スノーボードが大好きになって夢中で海外の映像の真似事をしていた少年は、その後ライダーとなった。滑ることも仲間が増えていくことも楽しかったけれど、いつしか「ちょっと違わないか?」と感じるようになった。その答えを探す旅の果てに辿り着いたのが「HIMARAK(ヒマラク)」だ。
HIMARAKーBACK TO NATURE
その印象は強烈だ。普段から見慣れているはずのスノーグローブなのに、HIMARAKのグローブが放つ”存在感“は独特なものがある。粗削りな自然と野生の匂いが漂う…とでも言おうか。その所以が革の質感にあるのか、デザインなのか、純国産の職人技にあるのか、もちろんわからない。
根底に流れるスピリッツは「BACK TO NATURE」。純国産グローブブランドとして2009年に生まれたHIMARAKというブランドのルーツを探ってみたくなった。
ライダー兼ディガー
「苗場の浅貝のパークでディガーをしていたんです。ライダーでもありました。1998年くらい、当時はスノーボードムーブメントの最中で、浅貝のパークはちょっと有名でしたね。最初はショップイダーを2,3年やっていて、その後、ハイヤーというブランドにスポンサードしてもらって。その頃ムービーやYoutube動画が流行り初めていたので、ディガーの傍ら映像を撮ったりしてライダー活動をしていました。
すごく楽しくてやりがいがありましたよ。いろんなライダーと出逢うきっかけになったし、今ある仲間の輪もこのときから繋がっています」
國原龍一(くにはらりゅういち)さん。
HIMARAKのファウンダーは、元パークディガー兼ライダー。
雪やスノーボードとの出会いはどのようなものだったのだろう。
「もともと両親がスキーが好きでよく出かけていたので、物心つく前から山には行ってました。中2くらいでスノーボードに出会って衝撃的でしたね。カッコよくて。当時は、まだスノーボードを滑れるスキー場があまりなくて。唯一近くでできる山梨の「ふじてん」に、親にねだってよく連れて行ったもらいました。高校でスノーボードが好きな友達と出会って3年間ずっと通いました。気がついたら自然にショップライダーになってた感じです」
計画的…のように見えて実は勢いだった
浅貝にいた当時はプロライダーとしてやっていきたいとも思ったが、やはり自分の限界も見えてくる。ライダーとしてよりもビジネスとして、好きなスノーボードにずっと関わっていこう。そう意識していったのが20代前半だった、という國原さん。
「ライダーでできる限りをやりながら、その先に何ができるかなって考えて準備をしていた時期が24歳の頃。2004~05年くらいに仲間と飲食事業を立ち上げたんです。地元の神奈川県の相模原で「サルジ」というバーのようなお店です。当時は雪山とお店をいったりきたり、三角形な動きを2007年くらいまでしていましたね。サルジはサンスクリット語で雪という意味。雪山を意識した雰囲気のお店作りをして、山にいるような気分になれる空間です。
お店は3人で立ち上げたんですが、僕を含めて2人は飲食業なんてまったく経験のないど素人。どうして飲食?って聞かれたら、もうほんと「仲間と楽しいお酒が飲めたらいいな~って、それだけ(笑)。自分的には計画通りに見せかけて、実はそうでもなくて、パッと思いついたらすぐ行動に出ちゃう感じ。ちょっと頭のねじが足りていない(笑)」と茶目っ気たっぷりに笑う。
現在はサルジの他に、同じ相模原でHIMARAKの世界観が表現されたスタイリッシュな店「Cafe&BAR HIMARAK」も展開。プレートランチやビストロ風の洒落たメニュー、雪国の日本酒やお酒など美味しいものがいっぱい、グローブの最新プロダクトもディスプレイされている。ローカルのゲストはもちろん、HIMARAKのユーザーたちが集い、雪山談義で盛り上がる?ホットでレイドバックしたナイスな空間となっている。
グローブという着想
「店の立ち上げが落ち着いた頃、何かまた別の事業を始めたいねってことになった。そのなかでグローブのエピソードが出てきたんです。ディガー時代、薄手のビニール?グローブを使って作業していたけれど、すぐに穴ぼこだらけになってダメになってしまっていた。それに比べて革のグローブは耐久性もあって、一番いいなと思って使っていました。
この頃、感じ始めていたんです。「なんか違うんじゃないか」って。ショップのライダーが、お客さんに無理やり商品を買わせるために頑張っていた。プロショップでもたくさん売って、メーカーもとにかく量を作って売る時代だった。でも、量ばかりあって滑り手の数と合っていない。
