スキーヤーでも知らないスキー製造の世界【第1話 潜入編】

”スキー板開発者”を名乗りながらも、スキー板についてなにもわかっていなかった(だろう)男が、実際にスキー製造工場を訪れ、スキー板の製造作業をすることになった。

この特別な経験を追体験しながら、スキー板の作成素材、内部構造、制作工程などの謎を、エンタメ形式で見ていく3回の連載企画。今回はその第1話(すこし長い)。

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エンタメスキーヤー、スキー開発者になる!? 

STEEPの読者の皆様、エンタメスキーヤーの河野祥伍です。
知っている方は「ああ、あいつか」となると思いますが、まずは自己紹介をさせていただければと思います。

「エンタメスキーってなんやねん」と思うかもしれませんが、大きな枠で言うと私はフリーライドのカテゴリーのスキーヤーです。

フリーライドといっても、私の場合は”自由(FREE)”という言葉をより拡張させて、「なんでもかんでも面白いことをやって目立っちゃえばいいんじゃね?」というより型に囚われないスキーをしています。

文字通り、型に囚われないスキーばかりしている
既存にはない度肝を抜いた表現方法を探る

そんな私は4年前、縁あって国産スキーメーカー・ブルーモリスと活動を始めました。

メーカーに所属したことで、「もっと良いスキーを作るにはどうすればいいか」という意見を求められるようになりましたが、それまでの私は与えられた板に乗り、宣伝することが仕事。板づくりの知識はほとんどありません。

それでもプロとして意見を求められるたび、
「ノーズが少し柔らかい気がするので、もう少し返りが早いほうがいい気がします」
と保険をかけた発言をしたり、先輩開発者に全力で同調したりしながら、その場を乗り越えてきました。

そうしているうちに、

「板の開発者」

という肩書が加わりました。

しかしその言葉に見合う知識も経験もない。そんな自分が開発者を名乗ることに、一番納得できていなかったのは自分自身です。

そんなモヤモヤを汲み取ってくれたのか、ブルーモリスから「板づくりを学びにおいでよ」と声をかけてもらったことが、この企画の始まりです。

世界で3番目に古い歴史をもつブルーモリス

本編の前に、ブルーモリスについて簡単に紹介しましょう。

ブルーモリスは青森県平内町にある国産スキーメーカーで、2026年に創立103年目を迎えます。スキー製造を始めた企業としては、世界で3番目に古い歴史を持っています。

「そんな老舗なのに聞いたことがない」と思う方もいるでしょう。それは長年、他ブランドの製造を数多く手掛け、自社ブランドの展開が比較的新しいためです。

しかし、100年以上培ってきた技術は本物。だからこそ挑戦的なスキー開発にも積極的で、その自由な発想から、ついには謎の「エンタメスキーヤー」を工場へ招くという企画まで生まれてしまいました。

「意外と楽勝!?」ナメてかかった怒涛の4日間スケジュール

【初日】
・板の材料となる素材を実際に見たうえで、どのような特性があり開発時になにを変えると、なにがどう変わるのかを理解する。それが、どのように部材として加工されているかを把握。
・午後は工場見学をしてスキー製造の行程を見学。

【2日目】
・板作りの要である組み込みを体験し、製品基準を満たす板を完成。

【3日目】
・もうワンペアの板を作り、2本合わせて研磨し、最終的な品質試験をクリアさせる。

【4日目】
・全体を振り返り、知識的な部分の補完。

という日程。なかなか分厚い日程と思いつつも、「あ、意外にそんな感じで板って作れちゃうんだ」という考えが頭のなかに浮かびました。そんな甘い考えからスタートした1日目。

ここからはスキー板の素材の説明、特性の説明、素材加工の説明、さらには作業工程に入っていきます。

「開発=カッコいい」は大間違い! 想像以上に泥臭い6つのプロセス

「スキー板の開発って格好良く聞こえると思いますが、凄く泥臭いものなんです」

板作り研修を担当してくくれたブルーモリスの江戸祐倫さん

今回の板作り研修を担当してくくれた江戸さんから流れを説明してもらった時にいただいた言葉だ。板の開発とは以下のようなプロセスの事を指すとのことだ。

まず最初に、開発者の経験と乗り手の意見を交えて目指すスペックを決定する。どのような素材を使うと、どんなスキーになるかをデータ上で試算し、その上で、検討を重ねてひとつのスキー形状に落とし込む。

次にスキー製造に最も重要な、金型を製作する。

金型の製造はコストと時間が非常にかかる作業であり、後戻りのできない工程だ。長さ、形、ロッカーやキャンバーなど、スキーそのものの形を作るための道具である。
金属を削って溝を掘り、それを曲げてスキーの形状にしていく。もちろん1モデルに3つの長さ展開があれば、金型は3つ必要になるわけだ。

金型を間近に見れる機会はなかなかない

金型が完成したら、ようやく試作が作れる。そこからフィールドテストをして、「軽くしたいけど硬くしたい」「もっとギューンと返ってきてほしい」「もっと不整地で安定した乗り心地が欲しい」と言ったテストライダー達の意見を吸い上げる。

