今年の立山は例年以上にすごそうだ。22シーズンの豪雪は間違いなく春の立山にもいい影響を与えるはず。毎年、4月上~中旬には雪で閉ざされていた立山黒部アルペンルートが全面開通する。春の観光名物である室堂平の雪壁「雪の大谷」も今年は20mを超えそうという声も聞こえてくる。3000m級の極上斜面で、日本を代表するバックカントリースポットである立山の春を、昨季開催されたガイドツアー「K2立山天狗クラシック」の様子とともにレポートする。
撮影/中西隆裕、編集部 取材協力/K2ジャパン
K2によるBC名物ツアー「天狗クラシック」へ
立山の起点となる室堂平は、長野県の扇沢と富山をつなぐ黒部アルペンルートのちょうど中間点にある。標高は2450m。バスやケーブルカー、ロープウエイなどを使ってたどり着く非日常的な空間だ。ここからは、主峰の雄山を始め別山、真砂岳、大日岳などの3000m級の名峰が一望に見渡せる。すぐ目の前には、浄土山や国見岳が迫る。ターミナルの目の前にそびえる国見岳は、標高2620mの存在感ある山だ。
今回はK2が主催する立山天狗クラッシクツアーに帯同した。このツアーはK2/BCAの契約ガイドである、堀江淳氏、佐伯岩雄氏、五十嵐和哉氏が立山のベストルートにエスコートする名物ツアーだ。
室堂平から国見岳 天狗山へのツアー
この日堀江さんがリードしたのは国見岳から天狗山へのショートツアー。室堂平からはシールやスノーシューを使い緩い斜面をハイク。国見岳頂上部まで30分ほどでたどり着ける。この二つの山は、夏道が整備されておらず、頂上に立てるのは雪のあるこの時期のみで、上部からは立山全体が俯瞰できる最高のロケーションが広がる。
国見岳北面は吹きだまることで立山の中でも特に雪量が多く、真下に広がる「大谷」に毎年10mをゆうに超える雪壁、通称「雪の大谷」ができるのはそのためだ。頂上部からは、北西面の広大な斜面を目指す。この日は好天だが、気温が低く、締まったザラメ雪でスキーがよく走る。
国見岳の中腹まで滑り込み、ここから左手の天狗山(2521m)を目指す。トラバースからシールなしでナイフリッジのような稜線をツボ足で登る、崖下の景観や遠景をみながらのハイクは緊張感もあるが楽しい。左手に大日岳、奥大日岳、右手に雄山から別山、堂々たる風格を放つ剱岳の山並みが広がる。
天狗岳頂上からは急斜面の横長一枚バーンが広がっている。眼下には雪原にくねくねと線を走らせる立山有料道路と滑り込み地点の天狗平山荘が見える。でっかい斜面すぎて斜度感をあまり感じないが30度はありそうだ、標高差は200mほどか。西向きラインのため雪が程よく緩み、素晴らしいザラメのシュプールが上がる。まさに立山を感じるロングランだ。
バリエーション豊富な立山の滑走ルート
立山の滑走ポイントはとても幅広い。前述した国見岳のほか室堂山、浄土山、雄山、龍王岳、真砂岳、別山など稜線沿いの頂上部から様々なラインが伸びている。山崎カール、大走り、雷鳥沢、御前谷、御山谷、タンボ平などのクラシックルートを始めたくさんのコースが取れる。
すべて自分の足で登り、登った分だけ滑る。3000m級の壮大なスケールの雪山はエリアのほとんどが森林限界で悪天候時は視界を確保するのが難しく、かなり危険もある。しかし、この日のように晴れていれば感動的な景観と滑りが楽しめるのだ。
また、この時期の立山は、降雪後はまだまだ軽い新雪が楽しめるし、晴れて気温が低い午前中など条件が整うと、極上のフィルムクラストを滑ることもできる。フィルムクラストとは、雪の上に薄い氷がガラスのように張られて、太陽がまぶしく反射する状況のこと。そこにスキーを滑りこませると、パリパリパリッと音が響き、踏み込むたびに足裏に何とも言えない気持ちよさを感じるのだ。
4月上旬から6月までという長い期間、様々な気象条件で、様々な雪質が楽しめるのが立山。視界を確保して楽しむという、難しい条件はあるが、滑りのバリエーションはとてつもなく揃っている。
一の越から標高2750mの鬼岳へ
さまざまなバリエーションルートがある中、続いては、鬼岳山頂から御山谷へ滑り込む急峻なルートを行くツアーに帯同。ガイドは再び堀江淳さんだ。ベースとなる室堂ターミナルから一の越を目指し、さらに標高2750mの鬼岳への急登が必要なタフなルートだ。
室堂平から一の越と呼ばれる稜線尾根まではゆるい傾斜を約1時間のハイク。そこから鬼岳までは滑って、登ってでさらに1時間半ほど要する。晴天で気温はどんどん高くなる。春の日差しが容赦ない。登っただけ滑れるとはわかっていても、3000m級の高地ハイクはかなりきつい。
稜線のコルに到着してようやくランチタイム。天狗平山荘で作ってもらった弁当は具材たっぷり、味も見栄えも良し、汁漏れもなしと完璧。青空の下で食べる飯は格別だ。
滑りが目的ではあるが、風景だけでも十分満足。休憩後はいよいよハイライトの鬼岳山頂部へ。頂上付近はシールをとってツボ足で岩肌を登っていく。左は龍王岳、眼下は御山谷。斜度もある斜面にここにきてガスがかかってきた。こういうのも立山だ。