そんな状況のなかに身を置いていて、強く思ったんです。数を売って捌くのではなく、長く使うモノ創りだったり、毎年モデルチェンジするものではなく、育てて長く使って自分のものにすることが必要なんじゃないかなって。でも、板とかではその発想ができない、ウエアでは荷が重いかなって。グローブなら大事に使ってリペアをしていけば長く使えるのでは、と。僕のなかでピン!ときたんです。
時代の流れもそうきていた。デザインもよりシンプルにミニマルになって、プロダクトも[最新モデルの年式]とかでなくて、オンリーワンだったり。たくさん売るより、いいものを長く使っていくという時代への動きが生まれていた頃だったと思います。
でも当時、グローブはそんな流れとは別で、業界のなかでもちょっと下火な感じがしたんです。ギアとしての注目度が低いというか、品質への関心度が薄いというか…。量販店の安価なものを毎年買い替えばておけば十分じゃない?みたいな。だから、グローブはこれからのテーマなんじゃないかって、自分のなかで点と点が繋がって線になった感覚がありました」
こうして國原さんのグローブ作りは始まった。
「最初は工場も何もない状態からのスタートでした。工場の分布率が集中しているから、という理由で、まず香川県に飛び込んでみた。2009年に動き出したんですが、ほんとに勢いだけでいっちゃった感じ。思うと今、同じことができるか?っていうくらいです。飲食店のパートナーも巻き込んじゃったうえ勢いに身を任せたので、やりきらなくちゃ……という責任感もありました。
香川で必死に工場を一つずつあたったものの、思うようにはいかない。けれどようやく、今、おつきあいをさせていただている工場に出会ったんです。ロットが少なくても親身に話を聴いてもらえた。幸運でしたね」
こうしてできたHIMARAKグローブ
「グローブ作りの経験はゼロだったので、工場と意見を重ねて製作を進めていきました。香川の高い技術力を持つグローブ作りのプロの工場がつくってくれるものだから、原型の時点で十分に良いものだったんですが、もっとその先のディテールは、現場で活動するライダーたちからの生の声や考えを形にしていきました。厚みや縫い方、内縫い外縫いとか、絞りのひとつ、マジックテープの仕様や紐だったり…。
アルパインエリアの山の頂上にいたり、バックカントリーなど、自然の過酷な状況にいるライダーたちからの生の声、『この部分は現場で機能しなかった』『この部品は使わないほうがいい』『もっとこうだったらいい』など等、一つひとつ重ねていった。幸い国産で工場が香川にあることで、現場から吸い上げられるリクエストや修正点は、すぐにダイレクトにプロダクトに反映できましたから」
そこをクリアできれば、ゲレンデやサイドカントリーなどでも十分問題ないグローブになるに違いない、と國原さんは考えたのだ。まず、いかに厳しい状況に耐えられるか。
「ただ、それは費用も嵩むんです。当時、量販店で7,000~8,000円というグローブが売れている時代でした。グローブってこんなもんだよね、という価値観でしょうか。グローブにお金をかける人が少なかった。
そんななか、HIMARAKは2倍くらいの値段になってしまうことは、少しためらいもあったけど、やはりいいものは使ってもらえる。『HIMARAK高いよね』が『2,3年使えるんだって』とだんだん知られていくようになり、『4年使えた、むしろ安いよね』になっていった。この体験を通じて、良いものを作って値段を上げていくのも悪くなかった、ということがわかったんです」
こうして國原さんは2011年、HIMARAKブランドから初の作品となる、牛革の5本指とスプリングタイプ、ミトン、の3型のグローブをリリースしたのだ。ミトンは保温性にこだわりどれだけ暖かいか、5本指は作業性を重視して、握りのグリップだったり、指先にグリップをつけたりして工夫した。
いいものづくりは曲げたくない・HIMARAKのブランディング
HIMARAK[ヒマラク]― サンスクリット語でHIMA[ヒマ]は「山」、RAK[ラク]は「愛する」。HIMARAKは国原さんによる造語だが、ネパールでもHIMARAKといえば、山を愛する、という意味で通じるという。
ロゴを見ると山の稜線から陽が昇っているグラフィック。國原さんが描いたものだが、この山は…てっきりヒマラヤ山脈かと思いきや、違った!