スキー板の理想の乗り味を決めるため、本社の開発担当者はテストライダーの意見をもとに、素材の組み合わせや構造の微調整を何度も繰り返す。一度の試作品の制作で上手くいくことはほぼなく、何本も別素材、別構造でテストし、トライ&エラーの先にようやく納得いく物ができるとのことだ。

スキー板の作る際、その特性を決定するために使用される素材たちを見ていこう。
以下の素材たちはすべてを一つのスキー板に使うわけではなく、制作されるスキー板の特性に基づき、必要量、また不必要が判断される。

スキー板の半分は「木とアレ」だった!? 
脳がバグる11の構成素材

スクロールできます
木材
木材はスキー制作にあたり板の特性に合った樹種を指示し、圧着した板状で輸入する。求められるスキーの特性によって木の密度、重量、特性を組み合わせ合板状の木材だ。スキー板の芯材となる木は主に1種類から3種類程度で構成されている
トップシート
透明な素材のシート材を購入し、印刷する。ストラクチャーというデザイン入りの透明シートもある。求めるスキーの性能とトップシートで出したいデザイン表現に合わせて印刷方法を選ぶ。それらは昇華印刷かデジタルプリントか、表面印刷か裏面印刷かを選ぶことになる。昇華印刷は発色がよくはがれにくいのが特徴。反面、濃淡表現や特殊な質感表現は苦手。デジタルプリントは質感表現の自由度が高い。一方で、傷や摩耗による劣化が起こりやすくなる。メリット・デメリットを考慮し、表面印刷、裏面印刷の決定をする
ソール
求めるスキーの性能に対して分子量を決め、黒、透明、カラーの中から選びソール材を購入する。求めるスキーの性能に対して分子量を決め、黒、透明、カラーの中から選びソール材を購入する。この時の分子量が高ければ高いほど、ワックスを良く吸い、良く滑り、摩耗に強い良いソールになる事が多い
エッジ
求めるスキーの性能に対して材質、硬度、厚みを決定する。ソール全体を覆うワンピースエッジ(ラウンドエッジ)やツーピースエッジなど板に合わせて選ぶ
サイド材
板のエッジとトップシートの間のサイド面の素材。主にABS樹脂や強化プラスチック。数種類の異なる材質から、求めるスキーの性能に対して使用するものを決定
メタル
板の安定性や静進性を出すため、内部にシート状にして入れたりする。軽量の木材を使った場合、ビンディング取り付けエリアにだけ、補強で入れたりすることもある
FRP
ガラス繊維を編み込んだもの。カーボンなどが配合されたものもある。編み込む方向やその量、太さ、重量など、求めるスキー性能によって仕様を選定する。補強素材であり板の耐久性の向上とトーションやフレックスなどのフィーリングを調整する目的で使用する。布状のものと板状に加工されたものがある
カーボン(炭素繊維)
カーボン繊維を編み込んだもの。編み込む方向やその量、太さ、重量など、求めるスキーの性能によって選定する。少量の使用で反発が出て、スキーの個性が強く変わることがある
特殊化学繊維
振動分散率が高い素材。板のバタつきを抑える目的で使うことが多い
接着剤
自社選定のエポキシ材と硬化剤を混ぜて使う。硬くなりすぎず、またゴムのような弾性がでない。たわみを適度に出すように使う
補助剤
接着が困難な素材同士を上手く付着させたり、弾性率の異なる素材同士が剥離しないようにする。接着性向上の役割を果たす

面白いのは、スキー板の重量の半分以上は芯材である木材と、接着剤だということ。スキー板は板なのか、という一つの問いは、木であり、接着剤が半分を占めているのだ。

それぞれの素材は数種類から、数百種類を超えるものもあるという。それらを求めるスキーの特性を出すために、無限とも言える組合せのなかから選択していく。

開発とは、まさにこうした途方もつかない作業だということを改めて実感。

材料がどんどん変化していく、加工の行程

さて、続いて、板作りの行程に入る前に、素材を部材へと加工していく。

スクロールできます
木材加工
先ほど紹介した合板状の木材をスキーのアウトライン状に削り出したのち、不等厚を削り出していく。不等厚というと耳慣れない言葉かもしれないが、スキーを上から見た時の形に削り出す行程がアウトラインの作成、横から見た形に削り出す行程が不等厚の作成といった感じである。薄い箇所、厚い箇所。反っている箇所を削り出すイメージだ
トップシート
様々な印刷方法でスキー型に合うようにシート状にする
ソール
印刷かダイカットかが選択されたのち、ダイカットマシーンにてスキーの形状に沿ってカッティング
エッジ
自社開発のベンダーマシーンによって4軸(XYZ+捻じれ)で加工
サイド材
スキーの不等厚に合う形にカット。合着しやすい状態にする
メタル
必要な物を全体に使用するか、部分的に使用するか決めて用意
FRP
必要な物を板状の状態でスキー型に合うようにカット
カーボン
必要な物を全体に使用するか、部分的に使用するか決めて設定
接着剤
板の長さ、太さ、使用する部材の層の数などを考慮して使用量が決定