鬼岳トップからの急斜面をひとりずつドロップ。天狗山のザラメに比べると水っ気があり、やや重な雪だが、急斜面だからスピードも出て気持ちがいい。堀江ガイドに続き、同行したゲストの坂本豪大プロはスピードに乗ったでっかいターンを見せ、参加者の喝采を浴びる。御山谷と呼ばれる大きな沢に向かって落ちていく、大自然のど真ん中を滑る爽快な1本だ。
リグループポイントで全員が集合すると、ここからまた谷を登り返す。静かな春の谷に自分の息づかいだけが聞こえる。この大自然の中のハイクアップもまた“つらくて楽しい”体験だ。
天狗平山荘を起点とするツアー
K2天狗クラシックツアーのベースとなる天狗平山荘は、室堂平よりクルマで5分ほど富山側に下りた場所に位置する。この山荘ならではのツアーが、ハイクなしの天狗山滑走。
ツアー参加者は宿の裏手から天狗山をトラバースで回り込む。すると、立山道路に向かって大きな斜面が現れる。天狗山の中腹からバスが走る立山道へ滑り込むというハイクアップ不要のルートがあるのだ。滑りこんだ後は、路線バスを利用して山荘まで戻る。この日はツアーのため専用のバンでピストン送迎。朝の滑り初めにここを2本。歩かなくては始まらない立山で、これは楽だし気持ちいい。
天候不順でも天狗平を起点とすると滑れるチャンスもある。山荘裏にそびえる天狗山は単純にツボ足またはシール、スノーシューハイクで頂上部に立ち、登った付近を滑れば視界が乏しいような状況でも頭にイメージが作れる。今回3日間のツアーではこんな視界不良の雨にもあたってしまったが、希望者は気合を入れて急斜面を20分のハイク。短いながら、頂上部についた時にはサングラスは曇り、顔は濡れ、心臓はバクバクだった。
息を整えて登ってきた斜面を振り返ると、山荘どころか30m先もぼんやりして見えない。30度を超える雨の急斜面。視界も悪く小さなクラックも潜むラインを意識しながら滑る。セルフならまず避けるであろう斜面を、緊張感を持って慎重に滑り下りる。ザラメを軽快に滑るのとは大違いだが、これもまた立山を感じる貴重なツアー経験となった。
ツアー参加で学べるバックカントリーのあれこれ
「K2天狗クラシックツアー」は例年5月GW 終了後に開催される。ツアーを取り仕切るのはK2、BCA(バックカントリーアクセス)の契約アドバイザーである堀江淳さん、佐伯岩雄さん、五十嵐和哉さんの3人。立山を知り尽くした彼らをガイドに、2泊3日で立山春スキーを余すところなく楽しもうというものだ。
バックカントリーツアーやワークショップ、イベントなど、3日間の基本スケジュールが組まれており、朝・夕ガイドミーティングを行い、天候・状況にフレキシブルに対応し、予定を組み替えながら、プログラムが実施される。
ツアーは、ガイドさんの動きを意識し、時に話を聞くことで、ルート選びの意味などを理解でき、登り方のノウハウを体験しながら学べる絶好のチャンスとなる。
天狗クラシックでは、ガイドによる座学のワークショップも行われる。座学といっても堅苦しいものではなく、バックカントリーでの体験談やギアやアクセサリーの使用方法などがメインだ。今回の座学の講師は、佐伯ガイドとゲストのニセコ雪崩調査所の新谷暁生さんが務めた。
また、泊まりのツアーだと、みんなで話をするチャンスが多く、ガイドをはじめ参加者同士、気軽に質問したりアドバイスしあったりしやすい雰囲気がある。例えば装備についてや、状況判断について、また、何を気にして滑るのか、など話題は尽きない。同じ志向を持った参加者が集まることから、初めて会った人同士でもすぐに打ち解け、深い話ができるというのも、こうしたツアーの良さといえる。
本ツアーでプロフェッショナルたちに教えてもらったバックカントリーのノウハウ
旅の楽しみも
今回のツアーの宿泊先となったのは、室堂平から雪の大谷経由でバスで5分ほど富山側に下った場所に位置する「天狗平山荘」。3000m級にある山荘とは思えないほど豪華な食事は、ご覧の通り(写真)。もちろんお風呂もあるので、1日のハイクでの汗と疲れをゆったりと癒すことができる。
「第4回 K2/BCA 立山天狗クラシック 2022」
この「K2天狗クラシックツアー」は2022年も5月14~16日で開催予定だ。すでにツアー公募も始まっている。今年は豊富な積雪でコンディションも絶好に違いない。ぜひツアー詳細をチェックしてみよう。
❖ K2 JAPAN 公式HP NEWS/INFORMATION
立山での春スキーは、立山の魅力と、通じ合える仲間との出会い、BCを一緒に滑る楽しさを思いきり味わえる貴重な体験となる。このK2ツアーをはじめ、立山の春シーズンは様々なガイドツアーも企画されている。立山でのBC体験、強くオススメしたい。
Photo:Takahiro Nakanishi Report:STEEP編集部 取材:2021年5月14-16日