スキーヤーでも知らないスキー製造の世界【第2話 板組み編】

”スキー板開発者”を名乗りながらも、スキー板についてなにもわかっていなかった(だろう)男が、実際にスキー製造工場を訪れ、スキー板の製造作業をすることになった。

この特別な経験を追体験しながら、スキー板の作成素材、内部構造、制作工程などの謎を、エンタメ形式で見ていく3回の連載企画。今回はその第2話。
初日から脳みそがパンパンになるほどの知識を詰め込まれた、エンタメスキーヤーの河野祥伍。2日目はどうなる!?

第一話 未知の世界へ潜入編はコチラ

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「なんか上手くいく気がする」という死亡フラグと、優しすぎる職人の特別対応

昨晩まとめたことが、どこまでまとめられているかも定かでないまま、不安な朝を迎える。
ビジネスホテルの遮光性の高い重いカーテンを開けると、眩しいまでの朝日が差し込んできた。

雲ひとつない快晴。高気圧ど真ん中。
「あれ、もしかするとなんかうまくいくかもしれない」
そんな気持ちすらも湧いてくるいい天気だった。

9時に会社へ着くと「昨日はゆっくり休めましたか」と、昨晩は遅くまでなにもわかっていない私の質問にLINEで一つ一つ丁寧に回答してくださった江戸さんが優しく声をかけてくれる。
そんな優しさに、愛想笑い半分で本日の研修が始まった。

「いま里村が全体の準備をしていますので見に行きますか」

研修用として用意された26−27季用のラプター

工場へ足を運ぶと、里村さんはプレス機の準備をしていた。板は年間製造台数を一気に作り上げる。
私が作るラプターは既に出荷分を作り終え、生産を終えていたが、今回私が研修をするためにわざわざプレス機をラプター用に調整してくれていた。

さらに組み込みをする部屋にはバシッと部材が整えられており、設計図も張り付けられていた。
さて、ここまで整えられていれば、上手くいく……はずだろう。

作業順に部材が置かれて、あとは順序に沿って組込するだけの状態にまでセットアップされた

職人は15分、私は1時間目標。なのに目の前の設計図が「謎の暗号」にしか見えない件

組み込みは型のなかにスキーの部材を接着剤と共に重ねていく作業だ。
金型のなかに部材を入れる、接着剤を塗る、そしてまた部材を重ねる。この繰り返しだ。

職人は15分で一本の板の組み込みを終えるという。

「まー、最初は1時間くらいはかかるよ!」

と笑う里村さん。一時間くらいまでは許容範囲ということか。とりあえず職人さんの4倍の時間をかけても良いという安心感で心がすこし軽くなった。

ゴム手袋をして、作業台の前に立つ。深呼吸をしながら部材を確認する。

部材の状態を手触りで確認、しているのか、していないのか、よくわからない、の図

……よくわからない。

なんなら初めて見たのかもしれない気もする。この時点ではもはや素材が部材になった状態を見ていないものすらあった。
混乱状態のなか、用意してくださった設計図を見る。

よくわからない。

説明をしてもらったFRPとか補強材とかじゃなくて、商品名で書いてあるからだ。

……聞いてない。

「ちょっと一回休憩お願いします」とも言えない雰囲気。
行くしかない。
ただ、経験上知っている。
心が「No、Go!」と叫んでいる時にプッシュするといいことがないということを。

静かに差し替えられた「不合格確定」のトップシート

エポキシと硬化剤を混ぜる。独特な匂いが充満する。金型にソールを置いて、エッジをはめ込んでいき接着剤を塗る。

「テールから一気にいって、2、3でノーズからテールへ持ってくればいいよ。エッジの隙間はしっかりね」

一気に、と言われているのになんとなく塗れていない箇所があるような気がして、パテが行ったり来たりする。

行ったり来たりしたパテの後が如実に出てしまっている

「横向きにはぬらないよー」

と言われているのに、パテはあっちへこっちへ。

不安は行動に出る。丁寧にやられねば、という気持ちと、本当にこれでいいのかという気持ちがとにかく時間を取る。

ソールとエッジに接着剤を塗ったら補助剤。そこにまた接着剤を塗ったらまた補助剤。そこに接着剤を塗って次はFRP。同じく接着剤を重ねつつ、FRP、補助剤、補助剤、サイド材、ここでようやく中間の木材が来た。