写真にはないが、特殊化学繊維や補助剤も必要な部分に必要な量を設定する。

以上のように素材は加工してそれぞれの部材となり、スキーへと組み込まれていくことになる。

データベースを凌駕する職人の勘! そしてやってきた「破壊検査」

そんなことを勉強していた折、本社スキー開発担当の里村さんがすでに販売されている板の素材変更をしていた。
より軽量だが、板としての剛性を失われない新作の板を製造していたのだ。

里村さんは開発から製品化まで板作りにおけるどのようなプロセスもこなす勤続25年のベテラン
トップシートの変更と現状のFRPの多重層から一枚抜いてみて計量化を図ってみたが、一本試作して見たところ、思ったほど重量が減らなかったらしい

ブルーモリスは過去の経験から独自のデータベースを持っており、素材の変化や増減をデータ入力すると、重量と剛性がどのくらい変化するかという計算を瞬時にできる。

しかし、それが完璧に上手くいくとは限らない。

実際、手に取った時の重量や剛性を十分に感じたとしても、破壊検査などによって基準値に達していない場合は、量産化はできない。

里村さんは続いて、FRPを限りなく薄いものへ変え、カーボンを張り付けて計量化を図っていた。

板の重量は理想に近づいたが、少し柔らかくなってしまった。あとは、ライダーが剛性をどう判断するか。フィードバックが待たれる

スキーの特性がおおよそ整ったとみれば、次は破壊検査である。
破壊検査は3種類。ビンディング取り付けのネジのひっぱり強度、板の平面に対する強度、ねじりに関する強度。このテストを板が破壊されるまで力をかけて検査する。

板の平面に対する強度をみる。作った板が「バキッ」と非情な音を立てて折れるまで、容赦なく上から強い圧力をかけ続けていた
破壊後は板を切断
板を横に切断した後、縦に切り断面を見て、どの素材がどのように破壊されているかを調べる

スキーが生まれる「コの字型」ルート

ようやくここで板作りの工程を見てみる。
上記の流れはプロトタイプの制作が終わり、量産品の制作段階での工程だ。

ブルーモリスの工場は歩く道筋どおりに、それぞれの工程が準備されており、コの字型の工場に入って、出てくると製品化した板が生まれるという流れになっている。

今回、私は里村さんに弟子入りして、板の組み込み作業をすることになっている。初日に私が覚えるべき、一番重要な作業だ。
’組み込み’はスキー製造工程の要であり、部材を正確かつ素早く金型のなかに組み立てていく行程を指す。

ちなみに、この時なぜ私は”素早く”金型のなかに組み立てていかなければいけないのか、ということを理解していなかった。これは後にやってくる非常に大きな失敗へとつながるのだ、その話はまた次回。

どうやら、’組み込み’作業を明日は私一人でやらなければならないらしい。そのために、実際にその様子を里村さんがどうやっているのかを見せてもらう。

「あ、ふーん。なるほど、なるほど」

よくわかってないヤツが取る相槌を私は打っていた。手際のよい職人さんを見ると、なんだか簡単そうに思える。だが、実際にやっていることは、いまいちよくわかっていない。

「大丈夫、順番通り置いておいてあげるから、設計図通り重ねてくだけだって」

ニコニコと微笑む里村さん。それなら大丈夫じゃね? と思って聞いていると

「まぁ、おれが準備するし、もし不良出したら、ブッ—―笑」

……あれ!? なんか物騒なことも言ってる。「ブン殴……」と続いても「ブッ殺……」と続いても物騒だ。笑顔の裏が怖いタイプの人なのだろうか。緊張感が走る。

脳みそ完全パンク! 泣きながら猛勉強した青森の夜

途方にくれる気持ちを海を眺めながら冷ます

以上の内容が、初日におおよそ説明されたことを、数日かけて質問と回答のやり取りを経て補完した内容だ。
正直、研修初日を終えて、工場を出た後、陸奥湾に落ちる夕焼けを見て「あーきれいだなー」と脳をクールダウンしたくなる気持ちはわかるだろうか。

わかればわかるほど、わからないことが湧き出してくる。

というか、わかっていることが、本当にわかっているのかすらも謎。ようやくまとめられた状況でもこれだ。マジでなにもわかっていないやつが、脳に詰め込む情報量じゃない。

そして、それとは別に技術的な部分、2日目の組み込みの工程なんて、もはや忘れ始めている。パンク状態の頭と、不安でしかない精神。

私は、とりあえずフォトグラファーが記録してくれた写真を見ながら、ノートに走り書きした情報、スマホで撮った動画と写真を見ながら、まとめを作ることに奔走した。

ホテルはなんとチェックインから21時までお酒を含めたドリンク飲み放題という、酒好きには天国のような環境だったが、一滴も飲まず青森の夜は更けていくのだった。

第2話 板組み編へ続く

ブルーモリス https://bluemoris.com/ 

Photo by Hodaka Ando

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