捨てない。まだ使えるものは次の誰かに
神田店では中古の販売も手がける。今年8月に1ヶ月の期間限定で中古販売のポップアップストアがオープンしたが、常設は国内では初めての取り組みだ。
中古品を販売するのは、「ギアを遊ばせ続け、埋立地には行かせない」ためだが、ユーザーにとっては高機能ウエアをリーズナブルに入手できるメリットが大きい。新品では手が出ない憧れのハイエンドモデルも半額程度で手に入ると聞けば俄然興味が湧く。
現状では、パタゴニアのスタッフから買い取ったものを販売している。集まった中古ウエアは、機能素材の取り扱いに長けたクリーニング業者のもとで洗濯と撥水処理を行ない、検品を済ませたのちに店に並ぶ。機能が損なわれているもの、たとえばシームテープが剥がれていたり、メンブレンが剥離しているようなものは当然除外される。
中古なので保証はないが、クルマに例えればメーカー自ら販売する認定中古車のようなものだから、検品は念入りに行なうはずだ。見えない劣化が進んでいる可能性が高い古いものは、たとえ見た目がきれいでも敬遠されるのではないだろうか。結果的に比較的状態のいいものが多く並ぶと思われる。
アメリカでは、ユーザーからの買い取りもスタートしているそうだ。日本でも検討中というが、スタッフから供給される量にも限界はあるだろうから、いずれは実現すると期待していいだろう。
ウエアレンタル|本当に必要なものしか買わない
初の取り組みとして、スノーウエアのレンタルも開始する。
利用するのはエントリーユーザーか、過去に経験があるがブランクがあって久しぶりに滑る人が多いと考え、ラインナップは中綿入りのゲレンデユースからオールマウンテンのモデルとなった。
メンズはインサレーテッド・スノーショット・ジャケット&スノーショット・パンツ、パウダーボウル・ジャケット&パンツ、そしてスノードリフター・ジャケット&ビブ。ウィメンズはインサレーテッド・スノーデル・ジャケット&パンツとパウダーボウル・ジャケット&パンツ。サイズはXSからXLで、ニーズがあるSサイズとMサイズは多めに揃えている。
期間は最長1週間で、料金は日数にかかわらず1回4000円。スキー場などでのレンタルウエアの相場が1日3000〜4000円と考えればかなりリーズナブルだ。
予約受付は11月にスタート。予約は電話か直接店頭で行なう。レンタル開始は12月から。今季は利用額と同額をPOWへ寄付する。
シェル以外の、たとえばインサレーションウエアや夏のレインウエア等は現在検討中という。すでにキッズのレンタルがほしいという要望も出ていて、これも検討している。いつか、ハイエンドモデルのお試しやサブスクリプションが実現する日も来るだろうかと、夢は広がる。
雪との生活の、責任と、可能性と。
店舗1階は、パタゴニアの新しい取り組みを表現する場になった。店に入ると季節のフォーカスアイテムが出迎えてくれるが(いまは新しいダウンラボの製品が並んでいる)、製品が並ぶのは奥の階段を上がった2階になる。
リペアや中古販売、レンタルと並んで、1階にはこの店舗の新たな核となる重要なコーナーが作られた。入り口の横、階段を降りて来ると自然に目に入る位置にはボードが置かれた。そこには、こんなメッセージが掲げられている。
自分たちのフィールドである
雪山を守るために、
団結して行動を起こしましょう。
ボードでは一般社団法人 Protect Our Winters Japan(以下POW)や、それと連携する神田店の活動を紹介している。
神田では毎年秋に「神田スポーツ祭り」を開催している。来たるウィンターシーズンに向けて気分を盛り上げるキックオフ・イベントだ。
一昨年、開催に向けての会合で三橋はひとつの提案をした。
「気候危機の現状に触れ、雪がなかったら私たちのビジネスは成り立ちませんよね、という話をしました。POWの活動を紹介して、チラシやポスターをお店に置いてくださいとお願いしました」
感度のいい店はすぐに反応し、POWのポスターを掲示してチラシを置いた。チラシがもっとほしいという店も現れはじめた。
神田店はその年のスポーツ祭りでPOWとともに出展し、自分たちのフィールドである雪山を気候危機から守ろうという提案をした。神田店のこのアクションに呼応して、地域に新しい動きが生まれた。
「正則学園という地元の学校が、白馬の一部のスキー場が再生エネルギーに切り替え始めたことを知り、スキー学校の行き先を白馬に変更しました」
行き先を白馬に変えた初めてのスキー学校はコロナ禍で中止になってしまったが、替わりに、POWジャパン代表の小松吾郎氏を招いてワークショップが行なわれた。
これは、路地裏の小さな店が地域を動かしうることを示す象徴的なストーリーだ。そしてパタゴニアは、雪山でなにが起こっているのかを発信し続けることで、より多くの滑り手たちにも働きかけようとしている。
パタゴニア神田店が生まれ変わった。そこはもう、ただ物を売るだけの店ではない。
教えてくれた人
パタゴニア東京・神田 ストアマネージャー
三橋利央
東京都出身。仲良しグループの父親に連れられて、子どものころからスキーに親しむ。中学生でスケートボードを知り、高校生になってスケートボード仲間に誘われてスノーボードをはじめる。冬はニセコに籠るようになり、札幌・秀岳荘のパタゴニアストアで働いたのがきっかけで入社。冬のニセコ通いはいまも欠かさない。
パタゴニア東京・神田:https://www.patagonia.jp/patagonia-kanda-japan/store_924604488.html
Text by Toshiaki Ito