冷静を装いながらひたすら作業をこなしていく河野祥伍

「板は木材を中心にきれいなアーチを描くようできる限り上下同じ素材を使うことが望ましいです。
ただ、トップシートとソールの材質は違いますし、エッジがあるぶん、そのあたりを考慮して素材を決めています」

そんな江戸さんの言葉が思い出される。ということはあとまだ半分あるの!? 
ラプターは全部で16層ある。つまり、一層にかけられる時間はどんなに長くても3分半。まずい、どう考えても5分以上かけてしまっている。

急がなきゃという気持ちと、「これで合っていますか?」と聞いて、チェックをもらいたい気持ちがまじりあう。

9層目、10層目。重ねていくと、だんだんと手が熱を帯びてきた。

「あー、エポキシ、固まってきちゃったね」

耳に入ってくる里村さんの言葉。接着剤は硬化するさい熱を帯びる。焦ってゴム手袋に飛んだ接着剤が硬化を始めている。手元にある接着剤も同じだ。

「ちょっと、これダメだねー。一回接着剤作り直そうか」

里村さんの声が耳をつんざく。
接着剤が硬化し始めると伸びなくなる。伸びない接着剤を何度も何度も塗りたくろうとすると薄い部材はシワになる。
とりあえず一度接着剤を作り直してもう一回柔らかい状態にして、再スタート。

所在なさ気な左手が、河野以外に誰もいなくなった空気感を引き立たせる

そんなことをしていると、江戸さんも里村さんも消えていた。
さっきの「これダメだね」は、もしかしてあれか、接着剤じゃなくて、もはや板製造に対してのダメだったのか。

それを聞いてしまったら完全に心が折れる。とにかく続けるしかない。

すると帰ってきた里村さんが静かにトップシートを差し替えた。グラフィックが今季の物になっている。来季用の製品になるラプターを作っているはずなのに、すでに製造が完全終了している今季のトップシートを持ってくるということは、つまり。そういうことなのだ。

25-26季のラプターのトップシートが貼られた

なんとかトップシートを被せて、過去一の不安を胸に、

「どうでしょうか」

そう消え入りそうな声で、聴いてみると。

「ちょっとズレてるねー」

里村さんはベリッと数層まとめて剥がして、微調整をした。

もうそれを見た時のいたたまれなさと言ったらない。時間を確認すると1時間半。
「最初の組み込み作業は一時間くらいかかるって」の遥か先へやってきている。
その後は、皆言葉数少なく、プレス機へ閉じられた金型を運び、プレスをかけていく。

ひとまず組み込んだスキーをプレス機にかける里村さん

プレスは熱と巨大な圧力をかけ、板を圧着させるもので、約1時間かかる。

「おつかれになったでしょう。少し休憩しますか」

優しい江戸さんに声をかけられ会議室へ。

「やっぱり職人さんってすごいですね。私も勉強になりました。時々こうやって職人さんの凄さを思い出させていただくことも大事です」

江戸さんの一つひとつの優しい言葉が、胸にグサグサと突き刺さる。

空気は最悪、会話はゼロ。それでも「明日」に繋いだ執念のひと笑い

1時間が過ぎた頃、プレス機が大きく息を吐くように、板を吐き出していった。

取り出した板は熱を帯びている。里村さんが板を取り出し表裏を確認する。金型の表面や底に小さなゴミが挟まっているだけで凹みにつながってしまうとのことだったが、そう言った形跡はない。

普通であればここで結果発表なわけだが、もはや黙して理解するだけで、誰にも「どうですかね」と聞けない雰囲気。

「無視できる余白が少ないですね。とにかく難しかったです」

なにか言わなければ、とりあえずそんな感想を吐く。

「おつかれになったでしょう。この後、ご飯予約してますので、少し疲れをいやしてください」
またしても、江戸さんにお言葉をかけていただく。

とりあえず、この空気で食事に行くのは地獄すぎる。
なんとかひと笑い撮るために、即座にこの画像を作成。

失敗したことは皆わかっているとして、失敗をどこまでネタにしていいかという線引きが難しい。
とりあえずまずは江戸さんに送ってみると、本心はどうあれ
「めっちゃ笑いました。全然失敗じゃないですよ。また明日やりましょう!」
とメッセージが来た。

呑みの席で、江戸さんが「河野さん、さっきの画像ありますか」と振ってくれたことで里村さんにも画像を見せる。
めっちゃ笑っている。よかった!!

よくはない。

明日は成功して笑おう。

第3話 なんとしても作るのだ編へ続く

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Photo by Hodaka Ando

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