「谷川岳です(笑)すいません。Made in Japanブランドですから。ロゴデザインは製作にかかわってくれる仲間とやっているんですけど、以前と微妙に山の形が変わってきて、だいぶ稜線が滑らかになってきた。年齢のせいでまるくなったせいかな?(笑)」
HIMARAKを始めて10年、そのなかで大きな出逢いもあった。
「僕のなかでHIMARAKという方向性がバチっと決まったのが、ライダー西田洋介さんとの出会いでした。アドバイザーという形で実際にウチのグローブを使ってもらってもいました。西田さんは当時、TJはじめ数々のブランディングを手掛けていて、僕が理想としていることを実現していた。西田さんのブランドの価値観に感銘を受けたんです。
どうしてブランディングをする必要があるのか、ブランドとしての価値を高めるノウハウなど、とにかく『カッコよさが大事なんだ』という考えを学んだことは大きかったです。それは決して外的な見え方だけでなくて、内面的なソウル(魂)の部分です。
僕自身は、ブランディングとはいいものを追求すること、かなと思っているんです。大量生産せず、必要な分だけでいい。売らなくちゃいけないからと販売に固執することでモノの質が下がるのは一番よくないこと。ブランドはブランドとして、しがみつきだしたら終わり。いいもの作りは曲げたくない。
ユーザーの気持ちにどれだけ近づけるかな、というのが僕の思うブランディング。ユーザーの『こうだったらもっといいな』という希望を一つひとつ実現していくことで、ブランド力が高まると思っている。それをコツコツ積み上げていくことで真のブランドに近づけるんだと」
國原さんのこだわりと、ブランドへの強い思いはHIMARAKの世界を広げていく。
そしてまた、幸運な出逢いも引き寄せた。
國原さんの隣にいるのは、HIMARAKのスキー部門を担当している鈴木俊(すずきしゅん)さん。HIMARAKのブランディングに欠かせない、かけがえのない存在だ。
「俊とはもう20年近い付き合いです。当時、彼がたまたま入った店がサルジだった。話していくうちにすっかり意気投合して。
10代、20代前半をスキーに捧げた彼は、そのキャリアを存分に活かして、スキーとスノーボードの垣根を無くしてくれた立役者です。HIMARAKに、現在のようなSki & Snowboardの共存が叶ったのも、俊のおかげなんです。
HIMARAKグローブがスキーヤーの手に馴染むための考察や助言、そして、著名ライダーとのパイプ役なども担って、多くの功績を積みながらHIMARAKブランドを支えてくれています」
交わることでいいバイブスが維持できる
「HIMARKには小さいながらも、お客様や仲間とのコミュニティがあるんです。ショップさんや他のブランドさんとコラボでオリジナルなアイテムもプロデュースしています。20双からオリジナルを作れるので、特別感を出すことができる。それをユーザーが感じることで結束が固くなって、仲良くなれるんですよね。いろんなところと交わることによって刺激をもらったり、ブランドとしていいバイブス的なものを維持できるんです」
ちなみにこちらは、STEEPでもフューチャーした「LADEビーニー」とのコラボ作品。LADEのロゴやオリジナルグラフィック入り。イヤーフラップの革はHIMARAKグローブの革だ。LADEがベースとする東北の気候・地域性も考慮されてデザインされている。
「東北で使うのに調子いいかなという厚み、機能性を考えて、ミトンや5本指の3種類のデザインがあります。あんまり厚ぼったすぎず、操作性も高く、でもすごく暖かい優れモノです」とコメントするのはLADEビーニーのオーナーの会田さんだ。國原さんは、こう言う。
「LADEさんとは共通項がいろいろあって。LADEさんとのコラボは楽しくて、とてもいいバイブスをもらえるんです」
なるほど、こうして創られたコラボ作品を見ると、両者の世界観の親和性、調和ぶりは見事なほどだ。
そして‘24-25シーズン、HIMARAKはまたひとつステージを上げた。スノー業界で初となるクワッドグローブ(4本指)をプロデュースしたのだ。今では3フィンガーグローブはお馴染みになっているが、4本指はあるようでなかったアイデア。もちろん、ライダーやユーザーからの「あったらいいな」を叶えた作品だ。
「雪山で作業などで手指を動かすことを考えたら5本指がもちろん一番機能的でいい。けれど特に小指が冷えやすいデメリットをぬぐえない。それなら小指の保温性を保つために4本指が一番いい、という答えに辿り着いたんです」と國原さん。
BRANDY
Material: deer
Color: Gray, Navy(全2 色)
Size: S,M,L,LL
Temp: -15℃~3℃
¥23,650
「鹿革にしたのは、鹿は柔らかで、硬くなりにくく、保温性も高いから。でも、コストは鹿のほうがかかる。値段もどうしても上がってしまうけど、良いものを、と考えたときに、やっぱり鹿かなと。牛より鹿のほうがキメが細かくて摩耗にも強いんです。
そして、鹿を使い始めたのは、増えてきた二ホンジカによる農作物や森林破壊などシカ害問題も意識して。ただ鹿たちを駆除するのでなくて、有効活用できたらいいなって」
作り手としてのミッションとビジョン
國原さんは、この先にどんな景色を見ているのだろう。
「まだまだいろいろできることはあると思っているんです。最終的に目指してるのは、個人レベルのハンドメイドグローブが作れるところまで行きたいなって。そして、半永久的にグローブを使ってもらえるように、個々に対して完全なリペアができるようなところまで。
例えば、手のひらの革が破けたら1枚張り替えることでまだまだ長く使えるようになる。そういったリペアサービスがすべてのユーザーに向けて提供できたらすごく嬉しい。
生産の数は今後そんなに増やさなくてもいい。リペアでお代をもらう。愛用しているグローブの他に、用途やシーンによって使い分けるために新しいものを足していってもらう、というのが理想です。例えば厳冬期のバックカントリーで使う保温性の高いものと、春シーズンの薄めのスプリンググローブや、ゲレンデクルージング用のライトなものも、といった感じで。HIMARAKを気に入ってくれる人に、いろんなステージで揃えてもらう、そして長く使ってもらえるといいな。
僕、人が見たら、なんでこんなことしているの?っていうことをするのが好きなんです。
まずは完全リペアの実現、そして、ひとり一人のカスタマイズグローブができれば、作り手としての自分のミッション・役割は終わりかなと思ってます。そして、いずれ日本を飛び出して海外に出ることもチャレンジしたい。なので、今季からグローブに「Made in Kagawa,Japan」というタグをつけているんです。
國原さんは現在、相模原の飲食店の横にHIMARAKのショールームを建設中だ。ここがグローブのカスタマイズや、リペアの受付窓口になるといいな、という願いをもって鋭意作業中。この秋、完成と新たなサービスのスタートが楽しみだ。
教えてくれた人
國原龍一 Ryuichi Kunihara
HIMARAK ファウンダー
浅貝のパークでディガー兼ライダーとして活動後、神奈川県相模原にカフェ&バー「サルジ」を開店。2011年、Japanメイドの「HIMRAK」グローブを創立。ユーザーとのコミュニティを大切にしながらブランドを育て、現在は「Himarak Cafe 」も経営しながら、HIMARAKを通じて「いいものをずっと使う」というメッセージを発信している。
Himarak Cafe
神奈川県相模原市大山町11ー11
Tel:042-703-6945
Monday〜Satday 18:00〜0:00(Lo 23:00) Lest Sunday,Holiday
HIMARAK
公式サイト:http://himarak.co.jp/
公式SNS:Instagram | FB